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三章
4、照れていらっしゃる
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カフェーでジュースを飲んだ後(というか、味なんて分かりませんでしたけど)わたくし達は、近くの百貨店へと向かいました。
わたくしが学校に通うブーツが傷んでいるので、今日はそれを先生が買ってくださるのです。
安いものではありませんから、申し訳ないのですが。でも、久しぶりの百貨店は、やはり心がときめきました。
男性の店員が、わたくしの足を採寸して、ぴったりのブーツを持ってきてくださいます。
試し履きをすれば、店員さんに「よくお似合いですよ」と褒められ、もぞもぞします。
百貨店に来るのも、本当に久しぶりですから。
買ったばかりのブーツの箱を、先生が持ってくださいました。自分の荷物を殿方が運んでくださるなんて、初めてのことです。父も叔父も、一緒に買い物に行ってもこういうことはなかったので。
「西洋では男性が荷物を持つのは、当たり前のことだ」
「そうなんですか」
そういえばカフェーで先生が椅子を引いてくださいましたが。あれも西洋風なのでしょうね。
わたくしだから、という訳ではないだろうと考えると、少し寂しいような気もしました。
海風が吹いていますが、その風はじめじめとして肌が汗ばんできます。
◇◇◇
帰宅したわたくしたちを、お清さんが迎えてくれました。
「あら、まぁ。お二人とも、炎天下の中を歩いてこられたんですか? 俥をお使いになればよかったのに」
「ああ、そうだな」
お清さんに答える先生は、ぶっきらぼうです。
「いつもは百貨店に行くのは遠いから、俥でないとと仰るじゃありませんか」
「歩きたい気分だったんだ」
「高地を歩くのはお好きですけど。低地は暑くてお好きではないし、こんなに、むしむししているのにですか? ほら、ごらんなさい。翠子さんは汗をかいてらっしゃるじゃないですか」
お清さんが話せば話すほど、先生は口をへの字に結びます。
「ふふ」っと、突然お清さんが笑いました。
「銀司に言って、お風呂を沸かしてもらいましょうねぇ。翠子さん、欧之丞さまの我儘を許して差し上げてくださいね」
「え、どういうことですか?」
「欧之丞さまは、あなたと歩いて帰りたかったんですよ。逢引きみたいで楽しかったのでしょうね」
わたくしは、玄関の三和土に立つ先生を見上げました。先生は反射的に顔をそむけます。
だから表情は見えませんが。
先生の耳朶が赤くなっていました。
「まぁ、確かに暑かったな。次に百貨店に行ったら日傘でも買ってやろう」
「あら、素敵ですね。フリルのついた日傘でしたら、翠子さんによくお似合いですよ。でも、やはり俥はお使いにならないんですか?」
「だから歩きたい気分だと言っている」
いつがいいだろうか、と先生は仰るのですが。そんなに甘えていいのでしょうか。
「日傘だなんて。わたくしには勿体ないです」
「どうして?」
わたくしの言葉に、靴を脱いで廊下を歩く先生が振り返りました。
「それは、今日もブーツを新調していただいてますし。浴衣だって、わたくしの為に先生が用意してくださったのでしょう?」
「遠慮されても、俺が困るんだけどね。それにここは家だよ」
「済みません。旦那さま、ですね」
座敷に入ると、旦那さまは鞄とブーツの入った包みを畳に置きました。
そして包みを解いて、ブーツを取りだします。
さっき脱いだ古いブーツは、磨いてはいたものの、つま先やかかとの部分の革が傷んでいましたが。真新しいブーツの革は艶があり光っています。
「ほら、ブーツを履いてごらん」
「試し履きはしましたよ?」
「あんな店員が側にいる場所では、あなたをちゃんと見ることができないだろう?」
「わたくしの足を見るのですか?」
何を馬鹿なことを、と旦那さまは肩をすくめました。
「新しいブーツを履いた愛らしいあなたを見たいんだ。俺にはその権利がある。店員だけがあなたを褒めるなど、おかしいではないか?」
「え、でも。あれは、ただのお世辞では?」
「店員があなたをじろじろと見るなど、許せないな」
