病弱令嬢の戦略

二合 富由美(ふあい ふゆみ)

文字の大きさ
16 / 36

15 御嬢様の不在

しおりを挟む
 移動の鉄即は、なるべく軽装で速く安全にだ。
 よって、馬に乗った護衛は金属鎧や盾等を持てず、有事の際には身を呈して任務を遂行しなくてはならない。

「コースも護衛の数も情報どおりだし、案の定、軽装だな」

 獲物の通り道が分かっていれば、前もって罠などの十分な準備ができるのは、狩人も襲撃者も同じだ。

 母親の実家に向かうバルド・ノウルの馬車を待ち構える者達が居た。

「ピーッ」
ピュッ、ピュッ、ピュッ
「うっ!」「ぐあっ!」「あっ!」

 口笛と共に、街道の両脇にある森から多数の矢が放たれて、次々と馬上の護衛や馬車の馭者に刺さっていった。
 致命傷ではないが、馬から落ちる護衛が多数でている。

「襲撃だ!馬車を守れ」
「行けっ!やっちまえ!」
「うおぉぉぉ~~!」

 矢が飛び終わるのと同時に、大量の男達が飛び出してきた。

「迎え撃て!」
「押さえ込め、動きを止めろ」

 矢により怪我を負った護衛が多いのに対して、襲ってきた賊は剣と盾で護衛の攻撃を防ぎ、倒す事よりは押さえ込む事を重視していた。

「何なんだコイツ等は?技量は大したことないのに、準備と戦術が半端ない!」

 腕前は盗賊以下と言って良い平民並みだが、数は護衛の倍近く居る為に、訓練を受けた護衛と拮抗している。

「間合いを取れ。護衛を無理に殺す必要は無い!動きを止めれば良い!」
「道は開いた!特攻隊、行けっ!」

 押さえ込まれた護衛の隙間を縫って、数人の男達が一番立派な馬車に取り付いた。
 護衛を押さえ込んでいる者達より、体格も動きも良い男達だ。

「邪魔な奴は引き剥がせ、目標を間違えるな」
「御嬢様を守・・・うあっ」

 守りに入った馭者も、馬車の下に突き落とされてしまった。

「クソッ、扉を押さえてやがる!蹴破れ!」
「おうっ!」
「きゃっ!」

 馬車に取り付いた数人の内の一人が扉を蹴破り、中に居たマリアナが悲鳴を上げた。

「まだ幼い娘・・・コイツさえ殺れば俺達の未来は・・・」

 何の躊躇もなく、賊は馬車に居た金髪の小柄な女性の首をかっ切った。
 小柄な女性は声を上げる事も出来ず、馬車の中に鮮血が飛び散り、瞳が光を失う。

「やったぞ~!これでノウルは終わりだ!俺達の勝利だ」
「皆、戦闘終了だ。無駄に死ぬな」

 馬車から放たれた叫びにより、護衛を押さえ込んでいた賊は一斉に逃げるか、尻もちをついて武器を手放した。

「何なんだ?コイツ等は?」

 賊に剣を突き付けた護衛は、何が起きたか分からないでいる。

「御嬢様がぁ、御嬢様がぁ」

 馬車から上がるマリアナの叫びに、一同に戦慄が走った。
 賊の狙いがエリーシアだった事を理解するのに、十分な叫びだった。

 真っ先に動いたのは、側仕えとして逃げていたファイアットとライルだった。
 蹴破られた扉に飛込み、血塗れの惨状に目をやる。

「エリーシア!・・じゃない?これは・・・・」
「似ているが・・・誰だ?」

 二人は、しばらく混乱した。

「これはエリーシア様です。そうしないと本物も狙われます。いいですね?」
「「・・・・・・」」

 マリアナの言葉を理解するのに、二人の婿養子候補は時間を要した。

「そうか!これは・・・奇襲は既に想定されていた訳か?」
「近くに首謀者への連絡係りが居るかも知れないしな」

 掛け声を聞いて、逃げた賊も居るが、まだ離れてはいないだろう。
 婿養子候補に選ばれるだけあって、二人は聡明だった。
 これが、エリーシア本人を守る為の【囮】だと、早々に理解したのだ。

「(この死んだ娘が【エリーシア】であるうちは、【本物】が狙われる恐れは無いって事か!)」

 この【エリーシア】が替え玉だと知れれば、本物の捜索が始まるが、そうでなければ狙われる事はない。
 理解が進んでいる間に、マリアナが馬車から出て叫んだ。

「賊どもを全員縛りなさい。そして傷の手当てを。ここで起きた一切は、旦那様の許可が有るまで口外を禁じます」

 まだ、領主であるフェラルドは健在である。
 部下達は、【エリーシア】が死んだ事を理解しつつも、黙々とマリアナの指示に従った。

「マリアナ様。想定外の事態です。【別動隊】に報告すべきでは?」

 見れば、護衛の一人が小声で耳打ちしてきた。

「貴方は・・・そうね。伝令として行ってくれるかしら?」
「承知いたしました」

 マリアナは、その護衛がエリーシアの奇行を知っている分家の一人で、従順な【奴隷扱いされている者】である事を知っていたのだ。

 その護衛は馬にまたがり、街道を先に向かって走って行った。
 他者からは、目的地への伝令に見えるだろう。

「さて、これからどう致しましょう?ライル様、ファイアット様、何かお考えが御有りでしょうか?取り合えず【別動隊】に伝令は走らせましたが」

 マリアナは馬車の中で考えている二人に、小声で語りかけた。
 外の部下達には、婚約者の亡骸に別れを惜しんでいる様に見えている。

「【別動隊】・・・ですか?定石なら戻るのが常識でしょう。これから先に向かったとて、第二陣や三陣が待ち構えているかも知れません」
「【エリーシア様】が亡くなられたのなら、母君の実家に向かうのではなく、フェラルド様に亡骸を御目にかけるのが流れです。ライルの意見に同意します」

