16 / 28
二章
6、解放
しおりを挟む
「お前。お嬢に何したんや」
水のしたたる前髪を、荒っぽく手でかきあげた幾久司さんは、眉根を寄せて男を睨みつけました。
「貴様。どうやって中に入った。玄関も牢も鍵が……」
「そんなん簡単に開けられるわ。それよりも彼女に何をしたか訊いとんのや。さっさと答えんか」
目の前に立ちはだかる男を足払いすると、幾久司さんは靴を履いたまま、男の右手首を踏みつけました。
「なんや。その趣味の悪い代物は。あぁ、お前が咥えこむんか」
男は呻きながらも左手で、幾久司さんの足を掴もうとしました。
「あー、堪忍なぁ。右手だけ踏んだら、左手が嫉妬するやんなぁ」
口許は笑っているのに、幾久司さんの目はこれっぽっちも笑っていません。
しゃがみこんだ幾久司さんは、男の指を揃えると手の甲の方に、一気に反らしました。
「ぐっ、ぐぁぁっ」
「あかんよなぁ。右手が動いたら、お嬢にまた不埒なことをするんやろ」
鈍い音がして、男は畳を転げまわっています。
「なんや、根性ないな。いかがわしい玩具で遊ぶ程度の奴か」
そして幾久司さんは、男の下腹部を蹴りつけたのです。
声を上げることも出来ずに、男は口から泡を吹いて気絶しました。
「幾久司……さん」
「怖かったな。遅なってごめんな」
幾久司さんは、ご自分の背広を脱ぐとわたしにかけてくださったの。
「なんちゅう酷いことをするんや」と呟きながら、わたしの両足を縛る縄を解いてくださいます。
これまで無理に開かされていた足。閉じたいのに、自分の力では動かすことができません。
「可哀想に。縄の痕が残ってしもとう」
「あ…っ、だめ。触らないでください」
大きな手がわたしの足首を、いたわるように撫でるから。それだけのことで、わたしは甘い痺れに囚われるんです。
「お嬢?」
「お願い、離してください。無理なの……動けないの」
「動かれへんのやったら、俺が抱き上げて連れてったるから」
わたしは、ふるふると首を振りました。
異変に気付いたのか、幾久司さんは眉をしかめます。
「変なモン、飲まされたんか? それとも……ああ、調教の為に嗅がされたんやな」
立ち上がった幾久司さんは、今も煙をくゆらせる香炉を手に取りました。
香炉灰をかぶせて、消すのだとばかり思っていましたが。
その香を、今度は気絶している男の鼻の近くに置いたのです。
「お嬢に暴力を振るうんやったら、自分も同じようにしてもらわなな。雪野姐」
「はぁい。片づいたん?」
白檀の香りがしたと思うと、艶っぽい女性が座敷牢に現れました。
着物用の合羽を粋に着こなして、足下も雨草履です。
「雪野姐」と呼ばれたその人は、わたしに会釈をなさいました。
「怖かったね。もう大丈夫よ、幾久司がおるからね」
「え、あの……」
雪野さんと幾久司さんは、何事かを話し合っています。洩れ聞こえてくる内容は不穏な言葉ばかりで。
「山賊に任せる」とか「陰間にするには薹が立ちすぎている」とか「売色なら、なんとか」と、話しています。
「ほな、うちのモンが車で待っとうから。呼んでくるわ。こいつの処遇を組に戻って決めないと駄目だしねぇ」
立ち上がった雪野さんは、幾久司さんに「もう一台、車停めとうから。あんたは自分の家に帰りなさい」と告げました。
水のしたたる前髪を、荒っぽく手でかきあげた幾久司さんは、眉根を寄せて男を睨みつけました。
「貴様。どうやって中に入った。玄関も牢も鍵が……」
「そんなん簡単に開けられるわ。それよりも彼女に何をしたか訊いとんのや。さっさと答えんか」
目の前に立ちはだかる男を足払いすると、幾久司さんは靴を履いたまま、男の右手首を踏みつけました。
「なんや。その趣味の悪い代物は。あぁ、お前が咥えこむんか」
男は呻きながらも左手で、幾久司さんの足を掴もうとしました。
「あー、堪忍なぁ。右手だけ踏んだら、左手が嫉妬するやんなぁ」
口許は笑っているのに、幾久司さんの目はこれっぽっちも笑っていません。
しゃがみこんだ幾久司さんは、男の指を揃えると手の甲の方に、一気に反らしました。
「ぐっ、ぐぁぁっ」
「あかんよなぁ。右手が動いたら、お嬢にまた不埒なことをするんやろ」
鈍い音がして、男は畳を転げまわっています。
「なんや、根性ないな。いかがわしい玩具で遊ぶ程度の奴か」
そして幾久司さんは、男の下腹部を蹴りつけたのです。
声を上げることも出来ずに、男は口から泡を吹いて気絶しました。
「幾久司……さん」
「怖かったな。遅なってごめんな」
幾久司さんは、ご自分の背広を脱ぐとわたしにかけてくださったの。
「なんちゅう酷いことをするんや」と呟きながら、わたしの両足を縛る縄を解いてくださいます。
これまで無理に開かされていた足。閉じたいのに、自分の力では動かすことができません。
「可哀想に。縄の痕が残ってしもとう」
「あ…っ、だめ。触らないでください」
大きな手がわたしの足首を、いたわるように撫でるから。それだけのことで、わたしは甘い痺れに囚われるんです。
「お嬢?」
「お願い、離してください。無理なの……動けないの」
「動かれへんのやったら、俺が抱き上げて連れてったるから」
わたしは、ふるふると首を振りました。
異変に気付いたのか、幾久司さんは眉をしかめます。
「変なモン、飲まされたんか? それとも……ああ、調教の為に嗅がされたんやな」
立ち上がった幾久司さんは、今も煙をくゆらせる香炉を手に取りました。
香炉灰をかぶせて、消すのだとばかり思っていましたが。
その香を、今度は気絶している男の鼻の近くに置いたのです。
「お嬢に暴力を振るうんやったら、自分も同じようにしてもらわなな。雪野姐」
「はぁい。片づいたん?」
白檀の香りがしたと思うと、艶っぽい女性が座敷牢に現れました。
着物用の合羽を粋に着こなして、足下も雨草履です。
「雪野姐」と呼ばれたその人は、わたしに会釈をなさいました。
「怖かったね。もう大丈夫よ、幾久司がおるからね」
「え、あの……」
雪野さんと幾久司さんは、何事かを話し合っています。洩れ聞こえてくる内容は不穏な言葉ばかりで。
「山賊に任せる」とか「陰間にするには薹が立ちすぎている」とか「売色なら、なんとか」と、話しています。
「ほな、うちのモンが車で待っとうから。呼んでくるわ。こいつの処遇を組に戻って決めないと駄目だしねぇ」
立ち上がった雪野さんは、幾久司さんに「もう一台、車停めとうから。あんたは自分の家に帰りなさい」と告げました。
0
あなたにおすすめの小説
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
お隣さんはヤのつくご職業
古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。
残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。
元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。
……え、ちゃんとしたもん食え?
ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!!
ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ
建築基準法と物理法則なんて知りません
登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。
2020/5/26 完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる