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四章

6、百貨店でお買い物【2】

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 俺は店員に声を掛けながら、絲さんに目を配り、さらに売り場の外にも目を配っとった。

 何でか知らんけど、絲さんが腹を手で押さえとったから。腹痛かと心配したけど、どうやらそうでもないらしい。

 それとも俺が無茶した所為で、痛いんやろか。
 いや……まさかなぁ。

 そして売り場の外では、うちの若い衆が待機しとう。
 売人から没収した阿片を海に沈めた件で、俺は恨みを買っているらしい。しかも知り合いの組長の娘である冬野が「狙うなら絲さんだろう」などと物騒なことを言いだしたので、常に警戒を怠れない。

 阿片とかなぁ、喫うなよ。あんなもん。喫うたところで現実がつらいんは変わらへんし、体を蝕むし、金も失うし。ええことないやろ。

「絲さん。男物の万年筆は、あなたの手には太すぎるで。もし試したいんやったら、俺の万年筆で書いたらええから」
「あ、はい」

 万年筆を凝視しとった絲さんやけど、別に商品を選んどったわけではなさそうや。

 店員に便箋を見せてもらうように言うと、彼は浅い引き出しが並んだ棚へと絲さんを導いた。
 その時の、彼女の表情をなんと表現したらええんやろ。

 まさに花開くようなとは、このことや。
 店員が取りだす小花を漉き込んだ紙を見ては、きらきらと目を輝かせている。

「こちらは伊太利イタリーから取り寄せました、マーブル紙でございます。そうですね、墨流しと申し上げれば、分かりやすいでしょうか」
「こんな色鮮やかなのが、墨流しなんですか」

 躑躅つつじ色や薄紅、それにひよこ色、さらにそれらの甘い色を引き締める灰色が、それぞれ混じり合うことなく紙の上で波打つ模様に、絲さんは目を奪われている。

「こういった商品もございますよ」

 さらに店員は、同じマーブル紙で作られた小箱を出してきた。絲さんはその小さな箱を両手に載せると、目を細めて微笑んでいる。

 折角やから、便箋だけやのうて愛らしい小箱も買っとくか。どうせ絲さんは遠慮するやろから内緒で。

◇◇◇

 俺と絲さんは、同じ階にある喫茶室で休憩することにした。
 絲さんは物静かやけど、やっぱり綺麗な物を見て興奮しとったみたいで、明らかに疲れとった。

「俺は珈琲にするかな。絲さんは」
「わたしは葡萄のジュースをいただきます」

 今日はすんなりと注文を決められたのは、あいすくりんに比べたら五分の一くらいの値段やからやろか。
 そう言うても、瓶の麦酒二本分くらいの値段やから。ジュースやいうても、百貨店はそこそこ高いよな。

 喫茶室の窓からは、香港上海銀行の尖った屋根と二階のバルコニーが見える。その隣にある英国領事館では、かの国の国旗が海風にはためいている。

 俺とは向かいの、絲さんの席からは海岸通りの松林が見えとうやろ。
 松林の辺りには長椅子が等間隔に据えてあって、座って休みながら青い水平線を眺めている人が多い。

「落ち着きますよねぇ」
「せやなぁ」

 俺は、思わず笑いを噛み殺した。絲さんは高価なもんとか、すぐに遠慮するけど。やっぱりええとこのお嬢さんやな。場慣れしとう。
 普通の子やったら、逆にこういう百貨店の喫茶室は落ち着かへんやろ。

「どうなさったの? にやにやなさって」
「ちゃう。にこにこしとんや」

 俺は自分の口許とあごに手を当てた。
 そんな助平スケベみたいに言われたら困るわ。
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