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一章
5、停電【2】
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「えーと、停電怖いよな?」
「……はい」
「けど、いつまでもしがみつかれるんも、俺としては困るなぁ」
探るように伝えると、貴世子は「ごめんなさい」と、か細い声で呟いて。そして俺から手を離した。
なのに、こういう時に限って雨戸に何かぶつかるんや。
「ひ……っ」
雨戸を閉めてへんかったら、たぶん窓ガラスが割れとったやろ。それくらいのひどい音と振動やった。
「あ、あの。ご迷惑とは思いますが、しばらく側にいてもらえませんか?」
「ん? ええで」
「ありがとうございます」
俺には見えてへんと思てるはずやのに、貴世子はぺこりと頭を下げた。
そして畳に腰を下ろした俺に、ぴったりと身を寄せたんや。
「済みません。あの、寄りかかりすぎて重くありませんか?」
「別に重ないで。もっとくっついたらええやん」
「いえ、そんな申し訳ないです」
貴世子はそう言うと、瞼を伏せた。意外と暗くても、彼女の表情が恥じらっているのが分かる。
あかん。可愛い。
なんやこの素直に育ったお嬢さんは。
なんか頬が熱くなってくる。これはきっと俺の頬は、赤く染まっとうやろ。
あー、停電でよかった。
ええ年をした男が赤い顔をしとうやなんて、みっともなさすぎる。
ガタガタと雨戸は盛大に鳴るし、暴風で瓦がずれたんか、どこからかぽたぽたという水の洩れる音が聞こえてくる。
俺に寄り添ったまま、貴世子は小さく震えとった。
ん? まだ襦袢も着てへんやん。
石鹸の匂いのする襦袢を、彼女の肩にかけてやる。
そして俺は、貴世子を膝の上に座らせた。
「あの、名原さん?」
「ん、こうしとう方が安心やろ? ちゃんと襦袢も着とき」
「ご親切にありがとうございます」
貴世子は申し訳なさそうに、俺の膝に横向きでちょこんと座った。
どこのどいつや。こんなええお嬢さんを窮地に陥れたんは。
俺はさっき出会ったばかりの貴世子に、すでに感情移入しとった。
こんなん初めてのことや。
誰かに肩入れすることも、想いを抱くこともなかったのに。
襦袢をちゃんと着るのを待ってから、俺は貴世子を腕の中に閉じ込めた。
彼女はなんも言わんかった。多分、俺が親切心でそうしとうと思たんやろ。
半分は正解で、半分は不正解や。
自分の人生で関わることもなかった、清らかなお嬢さんを守りたかったんや。
保護欲やろか、それとも俺にも人並みに優しさというもんがあるんやろか。
最初に出会った時に、彼女に乾いた手拭いを渡したったけど。あれは単に組長に「なんでお嬢さんに風邪を引かせとんねん」って叱られるのが嫌やったからや。
せやのに、今は違う。
ほんの何十分かで、俺は貴世子に惹かれてしもたんが分かった。
風は一向に止まへんし、屋根瓦を叩く雨の音もうるさすぎるほどや。
けど、そのおかげでこれだけくっついとっても、俺の速すぎる心臓の音が貴世子に聞こえんで済むのは、ありがたい。
「怖ないか?」
「はい。多分一人だと耐えられませんでした。きっとお布団に潜り込んで丸くなっていたと思います」
「停電やから、布団はよう敷かんのとちゃうかな」
「うっ」
俺の指摘に貴世子は言葉を詰まらせた。
そして「そうですね……ええ、多分そうです。雨戸も閉められずにおろおろしていましたから」と、へらっと笑った。
大丈夫やで。俺が来たからな。
思わずそう言いそうになって、言葉を止めた。
いや、そんなん恋人同士の会話やんか。
なんやねん、もう。
少年やあるまいに、こんなにどきどきして。
