5 / 28
一章
4、停電【1】
しおりを挟む
天井からぶら下がる電燈が、ちかちかと明滅したと思うと。次の瞬間、辺りは真っ暗になりました。
え? 停電。
畳にしゃがみ込んでいたわたしは、辺りを見回しました。
暗闇に慣れていない眼には、何も見えません。
「な……名原、さん。いらっしゃるの?」
不審者に頼るしかない自分が恨めしいのですが。わたしはおろおろと周囲に手を伸ばしました。
ふと、指先に何かが触れました。
少しひんやりとしたそれが、名原さんの指であるとすぐには気付きませんでした。
きゅっと指を掴まれて「大丈夫やで。ちゃんとおるから」と耳元で囁かれたんです。
「ひっ」
「いや、怖がらんでも。すぐに闇に眼も慣れるやろけど。それまで動いたらあかんで」
声のする方向に顔を向けても、名原さんの姿は確認できません。
でも、彼にはわたしのことが見えているようです。
「ほな、今の内に拭いとこな」
「きゃあ。なんですか?」
「ほら、動かんと。三つ編みも外すで」
本当に真っ暗なんですよ。なのに視界の効かない中で、名原さんの指はわたしの三つ編みを解いていったんです。
一度も絡まることもなく。なんて器用なんでしょう。
◇◇◇
「嫌やろけど、着物も脱いどこな。襦袢まで濡れてへんかったらええんやけど」
「……中までびしょ濡れです」
「あちゃー、そらそうやろな」
「動かんときよ」と言い置いて、俺は立ち上がり箪笥へと向かった。
元々、夜目が効くから暗いとこは平気や。
しかも停電になるとか事前に分かっとったから、片目を閉じて闇に慣れさせとった。
確か襦袢は上から三番目の抽斗やったな。
つるりとした手触りのモスリンの襦袢を取り出して、貴世子に手渡す。
「あの。真っ暗なのに、どうしてわたしの襦袢の場所が分かるんですか?」
「んー、千里眼やで」
冗談やったのに。貴世子は「すごいんですね」と素直に信じた。
あー、もう。あかんやん。人の言うことはまず疑わんと。
ほんまにおっとりと育ったお嬢さんなんやな。なんかもう放っとかれへんし。
俺は面倒ごとはほんまに嫌なんやけど。
「どうせ暗いから見えへんけど、後ろ向いとくから。その間に着替え」
「はい」
見えなくはない、とは言われへんかった。
背中を向けると、背後でするするという衣擦れの音がした。
音と気配だけで、帯が畳に落とされ、ついで着物も彼女の足元に落ちたんが分かった。
あかんで、俺。振り返ったら。
女の裸なんか、遊郭で見慣れとうから珍しいもんでもあらへん。
もしここで興味本位に振り返って、それで暗がりに目の慣れた貴世子と視線があったら、信用を失う。
まぁ、元々さほど信用されてもないけど。
するりという軽く滑らかな音。多分、畳の上に置いた乾いた襦袢を拾たんやろ。
ふいに激しい雨風が、雨戸を叩きつけた。今にも雨戸が壊れそうにガタガタと音を立てている。
「きゃっ」という短い悲鳴。
「おい、大丈夫か」
返事はない。俺は慌てて貴世子に駆け寄った。
畳の上で座り込んだ貴世子は、白い肩と肌を露わにしとった。
さっきまで三つ編みにしとった黒髪が、今はうねるように広がっとう。
まるで西洋の絵画を思わせる妖艶な姿やった。
「名原……さん」
「うわっ」
びっくりしたなんてもんやない。立ったままの俺の足に、貴世子がしがみついてきたからや。
しかも裸やで。
風の音にびくびくしながら、貴世子は俺を逃がすまいと腕に力を込める。
ズボンの布地越しに彼女の胸を感じる。
ふわっと柔らかくて、なんか弾力があって。
あかん、これ。まずいやつや。
え? 停電。
畳にしゃがみ込んでいたわたしは、辺りを見回しました。
暗闇に慣れていない眼には、何も見えません。
「な……名原、さん。いらっしゃるの?」
不審者に頼るしかない自分が恨めしいのですが。わたしはおろおろと周囲に手を伸ばしました。
ふと、指先に何かが触れました。
少しひんやりとしたそれが、名原さんの指であるとすぐには気付きませんでした。
きゅっと指を掴まれて「大丈夫やで。ちゃんとおるから」と耳元で囁かれたんです。
「ひっ」
