病弱令嬢の戦略

二合 富由美(ふあい ふゆみ)

文字の大きさ
23 / 36

21 屋敷の関係者達

しおりを挟む
 貴族社会は縦社会で、派閥の上位者の命令は絶対だ。
 同じ縦社会の軍隊でも上官の命令が有れば、例え同僚であっても殺さなくてはならない場合がある。
 そうしなくては、自分自身が反乱分子として粛清の対象となるからだ。
 同様な理由で、貴族社会でも派閥の上位者に逆らう事はできない。
 階級社会に職業選択の自由などなく、奉公先を変える事もできない。
 そして、領地を持たない下級貴族は、領地を持つ上位貴族からの年給で生きているのだから。

 厳しい義務に縛られる貴族だが、いくら貴族と言っても下級貴族の暮らしは平民と大差ないくらいに貧しい。
 政略結婚などは無縁で、妻に平民などを迎える事も多々ある。
 かく言う私も、農村出の平民を妻に持つ下級貴族の一人だ。

 そんな私だが、日頃の献身と真面目さから、領主であるリゼート伯爵の御近くで護衛を勤めるまでに出世した。 

 年俸も増えて、このままずっと伯爵に仕えようかと思っていた。
 この御恩に報いようと思っていたのだ。

 しかしそれも、自身や家族に災いが降りかからない範囲での話だ。


 口の固い護衛として信頼されると、聞かなくて良い事まで耳に入ってしまう。

 伯爵が公爵家の血筋である事は聞いていた。
 代々の当主が公爵への昇進を悲願としてきた事も、その言動から伺い知る事ができた。
 その為に他領の農民を拐って奴隷として売り払い、根回しの為の資金にしていた事も知らないふりをしてきた。

 全ては大義の為。家臣や領民の未来の為。

 保身の為、被害者の一人を装おう為に、自領内の農民にも被害を出さなくてはならないのも理解できる。

 そう。頭では理解できたのだ。
 妻の妹が行方不明になって、妻が鬱病になるまでは。
 妻の家族は一年近く探し回り聞き回り、心労もあって病んでしまった。

 妻には言えない。同僚にも話せない。

 自分自身も鬱になりかけた時に、自宅へ見知らぬ男が現れた。

「ソライト・クス・リゼートに復讐したくはないですか?なに、バレない様に病死していただくだけです。後継者のパーシェル様が後を継げれば、家臣も領民も安泰ですよ」

 この男は、なぜ知っているのだろう?

 だが、もし自分が関わって伯爵が死ねば、妻の心が癒える事はないが、少なくとも私の心は歓喜するだろう。

 既にソライト様に対する尊敬は崩れ果てて、憎しみすら感じていた私は、無言で頷いていた。

 頼まれた仕事は簡単で安全だ。
 巡回の際、出入り商人から渡される手の平に収まる小荷物を、新しく来る毒見役奴隷に定期的に渡し、連絡が有れば食事の際に咳払いで合図するだけだ。
 バレない様にやれば、数日ズレても構わない仕事らしい。

「(アイツがくたばる姿を、この目で見る事ができる)」

 鬱な気分は吹き飛び、期待に胸膨らませる日々が始まった。

 今日も巡回の時に毒見役の部屋を確認し、同僚にバレない様に、商人に渡された包みを投げ込んだ。
 今回の包みには菓子が入っている。

 既に薬の投げ込みは終わっているが、この投げ込みは『哀れな毒見役に菓子を与えていた』という事実作りの為だ。

「連絡は未だなのかな?」
「おや?旦那も心待ちにしてるんですかい?」

 どうやら、毒見役奴隷自身もソライトに怨みがあるらしい。

「そう言う御前もか?だが、用心しろよ。約束を守らなければ中断させて代わりの者を手配するらしいぞ」
「わかっていやすよ。この目で見るまでは死ねませんぜ」

 毒見役が命令以前に毒を盛れば、毒見役の行動を暴露して別の方法に切り替える様に言われている。

 私まで裏切れば、パーシェル様の後継ぎ話も家臣や領民の安泰も、全てが悪い方向に向かうらしい。
 その粛清の中には、自分自身や妻も含まれる。
 それなりの根回しをするのが貴族社会なので、準備期間が必要なのだろう。

 それに、他にも私の様な内通者が居るのは間違いないのだろう。

「おいっ、どうした?」
「いや、すまん。今日のリゼート家の料理がどれほど旨かったか聞いてみたんだ」

 先行した同僚から声をかけられた。彼にも怪しまれてはならない。

「ああいうのが好みなのか?」
「レベルは違うが、病気の妻が好きな料理に似てたんでな」

 適当な言い訳で誤魔化すが、上手くいっただろうか?

 あぁ、連絡が待ち遠しい。
 ソライトが苦しみ、絶命する姿を早く見たいものだ。

 最近は、その準備段階の症状がソライトや、一緒に食事をした連中に出ているらしい。
 体調の悪い様子が見てとれる。

 下級貴族の我々は、上級貴族と同じ食事はさせてもらえないので【安全】だ。

 あぁ、待ち遠しい、待ち遠しい。
 ソライトを【病死】させる合図が来るのが、待ち遠しい。


◆◆◆◆◆


 本業の為に、関係の無さそうな業種の修行が必要な場合がある。

 例えば運送業の場合、馬の飼育や乗馬、馬車の修理技術も修得しておく必要があったりする。
 鍛冶屋の場合も、素材や燃料の産地や相場についての知識や、世界情勢から消費者のニーズを常に集めていないと商売に差し支える。

