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三章
1、帰宅【1】
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縛られて嬲られていたわたしは、自分の足で歩くことができませんでした。
一歩を踏み出そうとすると、膝から崩折れてしまうのです。
廊下の床に顔をぶつけそうになる直前、わたしの腕を幾久司さんが掴みました。
大きな手。力は強いのに、わたしを打った男とは全く違います。
「大丈夫か? って、大丈夫な訳あらへんよな」
幾久司さんは苦笑すると、わたしをひょいっと抱き上げました。
襦袢の上に背広をはおった状態のわたしは、妙な格好なのですが。幾久司さんは「なんか西洋のお姫さまみたいやなぁ」なんて微笑むの。
わたしはどうしていいのか分からずに、幾久司さんの首にきゅっと掴まりました。
「そんなに顔を近づけられたら、恥ずかしいやんか」
「……いいの」
「困ったお嬢さんやなぁ。意外と我儘やったんやな」
これまで誰からも我儘なんて言われたことがないのに。どうして、彼には甘えてしまうの?
分からないけれど。わたしは幾久司さんの顔に、ぴったりと頬を寄せたんです。
雨に濡れて冷えきった幾久司さんの頬。わたしの為に、あなたを巻き込んでしまったのだわ。
◇◇◇
困った。
俺は、正直どうしてええか分からんかった。
貴世子は、こんな風に誰かに……というか男に甘えるような人やないと思う。
せやのに、俺のことを信じてしがみついてくる。
怖かったよな。つらかったよな。体には痣がぎょうさん残っとうし、打たれた所為で口の端は切れてしもとう。
けどもう大丈夫やからな。俺の家でちゃんと手当てしたるから。
お嬢は二度と、あんな暗い世界に引きずり込まれることはない。
うちの組長が動いてくれるからな。あの家も手放す必要はないやろう。
さっき侵入した玄関を出て(戸を蹴破って入るとか、無粋な真似はせぇへん。あんなん針金があったら充分や)表に停めてある車へと進む。
黒い
すぐに運転席から組の者が降りてきて、扉を開いてくれた。そして雨に濡れながら、俺に頭を下げる。
「お帰りなさいませ、若頭」
「そんな風に呼ばんといてくれ、幾久司でええわ。本来、雪野姐が男やったら、あの人が若頭になるんやから」
「いえ、それはできかねます」
堅物やなぁ。それに、貴世子が怖がらせたらあかんから、普通でいたいんやけどなぁ。
貴世子を後部座席に座らせて、俺も隣に腰を下ろす。
その時やった。
貴世子が自分の体を抱きしめたんや。
「どないしたんや、お嬢。寒いんか?」
「いえ、違うの。違うんです」
「けど、震えてるやん」
彼女の肩に触れようとしたら、お嬢は俺から身を引いた。
「お嬢?」
「すみません。なんでもないんです」
いや、なんでもなくないやろ。訝しんだ俺は、はっとした。
せや。確か調教の為の香を嗅がされとった。ある意味、媚薬やもんな。そら、苦しいやろ。
「済まんけど。ゆっくり運転したって、出来る限り振動を与えんように」
「畏まりました、若」
まぁ、まったく揺れへんってことはないけど。
俺は部下に指示を出すと、貴世子の方に視線を向けた。
いっそぎゅっと抱きしめとった方が、振動を感じへんのやろか。
一歩を踏み出そうとすると、膝から崩折れてしまうのです。
廊下の床に顔をぶつけそうになる直前、わたしの腕を幾久司さんが掴みました。
大きな手。力は強いのに、わたしを打った男とは全く違います。
「大丈夫か? って、大丈夫な訳あらへんよな」
幾久司さんは苦笑すると、わたしをひょいっと抱き上げました。
襦袢の上に背広をはおった状態のわたしは、妙な格好なのですが。幾久司さんは「なんか西洋のお姫さまみたいやなぁ」なんて微笑むの。
わたしはどうしていいのか分からずに、幾久司さんの首にきゅっと掴まりました。
「そんなに顔を近づけられたら、恥ずかしいやんか」
「……いいの」
「困ったお嬢さんやなぁ。意外と我儘やったんやな」
これまで誰からも我儘なんて言われたことがないのに。どうして、彼には甘えてしまうの?
分からないけれど。わたしは幾久司さんの顔に、ぴったりと頬を寄せたんです。
雨に濡れて冷えきった幾久司さんの頬。わたしの為に、あなたを巻き込んでしまったのだわ。
◇◇◇
困った。
俺は、正直どうしてええか分からんかった。
貴世子は、こんな風に誰かに……というか男に甘えるような人やないと思う。
せやのに、俺のことを信じてしがみついてくる。
怖かったよな。つらかったよな。体には痣がぎょうさん残っとうし、打たれた所為で口の端は切れてしもとう。
けどもう大丈夫やからな。俺の家でちゃんと手当てしたるから。
お嬢は二度と、あんな暗い世界に引きずり込まれることはない。
うちの組長が動いてくれるからな。あの家も手放す必要はないやろう。
さっき侵入した玄関を出て(戸を蹴破って入るとか、無粋な真似はせぇへん。あんなん針金があったら充分や)表に停めてある車へと進む。
黒い
すぐに運転席から組の者が降りてきて、扉を開いてくれた。そして雨に濡れながら、俺に頭を下げる。
「お帰りなさいませ、若頭」
「そんな風に呼ばんといてくれ、幾久司でええわ。本来、雪野姐が男やったら、あの人が若頭になるんやから」
「いえ、それはできかねます」
堅物やなぁ。それに、貴世子が怖がらせたらあかんから、普通でいたいんやけどなぁ。
貴世子を後部座席に座らせて、俺も隣に腰を下ろす。
その時やった。
貴世子が自分の体を抱きしめたんや。
「どないしたんや、お嬢。寒いんか?」
「いえ、違うの。違うんです」
「けど、震えてるやん」
彼女の肩に触れようとしたら、お嬢は俺から身を引いた。
「お嬢?」
「すみません。なんでもないんです」
いや、なんでもなくないやろ。訝しんだ俺は、はっとした。
せや。確か調教の為の香を嗅がされとった。ある意味、媚薬やもんな。そら、苦しいやろ。
「済まんけど。ゆっくり運転したって、出来る限り振動を与えんように」
「畏まりました、若」
まぁ、まったく揺れへんってことはないけど。
俺は部下に指示を出すと、貴世子の方に視線を向けた。
いっそぎゅっと抱きしめとった方が、振動を感じへんのやろか。
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