【第一部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

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二章

9、思い出【3】

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 ストーブで温められたダイニングで、俺と幼い翠子さんは隣り合ってテーブルに着いた。

 訳が分からない。
 甘いものは苦手だし、子どもの相手がうまいわけでもないのに。なんで俺は、ぜんざいを食う羽目になっているんだ。

「まぁまぁ、あと十年も経てばお似合いですよ」

 茶ばかり飲んでいる俺の湯飲みに、お清がまた茶をついでくれる。
 お清としては小言を繰り返しても意味がないので、長期計画に切り替えるつもりらしい。
 別に女性と結婚したいとも、妻がほしいとも思わないが。

 だが、お清が言うようにこの子が大人になって、隣で微笑んでくれるのなら。それは春風が吹く心地がするかもしれない。

 滅多に口にしない甘いものを食べ終えて、俺は翠子さんと家を出た。
 外が静かだと思ったら、雪がうっすらと積もっている。
 薄紅の山茶花さざんかも緑濃いその葉も、雪で白く彩られていた。

「ほら、俺のマフラーを貸してやるから。ちゃんと巻きなさい」
「苦しい、よ」
「鼻や頬が寒さで赤くなるよりいいだろ」

 俺はしゃがみこんで、以前と同じように翠子さんの顔の下半分もマフラーでぐるぐる巻きにする。ついでに革手袋も貸してやる。
 ぶかぶかの革手袋をはめた翠子さんが、手を差し出してくる。

「なんだ?」
「手をつないで。お兄ちゃん」
「まぁ、迷子になられても困るからな」

 仕方なく手をつなぐと、彼女の指が短いので手袋だけを握る形になった。
 これは違う。よく分からんが、なんか違うぞ。

「手袋は半分こだ」

 首をかしげる翠子さんから、右の手袋を取り上げて自分の手にはめた。
 そして素肌になった彼女の左手を、俺の外套のポケットにつっこむ。

「これで寒くないだろ。そっちの手袋は落とすなよ。俺が困るからな」
「りょ、りょうかいです」

 家に連れてくる前の翠子さんの手は、とても冷たかったのに。今はたいそう温かい。

 子どもというのは体温が高いのだな。もし翠子さんが大人になって、それこそ十年後にこうして手をつないだら、少し体温は低くなっているのだろうか。

 まぁ、二度と会うこともないだろうし。確かめる術はないだろうけど。

◇◇◇

 思い出にふけっている間に、とうに授業は始まったらしい。
 校内は静かで、指導室では時計の音だけが聞こえている。

 翠子さんに再会することがあれば、そう考えて過ごしていたわけではないが。
 なぜか俺は、故郷の町で女学校の教員になっていた。
 別に男子ばかりの高等学校の教員でもよかったのに。

 そして翠子さんが、この学校に入学してきたのだ。
 一目で分かった。入学式に集まった新入生の中で、ずいぶんと大人びた翠子さんをすぐに見つけた。

 たぶん、あの時が人生で一番、心が躍ったのではないだろうか。それを、ときめきというのなら、きっとそうなんだろう。

 だが、翠子さんは俺の顔を覚えていなかった。だから、自分から申し出ることもできなかった。
 もし、本当に「鼻緒? 家まで送ってくださった? 存じ上げません」と言われたら。
 たぶんそれは、想像以上に深く傷ついてしまう。

 お清に言わせれば、これが恋なのだろうが。
 ならば、恋とはなかなかに厳しいものだと知った。

 あの子は、貸してあげたままのマフラーなど、とうに捨ててしまったのだろうな。
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