「いや、怖がらんでも。すぐに闇に眼も慣れるやろけど。それまで動いたらあかんで」
声のする方向に顔を向けても、名原さんの姿は確認できません。
でも、彼にはわたしのことが見えているようです。
「ほな、今の内に拭いとこな」
「きゃあ。なんですか?」
「ほら、動かんと。三つ編みも外すで」
本当に真っ暗なんですよ。なのに視界の効かない中で、名原さんの指はわたしの三つ編みを解いていったんです。
一度も絡まることもなく。なんて器用なんでしょう。
◇◇◇
「嫌やろけど、着物も脱いどこな。襦袢まで濡れてへんかったらええんやけど」
「……中までびしょ濡れです」
「あちゃー、そらそうやろな」
「動かんときよ」と言い置いて、俺は立ち上がり箪笥へと向かった。
元々、夜目が効くから暗いとこは平気や。
しかも停電になるとか事前に分かっとったから、片目を閉じて闇に慣れさせとった。
確か襦袢は上から三番目の抽斗やったな。
つるりとした手触りのモスリンの襦袢を取り出して、貴世子に手渡す。
「あの。真っ暗なのに、どうしてわたしの襦袢の場所が分かるんですか?」
「んー、千里眼やで」
冗談やったのに。貴世子は「すごいんですね」と素直に信じた。
あー、もう。あかんやん。人の言うことはまず疑わんと。
ほんまにおっとりと育ったお嬢さんなんやな。なんかもう放っとかれへんし。
俺は面倒ごとはほんまに嫌なんやけど。
「どうせ暗いから見えへんけど、後ろ向いとくから。その間に着替え」
「はい」
見えなくはない、とは言われへんかった。
背中を向けると、背後でするするという衣擦れの音がした。
音と気配だけで、帯が畳に落とされ、ついで着物も彼女の足元に落ちたんが分かった。
あかんで、俺。振り返ったら。
女の裸なんか、遊郭で見慣れとうから珍しいもんでもあらへん。
もしここで興味本位に振り返って、それで暗がりに目の慣れた貴世子と視線があったら、信用を失う。
まぁ、元々さほど信用されてもないけど。
するりという軽く滑らかな音。多分、畳の上に置いた乾いた襦袢を拾たんやろ。
ふいに激しい雨風が、雨戸を叩きつけた。今にも雨戸が壊れそうにガタガタと音を立てている。
「きゃっ」という短い悲鳴。
「おい、大丈夫か」
返事はない。俺は慌てて貴世子に駆け寄った。
畳の上で座り込んだ貴世子は、白い肩と肌を露わにしとった。
さっきまで三つ編みにしとった黒髪が、今はうねるように広がっとう。
まるで西洋の絵画を思わせる妖艶な姿やった。
「名原……さん」
「うわっ」
びっくりしたなんてもんやない。立ったままの俺の足に、貴世子がしがみついてきたからや。
しかも裸やで。
風の音にびくびくしながら、貴世子は俺を逃がすまいと腕に力を込める。
ズボンの布地越しに彼女の胸を感じる。
ふわっと柔らかくて、なんか弾力があって。
あかん、これ。まずいやつや。
0
あなたにおすすめの小説
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
お隣さんはヤのつくご職業
古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。
残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。
元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。
……え、ちゃんとしたもん食え?
ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!!
ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ
建築基準法と物理法則なんて知りません
登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。
2020/5/26 完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる