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二章
11、夕方
結局、先生の家に帰る前に雨に降られてしまいました。
通いの女中さんであるお清さんは、今日はすでに帰宅なさった後です。
玄関には半夏生が活けられています。すっと伸びた葉に、白い色が入り涼やかです。
「先に着がえた方がいいな」
しっとりと濡れた前髪をかきあげて、先生がわたくしの背中に手を添えて廊下へと導いてくださいました。
幸い、小雨だったのでびしょ濡れではありません。
二人の部屋となっている座敷に向かうと、わたくしは先生に背を向けました。
「あの、見ないでくださいね」
衣桁に脱いだ着物と袴をかけます。薄い下着姿が恥ずかしくて、急いで浴衣を着付けます。
でも、先生がそばにいると思うと、うまく帯を締めることができません。
「まったく、何をしているんだ。貸してみなさい」
先生は呆れた顔をして、わたくしの手から山吹色の帯を奪いました。浴衣の袷がはだけてしまわないように、慌てて手で押さえます。
驚いたことに先生は手際よく帯を締めてくださいました。姿見で後ろを確認すると、文庫結びよりも愛らしい蝶結びになっています。
「先生、すごいんですね」
「練習しただけだ」
「練習? なぜですか」
「……あなたを迎えるのに、覚えておいた方がいいだろうと……」
そう言いかけて、先生ははっとした表情をなさいました。急に口を引き結んで、横を向いてしまいます。
「ありがとうございます。とても素敵です」
「いや、礼を言うほどではない」
先生は横を向いたままでしたが、その耳が赤くなっているのが分かりました。
浴衣に着がえを済ませた先生とわたくしは、部屋で夕食を取りました。料理が膳に載せて置いてあるので、それを二人で運びます。
午後七時を過ぎても、空はまだほんのりと明るさを残しています。
雨が降っていなければ、きっと夕焼けがきれいでしょう。
お清さんが作ってくれた夕食は、鮎の塩焼きと茄子の煮びたし、だし巻き卵、それに味噌汁でした。
味噌汁は台所で温めなおして、椀に注いでいます。
茄子は細かな切れ目が入り、一度油で揚げてあるのでしょう。それを出汁のきいたつゆで煮てあるので、とても美味しいです。
「翠子さん。茄子ばかり食べているぞ」
「気づきませんでした。つい、好きなもので」
持たせてくれたお弁当も、上品な味付けで。お清さんは本当に料理がお上手なのですね。あとで、お弁当箱とこのお皿を洗っておきましょう。
「先生こそ、鮎を召し上がっていませんよ」
「骨が気になってな。それより、ここは家だぞ」
そうでした。学校ではないので「先生」ではないですね。
「旦那さま」
「いや、名前で呼んでくれていいのだが」
「お、欧……いえ、無理です」
「別に欧之丞と呼び捨てにしろと言っているわけではないが。まぁいい、いずれ呼んでもらうからな」
わたくしは頷きましたが「欧之丞さん」なんて、まるで本当の夫婦みたいで恥ずかしいではありませんか。
「旦那さま」なら、少し使用人っぽくて平気なのですけど。
通いの女中さんであるお清さんは、今日はすでに帰宅なさった後です。
玄関には半夏生が活けられています。すっと伸びた葉に、白い色が入り涼やかです。
「先に着がえた方がいいな」
しっとりと濡れた前髪をかきあげて、先生がわたくしの背中に手を添えて廊下へと導いてくださいました。
幸い、小雨だったのでびしょ濡れではありません。
二人の部屋となっている座敷に向かうと、わたくしは先生に背を向けました。
「あの、見ないでくださいね」
衣桁に脱いだ着物と袴をかけます。薄い下着姿が恥ずかしくて、急いで浴衣を着付けます。
でも、先生がそばにいると思うと、うまく帯を締めることができません。
「まったく、何をしているんだ。貸してみなさい」
先生は呆れた顔をして、わたくしの手から山吹色の帯を奪いました。浴衣の袷がはだけてしまわないように、慌てて手で押さえます。
驚いたことに先生は手際よく帯を締めてくださいました。姿見で後ろを確認すると、文庫結びよりも愛らしい蝶結びになっています。
「先生、すごいんですね」
「練習しただけだ」
「練習? なぜですか」
「……あなたを迎えるのに、覚えておいた方がいいだろうと……」
そう言いかけて、先生ははっとした表情をなさいました。急に口を引き結んで、横を向いてしまいます。
「ありがとうございます。とても素敵です」
「いや、礼を言うほどではない」
先生は横を向いたままでしたが、その耳が赤くなっているのが分かりました。
浴衣に着がえを済ませた先生とわたくしは、部屋で夕食を取りました。料理が膳に載せて置いてあるので、それを二人で運びます。
午後七時を過ぎても、空はまだほんのりと明るさを残しています。
雨が降っていなければ、きっと夕焼けがきれいでしょう。
お清さんが作ってくれた夕食は、鮎の塩焼きと茄子の煮びたし、だし巻き卵、それに味噌汁でした。
味噌汁は台所で温めなおして、椀に注いでいます。
茄子は細かな切れ目が入り、一度油で揚げてあるのでしょう。それを出汁のきいたつゆで煮てあるので、とても美味しいです。
「翠子さん。茄子ばかり食べているぞ」
「気づきませんでした。つい、好きなもので」
持たせてくれたお弁当も、上品な味付けで。お清さんは本当に料理がお上手なのですね。あとで、お弁当箱とこのお皿を洗っておきましょう。
「先生こそ、鮎を召し上がっていませんよ」
「骨が気になってな。それより、ここは家だぞ」
そうでした。学校ではないので「先生」ではないですね。
「旦那さま」
「いや、名前で呼んでくれていいのだが」
「お、欧……いえ、無理です」
「別に欧之丞と呼び捨てにしろと言っているわけではないが。まぁいい、いずれ呼んでもらうからな」
わたくしは頷きましたが「欧之丞さん」なんて、まるで本当の夫婦みたいで恥ずかしいではありませんか。
「旦那さま」なら、少し使用人っぽくて平気なのですけど。
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