颱風の夜、ヤクザに戀して乱れ咲く【R18】

真風月花

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二章

6、解放

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「お前。お嬢に何したんや」

 水のしたたる前髪を、荒っぽく手でかきあげた幾久司さんは、眉根を寄せて男を睨みつけました。

「貴様。どうやって中に入った。玄関も牢も鍵が……」
「そんなん簡単に開けられるわ。それよりも彼女に何をしたか訊いとんのや。さっさと答えんか」

 目の前に立ちはだかる男を足払いすると、幾久司さんは靴を履いたまま、男の右手首を踏みつけました。

「なんや。その趣味の悪い代物シロモンは。あぁ、お前が咥えこむんか」

 男は呻きながらも左手で、幾久司さんの足を掴もうとしました。

「あー、堪忍なぁ。右手だけ踏んだら、左手が嫉妬するやんなぁ」

 口許は笑っているのに、幾久司さんの目はこれっぽっちも笑っていません。
 しゃがみこんだ幾久司さんは、男の指を揃えると手の甲の方に、一気に反らしました。

「ぐっ、ぐぁぁっ」
「あかんよなぁ。右手が動いたら、お嬢にまた不埒なことをするんやろ」

 鈍い音がして、男は畳を転げまわっています。

「なんや、根性ないな。いかがわしい玩具で遊ぶ程度の奴か」

 そして幾久司さんは、男の下腹部を蹴りつけたのです。
 声を上げることも出来ずに、男は口から泡を吹いて気絶しました。

「幾久司……さん」
「怖かったな。遅なってごめんな」

 幾久司さんは、ご自分の背広を脱ぐとわたしにかけてくださったの。
 
「なんちゅう酷いことをするんや」と呟きながら、わたしの両足を縛る縄を解いてくださいます。
 これまで無理に開かされていた足。閉じたいのに、自分の力では動かすことができません。

「可哀想に。縄の痕が残ってしもとう」
「あ…っ、だめ。触らないでください」

 大きな手がわたしの足首を、いたわるように撫でるから。それだけのことで、わたしは甘い痺れに囚われるんです。

「お嬢?」
「お願い、離してください。無理なの……動けないの」
「動かれへんのやったら、俺が抱き上げて連れてったるから」

 わたしは、ふるふると首を振りました。
 異変に気付いたのか、幾久司さんは眉をしかめます。

「変なモン、飲まされたんか? それとも……ああ、調教の為に嗅がされたんやな」

 立ち上がった幾久司さんは、今も煙をくゆらせる香炉を手に取りました。
 香炉灰をかぶせて、消すのだとばかり思っていましたが。
 その香を、今度は気絶している男の鼻の近くに置いたのです。

「お嬢に暴力を振るうんやったら、自分も同じようにしてもらわなな。雪野姐」
「はぁい。片づいたん?」

 白檀の香りがしたと思うと、艶っぽい女性が座敷牢に現れました。
 着物用の合羽を粋に着こなして、足下も雨草履です。
「雪野姐」と呼ばれたその人は、わたしに会釈をなさいました。

「怖かったね。もう大丈夫よ、幾久司がおるからね」
「え、あの……」

 雪野さんと幾久司さんは、何事かを話し合っています。洩れ聞こえてくる内容は不穏な言葉ばかりで。
「山賊に任せる」とか「陰間にするにはとうが立ちすぎている」とか「売色なら、なんとか」と、話しています。
 
「ほな、うちのモンが車で待っとうから。呼んでくるわ。こいつの処遇を組に戻って決めないと駄目だしねぇ」

 立ち上がった雪野さんは、幾久司さんに「もう一台、車停めとうから。あんたは自分の家に帰りなさい」と告げました。
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