 私の場合、本業の為に修得した技術は【料理】だった。
 それも、生半可な技術ではなく、貴族に雇われるくらいのものを必要としたので、下働きから始め、有名レストランと呼ばれる所を複数回った。

 料理修行を始めて既に十数年が過ぎさり、【一流料理人】と称される程になってから、やっと本業から御呼びが掛かったのだ。

 本業の技術は幼少期から叩き込まれていたが、再度修行しなおしてから、赴いたのがとある領地。
 表向きは休養の為の地方暮らしだが、時折は小銭を稼ぐ為に現地の職人ギルドに登録し、地元の料理屋を手伝っていた。

 そんな中、地元貴族御抱えの料理人が【体調を崩した】為に療養中の一時的代行として、一流の腕を持つ私がギルドにより紹介された。

 勿論、全ては仕組まれている。

 既に貴族屋敷に雇われている【仲間】が料理人に薬を盛り、職人ギルドの職員には鼻薬ワイロをかがせてあったのだ。

 もし、別の料理人が採用されても、早々に【処置】して退場願うだけだったが、直ぐに私が呼び出されたのは手間がかからなくて良かった。

「いやぁ~君の様な名の知れた者が近場に居て助かったよ。御当主様は高貴な血筋の方なんで、下手な料理人だと大変なんだよ」
「承知致しました。短期間だけの新参者ですが、調理場の皆様も御指導御鞭撻のほど、よろしくお願い致します」

 主導権は料理長となった私が持っているが、下手に不評を買っても仕事に差し障る。
 侍従長と名乗った者は喜んでいるが、コイツも具合いが悪そうだ。

「(下拵したごしらえは順調って事か)」

 病床の料理長から料理の傾向と注意点を引継ぎ、副料理長とメニューの打ち合わせをして、夕食の準備を始めた。

 用が済むまで料理長には復帰してもらっては困るので、彼がかかっている医者は、娘を人質に取って病状を長引かせる薬を処方させている。
 この医者も、後日には家族揃って行方不明となるのだろう。

 私の本業は【暗殺ギルド】の毒殺部門だ。
 即効性ではなく、時間の掛かる【複合毒】と言うのが専門だ。

 【複合毒】とは、単一の薬では軽く体調を崩す程度のものだが、複数の薬を時間差で使う事により死に至る毒物だ。
 死後に調べても、毒物が判別しにくく、病死としか判断できないが、時間と手間が掛かるのが難点と言える。

 中和作用のある食品や薬物もあるので、食生活と医者を押さえておく必要性もある。

 上級貴族や重要人物の様に事故死や行方不明にはしづらく、殺人事件にして騒ぐのもはばかられる対象には、有効な方法だ。
 それ故に、暗殺者も金と時間をかけて育てられる。
 暗殺の実行にも今回の様な組織力を要するが、利益も大きい。

「(私の料理人としての配置は、あくまで【予備】だ。まぁ、気軽にやろう)」

 今回の基本作戦は毒見役にやらせている。
 彼が失敗やヘマをしない限りは監視のみが仕事だ。

 足切りができる様に、直接手を下す事を避けるのがプロだ。
 実行犯も気付かないうちに殺害を行わされている様な方法が一流だが、今回は自滅覚悟の協力者が居たので楽ができる。

「王都で働いていたと聞きましたが、どの様な料理が流行っているんですか?」
「去年はパスタ系が人気でしたが、今年はスイーツの人気が出そうです」

 出入り商人には荷物も手配済みだし、しばらくは【料理長】として気長にできる。
 料理も暗殺も下拵えをしっかりしておけば、失敗する事は少ない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす

蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。 追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。 しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。 港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。 イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。 犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。 被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。 追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。 この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。 ・世界観・設定の管理補助 ・プロット段階の壁打ち ・作者による執筆後の校正

冴えない建築家いずれ巨匠へと至る

木工槍鉋
ファンタジー
「建築とは、単なる箱を作ることではない。そこに流れる『時』を設計することだ――」 かつてそう語り、伝説の巨匠と呼ばれることになる男も、かつては己の名前に怯えるだけの冴えない二級建築士だった。 安藤研吾、40代。独立したものの仕事はなく、下請けとして「情緒のない真四角な箱」の図面を引き続ける日々。そんな彼が恩師に教えられた座標の先で迷い込んだのは、昭和初期を彷彿とさせる、魔法のない異世界だった。 現代の建築知識、そして一釘一釘を大切にする頑固大工との出会い。 「便利さ」ではなく「住む人の幸せ」を求めて、研吾は廃村に時計台を建て、水路を拓き、人々の暮らしを再生していく。 異世界で「百年の計」を学んだ研吾が現実世界に戻ったとき、その設計は現代の建築界をも揺るがし始める。 これは、一人の男が仕事への誇りを取り戻し、本物の「巨匠」へと駆け上がるまでの、ひたむきな再建の記録。

イジメられっ子世に憚る。

satomi
ファンタジー
主人公須藤正巳はぼんやりと教室で授業を受けていた。その時、突然教室中に物凄い量の光が…。 正巳が属する2-C全員が異世界転移することとなってしまった。 その世界では今まで正巳が陰キャとして読み漁ったラノベともゲームとも異なり、レベルがカウントダウン制。つまりレベル999よりレベル1の方が強い。という世界だった。 そんな中、クラスのリーダー的陽キャである神谷により全員で教室の外に出ることに。 いきなりドラゴンに出会い、クラスの全員がとった行動が『正巳を囮にして逃げること』だった。 なんとか生き延びた正巳は、まず逃げた連中へ復讐を誓う。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

処理中です...