自分の中にこんな純情な気持ちがあるやなんて。照れるやん。
「……はい」
「けど、いつまでもしがみつかれるんも、俺としては困るなぁ」
探るように伝えると、貴世子は「ごめんなさい」と、か細い声で呟いて。そして俺から手を離した。
なのに、こういう時に限って雨戸に何かぶつかるんや。
「ひ……っ」
雨戸を閉めてへんかったら、たぶん窓ガラスが割れとったやろ。それくらいのひどい音と振動やった。
「あ、あの。ご迷惑とは思いますが、しばらく側にいてもらえませんか?」
「ん? ええで」
「ありがとうございます」
俺には見えてへんと思てるはずやのに、貴世子はぺこりと頭を下げた。
そして畳に腰を下ろした俺に、ぴったりと身を寄せたんや。
「済みません。あの、寄りかかりすぎて重くありませんか?」
「別に重ないで。もっとくっついたらええやん」
「いえ、そんな申し訳ないです」
貴世子はそう言うと、瞼を伏せた。意外と暗くても、彼女の表情が恥じらっているのが分かる。
あかん。可愛い。
なんやこの素直に育ったお嬢さんは。
なんか頬が熱くなってくる。これはきっと俺の頬は、赤く染まっとうやろ。
あー、停電でよかった。
ええ年をした男が赤い顔をしとうやなんて、みっともなさすぎる。
ガタガタと雨戸は盛大に鳴るし、暴風で瓦がずれたんか、どこからかぽたぽたという水の洩れる音が聞こえてくる。
俺に寄り添ったまま、貴世子は小さく震えとった。
ん? まだ襦袢も着てへんやん。
石鹸の匂いのする襦袢を、彼女の肩にかけてやる。
そして俺は、貴世子を膝の上に座らせた。
「あの、名原さん?」
「ん、こうしとう方が安心やろ? ちゃんと襦袢も着とき」
「ご親切にありがとうございます」
貴世子は申し訳なさそうに、俺の膝に横向きでちょこんと座った。
どこのどいつや。こんなええお嬢さんを窮地に陥れたんは。
俺はさっき出会ったばかりの貴世子に、すでに感情移入しとった。
こんなん初めてのことや。
誰かに肩入れすることも、想いを抱くこともなかったのに。
襦袢をちゃんと着るのを待ってから、俺は貴世子を腕の中に閉じ込めた。
彼女はなんも言わんかった。多分、俺が親切心でそうしとうと思たんやろ。
半分は正解で、半分は不正解や。
自分の人生で関わることもなかった、清らかなお嬢さんを守りたかったんや。
保護欲やろか、それとも俺にも人並みに優しさというもんがあるんやろか。
最初に出会った時に、彼女に乾いた手拭いを渡したったけど。あれは単に組長に「なんでお嬢さんに風邪を引かせとんねん」って叱られるのが嫌やったからや。
せやのに、今は違う。
ほんの何十分かで、俺は貴世子に惹かれてしもたんが分かった。
風は一向に止まへんし、屋根瓦を叩く雨の音もうるさすぎるほどや。
けど、そのおかげでこれだけくっついとっても、俺の速すぎる心臓の音が貴世子に聞こえんで済むのは、ありがたい。
「怖ないか?」
「はい。多分一人だと耐えられませんでした。きっとお布団に潜り込んで丸くなっていたと思います」
「停電やから、布団はよう敷かんのとちゃうかな」
「うっ」
俺の指摘に貴世子は言葉を詰まらせた。
そして「そうですね……ええ、多分そうです。雨戸も閉められずにおろおろしていましたから」と、へらっと笑った。
大丈夫やで。俺が来たからな。
思わずそう言いそうになって、言葉を止めた。
いや、そんなん恋人同士の会話やんか。
なんやねん、もう。
少年やあるまいに、こんなにどきどきして。
自分の中にこんな純情な気持ちがあるやなんて。照れるやん。
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