颱風の夜、ヤクザに戀して乱れ咲く【R18】

真風月花

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三章

12、颱風は去ったはずなのに

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 わたしが玄関の引き戸を開こうとしたのですが。幾久司さんの手に押さえられて、開けることができません。
 雨を存分に吸い込んだ戸は湿り、指先までしっとりと濡れてしまいそう。

「あの?」
「あ、すまん。つい……」

 歯切れの悪い幾久司さんは、わたしから視線を逸らしました。
 
 もしかして、あなたも別れを惜しんでくださっているの?
 これはわたしの思い上がりではないの?
 
 瞼を伏せたその瞳は、とても切なげです。雨で濡れた踏み石や地面が、朝日に照らされて煌めいている所為で、幾久司さんの瞳にも光が宿って見えます。

 わたしは彼の袖を掴みました。
 離したくなかったのです。別れたくなかったのです。

「お返事はいただけないことは、分かっています。でも、でも……これだけは聞いてください」

 どうか勇気を。断られることは前提でも、気持ちだけでも伝えておかないと。
 わたしは、今のままでは前に進めません。この気持ちをなかったことにはできません。

「……言わんでええ」
「え?」

 なけなしの勇気が、踏まれた小枝のようにぽきっと折れて、そして砕け散りました。
 ですが……。

 わたしの体は引き寄せられ、幾久司さんに抱きしめられたです。

「俺に言わせてくれ。このまま貴世子と離れ離れになるのは嫌や。ずっと一緒にいたい、誰にも渡したくない」
「幾久司さん?」

 わたしを抱きしめる、がっしりとした腕は小刻みに震えています。
 その声も、かすれているんです。

 勇気を振り絞ったのは、わたしだけではなかったの?
 
「貴世子のことを忘れて生きていくなんて、俺には無理や」

 わたしは、垂れ下がったままだった手を幾久司さんの背にまわしました。
「わたしも無理です。あなたを忘れることなんてできません」と呟いた言葉は、彼のたくましい胸に吸い込まれていきました。

「覚悟を決めて欲しい。ヤクザの俺と添う覚悟や」

 幾久司さんの胸の鼓動が、早鐘のような鼓動が聞こえてきます。
 わたしは背伸びをして、彼と唇を重ねました。
 ほんの少しだけ、微かな風が触れるようなキスです。

 一瞬、幾久司さんは何が起こったのか分からないようでしたが。すぐにご自分の唇に触れて、そして徐々に頬が赤くなっていったの。

「……あかんやんか。普通は言葉で返事するもんやろ?」

 ごめんなさい。でもね、嬉しすぎて喉が詰まってしまって。声にならなかったの。

 市電の走る音、枝から飛び立つ鳥の羽音とさえずり。それらがようやく聞こえてきました。
 
 ふいに、周囲が翳ったと思うと、わたしの唇が塞がれたんです。

「え、あの」
「黙っとき。人に見られるで」

 門の中だから、他に人はいません。幾久司さんは何度も何度も、わたしの頬にも唇にもキスの雨を降らせるんです。
 まるでそれは颱風のように、激しくて。

 立っていられなくなりそうで、わたしは彼の腕に必死でしがみついたんです。

「片づけをせなあかんから、キスだけにしとくけど」

 そのキスが、激しすぎるんです。
 まるで颱風の気が変わって、戻って来たかのように。わたしは幾久司さんの接吻に翻弄されながら、膝の力が抜けてへたりこんでしまいました。

【完】
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