高瀬先生って、こんな情熱的でまっすぐな人だったのでしょうか。存じ上げてから四年間ですが、わたくしも当然知りませんでしたし。学校の生徒たちも誰も知らないことだと思います。
わたくしが学校に通うブーツが傷んでいるので、今日はそれを先生が買ってくださるのです。
安いものではありませんから、申し訳ないのですが。でも、久しぶりの百貨店は、やはり心がときめきました。
男性の店員が、わたくしの足を採寸して、ぴったりのブーツを持ってきてくださいます。
試し履きをすれば、店員さんに「よくお似合いですよ」と褒められ、もぞもぞします。
百貨店に来るのも、本当に久しぶりですから。
買ったばかりのブーツの箱を、先生が持ってくださいました。自分の荷物を殿方が運んでくださるなんて、初めてのことです。父も叔父も、一緒に買い物に行ってもこういうことはなかったので。
「西洋では男性が荷物を持つのは、当たり前のことだ」
「そうなんですか」
そういえばカフェーで先生が椅子を引いてくださいましたが。あれも西洋風なのでしょうね。
わたくしだから、という訳ではないだろうと考えると、少し寂しいような気もしました。
海風が吹いていますが、その風はじめじめとして肌が汗ばんできます。
◇◇◇
帰宅したわたくしたちを、お清さんが迎えてくれました。
「あら、まぁ。お二人とも、炎天下の中を歩いてこられたんですか? 俥をお使いになればよかったのに」
「ああ、そうだな」
お清さんに答える先生は、ぶっきらぼうです。
「いつもは百貨店に行くのは遠いから、俥でないとと仰るじゃありませんか」
「歩きたい気分だったんだ」
「高地を歩くのはお好きですけど。低地は暑くてお好きではないし、こんなに、むしむししているのにですか? ほら、ごらんなさい。翠子さんは汗をかいてらっしゃるじゃないですか」
お清さんが話せば話すほど、先生は口をへの字に結びます。
「ふふ」っと、突然お清さんが笑いました。
「銀司に言って、お風呂を沸かしてもらいましょうねぇ。翠子さん、欧之丞さまの我儘を許して差し上げてくださいね」
「え、どういうことですか?」
「欧之丞さまは、あなたと歩いて帰りたかったんですよ。逢引きみたいで楽しかったのでしょうね」
わたくしは、玄関の三和土に立つ先生を見上げました。先生は反射的に顔をそむけます。
だから表情は見えませんが。
先生の耳朶が赤くなっていました。
「まぁ、確かに暑かったな。次に百貨店に行ったら日傘でも買ってやろう」
「あら、素敵ですね。フリルのついた日傘でしたら、翠子さんによくお似合いですよ。でも、やはり俥はお使いにならないんですか?」
「だから歩きたい気分だと言っている」
いつがいいだろうか、と先生は仰るのですが。そんなに甘えていいのでしょうか。
「日傘だなんて。わたくしには勿体ないです」
「どうして?」
わたくしの言葉に、靴を脱いで廊下を歩く先生が振り返りました。
「それは、今日もブーツを新調していただいてますし。浴衣だって、わたくしの為に先生が用意してくださったのでしょう?」
「遠慮されても、俺が困るんだけどね。それにここは家だよ」
「済みません。旦那さま、ですね」
座敷に入ると、旦那さまは鞄とブーツの入った包みを畳に置きました。
そして包みを解いて、ブーツを取りだします。
さっき脱いだ古いブーツは、磨いてはいたものの、つま先やかかとの部分の革が傷んでいましたが。真新しいブーツの革は艶があり光っています。
「ほら、ブーツを履いてごらん」
「試し履きはしましたよ?」
「あんな店員が側にいる場所では、あなたをちゃんと見ることができないだろう?」
「わたくしの足を見るのですか?」
何を馬鹿なことを、と旦那さまは肩をすくめました。
「新しいブーツを履いた愛らしいあなたを見たいんだ。俺にはその権利がある。店員だけがあなたを褒めるなど、おかしいではないか?」
「え、でも。あれは、ただのお世辞では?」
「店員があなたをじろじろと見るなど、許せないな」
高瀬先生って、こんな情熱的でまっすぐな人だったのでしょうか。存じ上げてから四年間ですが、わたくしも当然知りませんでしたし。学校の生徒たちも誰も知らないことだと思います。
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