 二人の意見はもっともだ。しかし、

行違いきちがいがあるといけませんので、私は【別動隊】の返事を待つべきだと思うのですが?」
「そうですね。行違いが【本当の最悪】を招く事が有るかも知れません」

 事を成すのに仲間すら騙す必要が有るのを、彼等は理解している。
 目的の為には騙される事も受け入れなくてはならない。
 そして一番問題なのは、トップへの【報連相】を怠る事だ。

 個々で感じたり判断した事が正しいと思ったり、行動が正解に至ると盲信するのは、子供向けの御都合主義童話でしかないのだ。

 社会は複数の人間の思惑でできている。
 だから個々人の理想や常識が他者のソレとぶつかり、社会は個人の思った通りに進まない。

 同様に、複数の人間によって構成されている【組織】や【集団】も、個々人では行動や判断の方向がまちまちである。

 一般に、この様な集団を【烏合の衆】と呼ぶ。

 なので【組織】では、ソレを統一して方向性を強める為に上下関係たる【トップ】が存在し、それに指揮権と情報を集約して責任をも取らせるのだ。

 当たり前だが、この場合のトップとはバルドのフェラルドではなく、最重要人物である【エリーシア】である。

「捕虜も有り、補給も必要なので、予定にあった次の宿場町まで移動するのが妥当ではないでょうか?マリアナ様」
「ファイアット殿のおっしゃる通りに致しましょう。これくらいの誤差なら、伝令も分かるでしょう」
「そうですね。それくらいの距離なら、奇襲の第二陣がある事も無いでしょう」

 近くに第二陣を設けるくらいなら、戦力を合わせる方が合理的だ。

 縛られた奇襲者達を歩かせ、三人の合意の元に隊列は次の宿場町へ向かって前進を始めた。




 賊は、その装いや振るまいから山賊や農民の類いではなく、良家の子息のようだった。

「恐らくですが、三男以下の者かと」
「拷問しても喋らないでしょうが、エリーシア様を亡きものにして彼等に何の得があるのでしょうか?ファイアット殿」

 布で包んだ遺体を乗せた馬車の中で、同じ三男であるファイアットにマリアナは問いただした。

「得など有りませんよ。同じ三男の嫉妬から殺されるなら、徴用された私が狙われるでしょう。彼等はバルド・ノウルに怨みがある者達なのでしょうか?」
「確かに『ノウルは終わりだ!』と叫んでいが、クス伯爵家の三男とバルド公爵家に接触が有るとは思えないしな」

 ファイアットもライルも、見当がつかなかった。

「全てを旦那様に御伝えして、更なる調査をしないと、全貌は掴めませんね」

 馬で移動して到着する筈の宿場町だったが、徒歩の捕虜が居る事により、到着は日が暮れてからとなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす

蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。 追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。 しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。 港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。 イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。 犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。 被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。 追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。 この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。 ・世界観・設定の管理補助 ・プロット段階の壁打ち ・作者による執筆後の校正

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

冴えない建築家いずれ巨匠へと至る

木工槍鉋
ファンタジー
「建築とは、単なる箱を作ることではない。そこに流れる『時』を設計することだ――」 かつてそう語り、伝説の巨匠と呼ばれることになる男も、かつては己の名前に怯えるだけの冴えない二級建築士だった。 安藤研吾、40代。独立したものの仕事はなく、下請けとして「情緒のない真四角な箱」の図面を引き続ける日々。そんな彼が恩師に教えられた座標の先で迷い込んだのは、昭和初期を彷彿とさせる、魔法のない異世界だった。 現代の建築知識、そして一釘一釘を大切にする頑固大工との出会い。 「便利さ」ではなく「住む人の幸せ」を求めて、研吾は廃村に時計台を建て、水路を拓き、人々の暮らしを再生していく。 異世界で「百年の計」を学んだ研吾が現実世界に戻ったとき、その設計は現代の建築界をも揺るがし始める。 これは、一人の男が仕事への誇りを取り戻し、本物の「巨匠」へと駆け上がるまでの、ひたむきな再建の記録。

イジメられっ子世に憚る。

satomi
ファンタジー
主人公須藤正巳はぼんやりと教室で授業を受けていた。その時、突然教室中に物凄い量の光が…。 正巳が属する2-C全員が異世界転移することとなってしまった。 その世界では今まで正巳が陰キャとして読み漁ったラノベともゲームとも異なり、レベルがカウントダウン制。つまりレベル999よりレベル1の方が強い。という世界だった。 そんな中、クラスのリーダー的陽キャである神谷により全員で教室の外に出ることに。 いきなりドラゴンに出会い、クラスの全員がとった行動が『正巳を囮にして逃げること』だった。 なんとか生き延びた正巳は、まず逃げた連中へ復讐を誓う。

処理中です...