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三章
8、颱風一過の朝【1】
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わたしは眩しさで目を覚ましました。
閉じた瞼を通しても、温かくて橙色の光に包まれたからです。
うっすらと瞼を開くと、見知らぬ天井が見えました。うちのような洋燈シェードではなく、素朴な裸電球がそのまま下げられた天井です。
一瞬、あの忌まわしい座敷牢かと思い身構えました。
「大丈夫やで、俺の家や」
次の瞬間、硬くなったわたしの体をいたわるように、幾久司さんが抱きしめてくださったんです。
「おはよう。体は痛ないか?」
「あ、おはようございます」
わたしはぺこりと頭を下げました。横になったまま、しかも幾久司さんの腕の中にいる状態なので、少々不格好ですが。
そうでした。わたし、幾久司さんに抱かれたんです。抱いてほしいと願ったんです。
下腹部に残る鈍い痛みが、昨夜のことが現実であると教えてくれます。
わたし、あんなにも淫らな様子で乱れて。それを彼に見られて。今思うと、なんて恥ずかしいのでしょう。
しかも、襦袢の腰紐が緩い所為なのか、胸元がはだけてしまっているんです。
鎖骨だけではなく、谷間を築くほどでもないささやかな胸も少し見えてしまっています。
「済みません。はしたなくて」
「俺の前やったら、いくらでもはしたなくてもええで」
にっこりと微笑みながら言われるので。もしかしたらこの先も、幾久司さんと共にいてもいいのかしらと僅かな希望がよぎりました。
それは、颱風の名残の残る灰色の雲の向こうに広がる、花びらの色の空のように。
「困ったな。襦袢のまま連れてきたから、貴世子の服がないなぁ」
「あの、わたしはどうすれば」
さすがに薄い襦袢で過ごすのは、みっともないです。胸元が隠れるように、わたしは薄紅色の襦袢をきちんと着ました。
「大きいけど、俺の服を着たらええかな? うーん、浴衣も長いよなぁ。そうや、薄手の外套があるから、それを来たら外を歩いても平気やろ。家まで送っていくわ」
「い、幾久司さんは、その後どうなさるんですか?」
わたしは勇気を出して問いました。
もしかしたら「家まで送って、その後は一緒におったるで」とか「離れるんも寂しいしな」という都合のよい答えを期待したのかもしれません。
「その後かぁ」と小首を傾げながら、幾久司さんも天井を見上げます。
彼の瞳には、寂しげな裸電球が映りこんでいました。
「せやなぁ。貴世子を送っていったら、そのまま名原の事務所に直行かな。ああ、家のことは弁護士に任せたらええからな」
「え?」
「安心し。俺みたいなヤクザやのうて、堅気の先生やで」
晴れ晴れした、そう読み取れるような明るい表情で幾久司さんは仰います。
そして「外套は、そのまま貴世子にあげるから。返さんでええからな」と止めを刺されたのです。
仄かな希望は、一瞬にして儚い音と共に崩れ落ちました。
「ん? 俺の服は嫌か?」
「いえ、そんなことはありません」
そうですね。わたしはただのお仕事で知り合っただけの相手ですもの。
任務が終われば、さようならですよね。
むしろ、あんな恥ずかしいことに付き合ってもらって、ご迷惑をかけたと思います。
だから、寂しがるなんておかしいんです。
閉じた瞼を通しても、温かくて橙色の光に包まれたからです。
うっすらと瞼を開くと、見知らぬ天井が見えました。うちのような洋燈シェードではなく、素朴な裸電球がそのまま下げられた天井です。
一瞬、あの忌まわしい座敷牢かと思い身構えました。
「大丈夫やで、俺の家や」
次の瞬間、硬くなったわたしの体をいたわるように、幾久司さんが抱きしめてくださったんです。
「おはよう。体は痛ないか?」
「あ、おはようございます」
わたしはぺこりと頭を下げました。横になったまま、しかも幾久司さんの腕の中にいる状態なので、少々不格好ですが。
そうでした。わたし、幾久司さんに抱かれたんです。抱いてほしいと願ったんです。
下腹部に残る鈍い痛みが、昨夜のことが現実であると教えてくれます。
わたし、あんなにも淫らな様子で乱れて。それを彼に見られて。今思うと、なんて恥ずかしいのでしょう。
しかも、襦袢の腰紐が緩い所為なのか、胸元がはだけてしまっているんです。
鎖骨だけではなく、谷間を築くほどでもないささやかな胸も少し見えてしまっています。
「済みません。はしたなくて」
「俺の前やったら、いくらでもはしたなくてもええで」
にっこりと微笑みながら言われるので。もしかしたらこの先も、幾久司さんと共にいてもいいのかしらと僅かな希望がよぎりました。
それは、颱風の名残の残る灰色の雲の向こうに広がる、花びらの色の空のように。
「困ったな。襦袢のまま連れてきたから、貴世子の服がないなぁ」
「あの、わたしはどうすれば」
さすがに薄い襦袢で過ごすのは、みっともないです。胸元が隠れるように、わたしは薄紅色の襦袢をきちんと着ました。
「大きいけど、俺の服を着たらええかな? うーん、浴衣も長いよなぁ。そうや、薄手の外套があるから、それを来たら外を歩いても平気やろ。家まで送っていくわ」
「い、幾久司さんは、その後どうなさるんですか?」
わたしは勇気を出して問いました。
もしかしたら「家まで送って、その後は一緒におったるで」とか「離れるんも寂しいしな」という都合のよい答えを期待したのかもしれません。
「その後かぁ」と小首を傾げながら、幾久司さんも天井を見上げます。
彼の瞳には、寂しげな裸電球が映りこんでいました。
「せやなぁ。貴世子を送っていったら、そのまま名原の事務所に直行かな。ああ、家のことは弁護士に任せたらええからな」
「え?」
「安心し。俺みたいなヤクザやのうて、堅気の先生やで」
晴れ晴れした、そう読み取れるような明るい表情で幾久司さんは仰います。
そして「外套は、そのまま貴世子にあげるから。返さんでええからな」と止めを刺されたのです。
仄かな希望は、一瞬にして儚い音と共に崩れ落ちました。
「ん? 俺の服は嫌か?」
「いえ、そんなことはありません」
そうですね。わたしはただのお仕事で知り合っただけの相手ですもの。
任務が終われば、さようならですよね。
むしろ、あんな恥ずかしいことに付き合ってもらって、ご迷惑をかけたと思います。
だから、寂しがるなんておかしいんです。
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