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三章
3、接吻
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まだ停電が続いとうから、部屋に蝋燭を点す。
燐寸が消える時の独特な匂い。蝋燭に火を移して燐寸を消すと、白い煙が夜へ誘うように細くたなびいた。
ぽうっとした蝋燭の明かりが、見慣れたはずの生活感のない部屋を浮かび上がらせる。
雨戸も閉めてへんから、硝子窓を雨が叩きつけてるのがよう見える。
俺は家を颱風から守ろうという気が全然ないんやな。そのくせ、てるてる坊主だけは作ったりして。
自分でも可笑しなるわ。
貴世子は非力やのに、なんとか雨戸を閉めようと……家を守ろうと苦心しとった。
こういう言い方は妙かもしれへんけど。
愛情を注がれへん俺の家は誰にも騙し取られることもなくて。けど、手を掛けた貴世子の家と大事に育てられた彼女は、下衆が欲しがるほど価値があるんやな。
「せやな。俺にとっても、あんたは眩しいわ」
一人暮らしやし、どうせヤクザやから。日々の生活なんかどうでもええと思とった。もともと物が少ない上に、ただ寝に帰るだけの家や。
殺風景なことこの上ない。
おんなじ一人暮らしでも、貴世子の家は丁寧に整えられとった。
俺はちゃんと生きてへんかったんやな。
貴世子に出会うまで、そんなことにすら気づかんかった。
貴世子の朱鷺色の襦袢を脱がせて、畳に落とす。モスリンなのか、するりとした手触りや。
まるで薔薇の花びらの中に、ひっそりと潜むような姿やった。
それを剥いでしまうんは、あまりにも申し訳なかったけど。
「ほんまにごめんな」
俺は何度も謝りながら、貴世子の髪を指で梳いた。しっとりと濡れた黒髪は、今もあの香の匂いが染みついている。
軽く唇を重ねると、貴世子は脅えるように震えた。
それやのに、接吻に応じる姿がいじらしい。
「無理せんでええで。俺に任しとき」
「でも」
潤んだ瞳で見つめられて、ほんまに困る。慣れんことはせんでええのに。
「可愛いな、貴世子は」
「おっしゃらないで……」
恥じらって顔を隠そうとするから、そのひんやりとした華奢な手を退ける。
無理はせんでええけど。俺の与える感覚にどんな表情をするのかは、ちゃんと見せてほしいと願うのは我儘やろか。
たどたどしい接吻。それでも貴世子は俺の舌を受け入れてくれた。
「ん……んんっ、ん」
耳朶を指で触れ、そのまま首筋をたどっていく。
乱暴に扱われたことを、少しでも思い出させたくないから。微かに、そよ風が撫でるようにゆっくりと。
「幾久司……さん」
「うん。もどかしいよな」
焦らしているのは重々承知しとう。貴世子は蝋燭の明かりに照らされた乳白色のしなやかな脚を、もぞもぞと動かした。
「けど、急がへん方が気持ちよくなれるで。我慢できるな?」
「……はい」
貴世子の指が、俺の頬に触れる。とても優しく。こんな風に撫でられたことなんか、ない。
ああ、お嬢の苦しさを救うだけの存在やのうて、彼女に愛されたい。ずっと傍にいたい。隣で微笑んでいてほしい。
そんな風に願うんは、分不相応なんやろか。
柔らかな胸には、指の痕が残っている。あの男が鷲掴みにした痕や。
俺はその痛々しい痣を軽く撫でる。
貴世子は唇を半開きにして、甘い吐息を洩らした。
ほんまはあちこちに接吻して、赤い痕を残したい。花びらが散ったような痕を。
せやけど、手首にも胸にも足首にも痣が残った彼女の肌を、これ以上痛めつけるような真似はできへん。
ああ、苦しいなぁ。
今夜一晩だけの関係なんやなぁ。俺が抱いたからって、貴世子は俺のものになるわけやない。まるで俺が思い出をもらうかのようや。
彼女の腰に手を添えて、背中を少し持ち上げる。俺は下腹部にくちづけを落とし、そして彼女の秘所に唇を寄せる。
「や……だめ、やめてぇ」
