颱風の夜、ヤクザに戀して乱れ咲く【R18】

真風月花

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三章

10、颱風一過の朝【3】

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 参ったなぁ。
 俺は、眩しすぎる空を仰いで小さく息をついた。

 勘が鈍くないというか、割と察しのええ方やから。
 貴世子が、俺のことを好いてくれてるのが分かるんや。これは多分、思い上がりや自惚れやない。

 どうしたらええんやろな。
 俺かって、このまま別れたくはない。
 まるで純情な少年のように、好いた人と手を繋いでるだけでも胸がドキドキする。
 こんなん自分と違うみたいや。

 とくに、ただ手を繋いでるわけやない。
 貴世子を愛した後やから。余計に……なんか照れくさくて、どういう表情をしたらええんか分からなくなる。

「あの、幾久司さん」
「ん?」

 貴世子に声をかけられて俺は立ち止まった。
 なるべく平静な声を出す。俺は落ち着いてるように見えるやろか。胸の鼓動が聞こえやせぇへんか気になるとか……少年を飛び越えて少女やろ。

「いえ、何でもないんです」
「そうか……」

 口ごもった貴世子は、そのまま続く言葉を飲み込んだ。
 そしてまた、繋いだ手に力を込めてくるんや。

 あかんなぁ。なんで俺は堅気やなかったんやろ。
 なんでヤクザの家系に生まれたんやろ。

 この辺りのヤクザは、基本的に穏やかや。力があったり武闘派やったりする人は、話も通じるし、何かを根に持つこともない。
 せやけど賭場に来る奴らの中には、世を恨んだり、憎んだりする者がいる。
 そういう奴らは話が通じへんのや。

 貴世子をそういう世界に巻き込むことは絶対にせぇへん。けど、もし俺が巻き込まれて、彼女を遺すことになったら。
 きっと泣かせてしまうんやろうなぁ。

 それやったら、ここで感じる少しの寂しさで済んだ方が、貴世子の為になるんとちゃうやろか。

 角を曲がり大通りに出ると、教會とその奥に洋館の県庁が見えた。
 赤煉瓦のすっとした直線の教會と、白い壁に緑青の丸屋根を持つ、回廊式の本庁舎。
 昨夜の颱風の所為で、道には折れた枝や木の葉が散乱しとうけど。
 
 すでに車や市電が何事もなかったかのように走っとう。
 そう、もう颱風は過ぎたんや。それぞれに日常が戻ってきたんや。
 それやったら、未練なんか残さんと、さっさと割り切った方がええ。

 俺は小さくため息をついた。

◇◇◇

 見慣れた榮光教會から、パイプオルガンの音色が聞こえてきました。
 窓が開け放ってあるのでしょう。御ミサの曜日ではありませんが、牧師さまは毎日礼拝をなさっておいでですものね。

 幼い頃より変わらない光景。
 今は幾久司さんと手を繋いで歩いているけれど。それも今日だけのこと。
 明日からは、また一人きりの日々が始まるのです。
 だから、ちゃんと慣れないといけません。元の日常が戻るだけのことなんですから。

「えーと、ここを曲がるんやったな」
「はい。あと少し着きます」

 わたしは明るく幾久司さんに返事しました。
 小路に入れば、うちまではほんの数分です。
 できればゆっくりと進みたいのに。突然、幾久司さんは歩を速めたんです。

 早足でゆるやかな坂を上り、わたしは慌てて彼についていきます。
 
 ああ、やはり。幾久司さんは一刻も早く日常に戻りたいですよね。
 わたしだけが、覚めない夢の中にいてはいけないのだわ。

「きゃっ」

 身の丈に合っていない外套の裾が、足に絡まってしまいました。
 つまずいたわたしを、とっさに幾久司さんが支えてくださいます。

 力強い腕。ほんの何時間か前まで、わたしはこの腕の中にいました。
 けれど、今はすぐに「大丈夫か?」とだけ問われて、手を離されるのです。

「済みません」と頭を下げつつも、やはり苦しいのです。
 心が、離れたくないと叫んでいるのです。
 それを口に出来たら、どんなにかいいでしょう。
 
 けれど幾久司さんに拒否されたらと思うと、本音を言えないんです。
 わたしの我儘が、彼の後悔になってはいけない。昨夜のことは……わたしのことは、忘れてくれた方がいい。それは分かっているのに。

 どうしてわたしは、彼との一晩の関係を割り切ることができないのでしょう。
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