颱風の夜、ヤクザに戀して乱れ咲く【R18】

真風月花

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一章

5、停電【2】

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「えーと、停電怖いよな?」
「……はい」
「けど、いつまでもしがみつかれるんも、俺としては困るなぁ」

 探るように伝えると、貴世子は「ごめんなさい」と、か細い声で呟いて。そして俺から手を離した。
 なのに、こういう時に限って雨戸に何かぶつかるんや。

「ひ……っ」

 雨戸を閉めてへんかったら、たぶん窓ガラスが割れとったやろ。それくらいのひどい音と振動やった。

「あ、あの。ご迷惑とは思いますが、しばらく側にいてもらえませんか?」
「ん? ええで」
「ありがとうございます」

 俺には見えてへんと思てるはずやのに、貴世子はぺこりと頭を下げた。
 そして畳に腰を下ろした俺に、ぴったりと身を寄せたんや。

「済みません。あの、寄りかかりすぎて重くありませんか?」
「別に重ないで。もっとくっついたらええやん」
「いえ、そんな申し訳ないです」

 貴世子はそう言うと、瞼を伏せた。意外と暗くても、彼女の表情が恥じらっているのが分かる。

 あかん。可愛い。
 なんやこの素直に育ったお嬢さんは。

 なんか頬が熱くなってくる。これはきっと俺の頬は、赤く染まっとうやろ。
 あー、停電でよかった。
 ええ年をした男が赤い顔をしとうやなんて、みっともなさすぎる。

 ガタガタと雨戸は盛大に鳴るし、暴風で瓦がずれたんか、どこからかぽたぽたという水の洩れる音が聞こえてくる。

 俺に寄り添ったまま、貴世子は小さく震えとった。

 ん? まだ襦袢も着てへんやん。
 石鹸の匂いのする襦袢を、彼女の肩にかけてやる。
 そして俺は、貴世子を膝の上に座らせた。

「あの、名原さん?」
「ん、こうしとう方が安心やろ? ちゃんと襦袢も着とき」
「ご親切にありがとうございます」

 貴世子は申し訳なさそうに、俺の膝に横向きでちょこんと座った。

 どこのどいつや。こんなええお嬢さんを窮地に陥れたんは。
 俺はさっき出会ったばかりの貴世子に、すでに感情移入しとった。
 
 こんなん初めてのことや。
 誰かに肩入れすることも、想いを抱くこともなかったのに。

 襦袢をちゃんと着るのを待ってから、俺は貴世子を腕の中に閉じ込めた。
 彼女はなんも言わんかった。多分、俺が親切心でそうしとうと思たんやろ。

 半分は正解で、半分は不正解や。
 
 自分の人生で関わることもなかった、清らかなお嬢さんを守りたかったんや。
 保護欲やろか、それとも俺にも人並みに優しさというもんがあるんやろか。
 
 最初に出会った時に、彼女に乾いた手拭いを渡したったけど。あれは単に組長に「なんでお嬢さんに風邪を引かせとんねん」って叱られるのが嫌やったからや。
 せやのに、今は違う。
 ほんの何十分かで、俺は貴世子に惹かれてしもたんが分かった。

 風は一向に止まへんし、屋根瓦を叩く雨の音もうるさすぎるほどや。
 けど、そのおかげでこれだけくっついとっても、俺の速すぎる心臓の音が貴世子に聞こえんで済むのは、ありがたい。

「怖ないか?」
「はい。多分一人だと耐えられませんでした。きっとお布団に潜り込んで丸くなっていたと思います」
「停電やから、布団はよう敷かんのとちゃうかな」
「うっ」

 俺の指摘に貴世子は言葉を詰まらせた。
 そして「そうですね……ええ、多分そうです。雨戸も閉められずにおろおろしていましたから」と、へらっと笑った。

 大丈夫やで。俺が来たからな。
 思わずそう言いそうになって、言葉を止めた。
 いや、そんなん恋人同士の会話やんか。

 なんやねん、もう。
 少年やあるまいに、こんなにどきどきして。
 自分の中にこんな純情な気持ちがあるやなんて。照れるやん。
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