病弱令嬢の戦略

二合 富由美(ふあい ふゆみ)

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18 メイド達の楽しみ

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 人の上に立つ貴族達の日常は、勉強や情報収集、マナーの修得やダンスや楽器の練習など、決して暇だとは言えない。
 領内の運営に携われば、戦闘訓練や書類の仕事もしなくてはならない。
 領地の内外の者との会食や御茶会なども、重要な情報源だ。
 そのパーティと言えども、他人の目があり、気を緩められない。

 ゆっくりと趣味や休憩が取れるのは、病気の時くらいと言える。

 この様に、物語りに出てくる様な暇な貴族や貴族令嬢は、ほとんど実在しない。
 一番暇な貴族夫人も、情報収集や夫の事務仕事を手伝う事があるのだから。
 そして貴族の、その様な現状を知らない下賎の者ほど、童話などで描かれた虚像の貴族を目指すものと言える。


 そんな多忙な貴族の実像を知る下僕やメイド達も、実に忙しい。
 夜遅くまで洗いものや修繕、翌日の準備などをしなくてはならない。
 そして仕事が終われば、早い翌朝の為と蝋燭やランプの油節約の為に、直ぐ様に体を拭いて寝なくてはならない。

 そんな忙しい中でも、何とか時間を捻出して趣味に使うのが【人間】という生き物だ。

「あの本を早く貸してよ」
「ごめん、まだ読み終えてないんだぁ」

 仕事をしながら、二人のメイドが話し合っていた。
 年頃の女性が読みふけるものとしては、恋愛小説が定番だった。
 貴族に仕える者としては、実在の人間に関する変な噂話にふける事は、悪評の責任問題を生じ、最終的には自分の首を絞める事になる。
 それでのめり込むのが、全てが架空の【恋愛小説】となる訳だ。

「そんなに面白い物語りがあるものなの?」
「あっ、これは御嬢様。いえ、それほどでも。ましてや、御嬢様の様な高貴な方に御見せするほどの内容では・・・」

 エリーシアは最近、体調が良いと言うことで、屋敷の中を歩き回っていたのだ。

 声をかけられたメイドは、この調子では『ちょっと貸しなさい』とか言われそうな雰囲気なので、その口調が変わっている。

「でも、話のネタにはなりそうじゃないの?タイトルは?」
「はいっ。・・・・【新ディアナ物語】と申しますが・・・オリジナルの【ディアナ物語】を庶民向けに書き換えたもので、今はコチラの方が有名で平民にも人気でございます」
「【新ディアナ物語】ね。取り寄せてみようかしら?」

 どうやら、読んでいる最中の本を取り上げられる事は避けられたようである。

「でも、書物が平民にも人気だと言うのは問題よね。その様な本があるのであれば識字率が上がる可能性もあるわ。そうなれば思考する力もあがり、文章で人々を扇動する者も出るでしょう。これは調査と検閲、制限が必要かも・・・・・」

 エリーシアはブツブツと言いながら去っていった。
 彼女には、メイド達とは異なる興味がある様だ。

「あ~、ビックリした。リズベットが悪いのよ、仕事中にあんな話をするから」
「ターニャが早く本を貸してくれないのが悪いんじゃないの」

 謝るよりも先に責任転嫁するのが人間の、いや彼女等の悪い所と言える。

 【新ディアナ物語】とは、異世界版のシンデレラストーリーで、内容も大差ない。
 後妻の連れ子である姉や継母ままははにイビられていた下級貴族の娘が、謎の女性からの支援でパーティに出て、王子に見初められる話である。
 【魔法】の無いコノ世界では、先妻は他者との浮気を疑われて離婚となり、血筋の幼いディアナだけは父親の元に残された。
 この場合の【謎の女性】は具体的に描かれてはいないが、ディアナの実母である。
 ディアナの場合は、魔法が解ける時間で帰宅するのではなく、秘密でパーティに出た事を虐めや叱責の対象にされない為のアリバイ作りで帰宅となっている。


 実際、同系統であるシンデレラに出てくる魔法使い【フェアリーゴッドマザー】の正体と対応は謎である。
 シンデレラの母親は病気で亡くなったとされており、フェアリーゴッドマザーを信じていて、その教えをシンデレラが引き継いでいた為にシンデレラに助力したとされている。
 だが、ならば何故に魔法使いは母親を助けなかったのか?

 似た御姫様物語りである【白雪姫】でも、妻(後妻)に迎えた女性が魔女だった事は定番である。
 シンデレラの母親が実は魔女で、正体/経歴がバレて追放になったとすれば、娘を殺さないまでも冷遇を放置する父親の対応も頷けるし、魔法使い実母の援助も頷ける。


 さて、この様な物語りのパターンは恵まれない環境の者が、上位の者に見初められて状況を改善する他力本願向上心にある。
 これは楽して儲けたいといった人間性であり、下劣この上ないが、この様な非力で卑怯な者達は現実的に世間に溢れ返っている。

 特に女性が主人公で大成する物語りは、特に苦労や損失もなく地位や人望、特殊な力を得る物語りが多い。
 複数の異性に求婚される場合は必ず地位の高い者と結ばれて、捨て去った他の者からは恨まれる事はない。

 男性が主人公の場合は、責任を取って求婚した全ての女性を妻にして、幸せにする努力をするものだが、女性は利用するだけ利用して使い捨てたいのが願望らしい。

 階級社会であるコノ世界では平民が貴族に、下級貴族が上級貴族に見初められて、愛人や第二夫人になる事はある。
 だが、くだんの物語り同様に、相手の人間性や相手との思い出を愛して結婚する訳ではない。
 貴族としては定石の【利益の為の結婚】でしかないのだ。
 シンデレラも白雪姫も、王子に見初められて身の安全や豊かさを手に入れている。




 数日して、このメイド二人の元に再びエリーシアが現れた。

「先日の【新ディアナ物語】ですけど、とんだ虚言ものですわね?そもそもが、美しい末娘であるディアナが平凡な姉達と一緒にパーティに連れていってもらえないのは、当たり前の事と貴女方も理解できるでしょう?」
「まぁ、それは確かに・・・」
「姉から先に嫁に出すのが道理ですから・・・」

 美しいディアナが姉達とパーティに同席すれば、姉達を差し置いて声を掛けられ、結婚話が持ち上がるだろう。
 妹に結婚の先を越されて残った姉達の気持ちは、どれ程の苦痛だろうか?
 それを懸念すれば、美しい末娘を同席させないのは、親として当然と言える。
 それも、父親からもかえりみられない様ないわく付きの妹に先を越されるのだから。

「貴族のパーティには、誰でも参加できるものではない事も、貴族の家に生まれた貴女達には分かりますよね?警備の兵士は打ち首ものよ。限られた招待状を譲る者が居るとも思えないから、ヒロインは偽造の招待状でも使ったのかしら?」

 王子様が来るパーティに誰でも入れては、暗殺や誘拐の発生で国の将来が危ぶまれる。
 そんな責任問題を生む招待状を、誰が他人に融通するだろうか?
 
「それに、あのディアナって娘。財力も地位も無く、美貌だけで王子様と御近づきになれる訳がないでしょうに。バルド公爵令嬢の私だって、ダンスできるとは限らないと言うのに」

 王子を含む権力者の周りには、上位の権力者が取り囲んでいる。
 美しいだけで下位の者を近付けては、彼等の威信に関わるし、正体の知れない者はセキュリティの面でも接近させられない。

 本来が、視聴者を喜ばせる為の詐欺まがいの寓話なのだから、醜い点や非現実的な点を語る訳もない。
 【欲望】にかられた行為を【愛】だの【夢】だのと美化して誤魔化しているのだ。

「妄想するのは構わないですけど、そもそも見初められるだけの何が貴女達にあるんですの?」

 実際、上位の者に見初められるには、地位・財力/実積・美貌のうち二つ以上が必要となる。

 英国王室チャールズ皇太子妃のダイアナ嬢は、美貌と名門貴族スペンサー令嬢の地位を持っていた。

 日本の平成天皇明仁妃である美智子嬢は、美貌を持ち、日清製粉会長令嬢であり、皇太子時代の明仁氏の御学友でもあった。

 何かの功績をも積む事もなく、特に財力や秀でた地位もない彼女等が、いくら美貌を持っていたとしても、上位の者に近付く機会そのものが生まれないのだ。

 この二人にしても、この世界では地位と財力は勿論だが、美貌だけでも標準以上ならば、彼女達は側室や愛妾に採用される筈なので、メイドなどしていない筈だ。

 物語りの主人公ディアナは美貌に恵まれていたが、実際にはソレだけで王子様に近付く事すらできない。

「(そりゃあ、エリーシア様は美貌も地位も財力も御持ちでしょうけどね)」

 上位の者は、それらを掻き集めて現在を作り上げているので、遺伝による美貌と地位と財力を持ち合わせた【理想の王子様】や【理想の御姫様】が出来上がるのは当然だ。

 逆に言えば下位の者は、それらを持たない【余り物】に過ぎない。
 論破を終えたエリーシアは、持参した本を置いて去っていく。

「エリーシア様は、あれで本当に12歳なのかしら?うちの姉を見ている気分だわ」
「王子様と結婚できるバルド令嬢って、あんなに成らなきゃならないのかな?なんか、嫌だな」

 残されたメイドは、現実的に王子様と結婚できる者の資質について、考え直す事にした。

 多くの者が【造られた理想の存在】に寄り添いたいと考えるだろうが、当の地位ある本人達の現実には重い責任と行動の制限と義務が付きまとうのだ。
    



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都合により、一月ほど連載を停止します。
再開を御期待下さい。m(_ _)m
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