「うん。やめてあげられたらええんやけど。無理やなぁ」
せめて朝までは、あんたを俺に独占させてくれ。
燐寸が消える時の独特な匂い。蝋燭に火を移して燐寸を消すと、白い煙が夜へ誘うように細くたなびいた。
ぽうっとした蝋燭の明かりが、見慣れたはずの生活感のない部屋を浮かび上がらせる。
雨戸も閉めてへんから、硝子窓を雨が叩きつけてるのがよう見える。
俺は家を颱風から守ろうという気が全然ないんやな。そのくせ、てるてる坊主だけは作ったりして。
自分でも可笑しなるわ。
貴世子は非力やのに、なんとか雨戸を閉めようと……家を守ろうと苦心しとった。
こういう言い方は妙かもしれへんけど。
愛情を注がれへん俺の家は誰にも騙し取られることもなくて。けど、手を掛けた貴世子の家と大事に育てられた彼女は、下衆が欲しがるほど価値があるんやな。
「せやな。俺にとっても、あんたは眩しいわ」
一人暮らしやし、どうせヤクザやから。日々の生活なんかどうでもええと思とった。もともと物が少ない上に、ただ寝に帰るだけの家や。
殺風景なことこの上ない。
おんなじ一人暮らしでも、貴世子の家は丁寧に整えられとった。
俺はちゃんと生きてへんかったんやな。
貴世子に出会うまで、そんなことにすら気づかんかった。
貴世子の朱鷺色の襦袢を脱がせて、畳に落とす。モスリンなのか、するりとした手触りや。
まるで薔薇の花びらの中に、ひっそりと潜むような姿やった。
それを剥いでしまうんは、あまりにも申し訳なかったけど。
「ほんまにごめんな」
俺は何度も謝りながら、貴世子の髪を指で梳いた。しっとりと濡れた黒髪は、今もあの香の匂いが染みついている。
軽く唇を重ねると、貴世子は脅えるように震えた。
それやのに、接吻に応じる姿がいじらしい。
「無理せんでええで。俺に任しとき」
「でも」
潤んだ瞳で見つめられて、ほんまに困る。慣れんことはせんでええのに。
「可愛いな、貴世子は」
「おっしゃらないで……」
恥じらって顔を隠そうとするから、そのひんやりとした華奢な手を退ける。
無理はせんでええけど。俺の与える感覚にどんな表情をするのかは、ちゃんと見せてほしいと願うのは我儘やろか。
たどたどしい接吻。それでも貴世子は俺の舌を受け入れてくれた。
「ん……んんっ、ん」
耳朶を指で触れ、そのまま首筋をたどっていく。
乱暴に扱われたことを、少しでも思い出させたくないから。微かに、そよ風が撫でるようにゆっくりと。
「幾久司……さん」
「うん。もどかしいよな」
焦らしているのは重々承知しとう。貴世子は蝋燭の明かりに照らされた乳白色のしなやかな脚を、もぞもぞと動かした。
「けど、急がへん方が気持ちよくなれるで。我慢できるな?」
「……はい」
貴世子の指が、俺の頬に触れる。とても優しく。こんな風に撫でられたことなんか、ない。
ああ、お嬢の苦しさを救うだけの存在やのうて、彼女に愛されたい。ずっと傍にいたい。隣で微笑んでいてほしい。
そんな風に願うんは、分不相応なんやろか。
柔らかな胸には、指の痕が残っている。あの男が鷲掴みにした痕や。
俺はその痛々しい痣を軽く撫でる。
貴世子は唇を半開きにして、甘い吐息を洩らした。
ほんまはあちこちに接吻して、赤い痕を残したい。花びらが散ったような痕を。
せやけど、手首にも胸にも足首にも痣が残った彼女の肌を、これ以上痛めつけるような真似はできへん。
ああ、苦しいなぁ。
今夜一晩だけの関係なんやなぁ。俺が抱いたからって、貴世子は俺のものになるわけやない。まるで俺が思い出をもらうかのようや。
彼女の腰に手を添えて、背中を少し持ち上げる。俺は下腹部にくちづけを落とし、そして彼女の秘所に唇を寄せる。
「や……だめ、やめてぇ」
「うん。やめてあげられたらええんやけど。無理やなぁ」
せめて朝までは、あんたを俺に独占させてくれ。
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