【第一部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

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三章

17、内緒ですよ

 夜も更け、旦那さまは縁側でお酒を飲んでいらっしゃいます。
 青い切子のグラスに入っているのは日本酒のようです。といっても、わたくしには焼酎と日本酒の区別もつきませんが。

 わたくしは旦那さまの隣に腰を下ろして、月を眺めています。
 雲を透かした月がおぼろに見え隠れして、幻想的です。

「明日は晴れるといいですね」

 わたくしは団扇うちわであおぎながら、尋ねました。なのに旦那さまは「うーん」と難しい顔をなさいました。

「まさか、蛍狩りに連れて行ってくださらないのですか?」
「いや、そういうわけではないが。蛍がよく飛翔するのは、雨上がりのような蒸し暑い、風がない状態だからな。晴れだとむしろ、あまり飛ばないんだ」

 それは知りませんでした。では、てるてる坊主は逆効果ですね。

「ところで、翠子さん。蛍狩りがそんなに楽しみ?」
「はい、行ったことがないんです。でも、それよりも……」

 口にしかけたところで、わたくしは言葉を飲み込みました。

「なに? 言わないとわからないぞ」
「いえ、なんでもありません」

 団扇で口元を隠して、視線を旦那さまから逸らします。

「こら。隠し事をすると、数学の点が下がるかもしれないぞ。教師といえども人だからな。感情に流されることもあるだろうし」
「そんなのひどいです。今よりも点が下がったら、及第できません」

「そうだな。宿題も倍増だ、さらに居残りもしてもらわないと。そんなことになったら、お清が心配するだろうな。俺だけが先に帰って、翠子さんは出来が悪いので帰れません、などと打ち明けるのはとてもつらいんだ」

 旦那さまに団扇を取り上げられました。なのに、その団扇でわたくしをあおいでくださいます。
 今宵は無風なので、柔らかな団扇の風にわたくしの髪がそよそよとなびきます。

 意地悪なんだか、優しいんだか分かりません。

「旦那さまとお出かけできるのが、嬉しかったんです」
「まったく、あなたは」

 旦那さまは、大きくため息をつきました。
 そんな幻滅させるような内容だったでしょうか。子どもじみていると思われたのでしょうか。

 庭を囲む塀の外から、話し声が聞こえてきました。
 通りがかりの人がいたのでしょう。犬の声も聞こえるので、散歩しているのかもしれませんね。

 ふと視界が暗くなりました。月が完全に雲に隠れたと思ったのですが、そうではありませんでした。
 旦那さまが、わたくしの顔の横に団扇をかざしたのです。

「よそ見をしない」
「え? はい」

 そのまま旦那さまの唇が、わたくしの唇をふさぎました。
 今日は唇を重ねた回数が多いので、なんだか腫れぼったくなったような気がします。

「あまり可愛いことを言うと、また抱きたくなるが。今夜はもう我慢するとしよう」
「さ、さすがに、もう、それは……」

 再び接吻され、旦那さまの舌がわたくしの歯列を割って入ってきます。
 ああ、日本酒ってこんな味がするのですね、とぼんやりと考えました。

 くちづけを交わしているだけなのに、単衣の下の素肌に刻まれた、旦那さまの接吻の痕が疼くような気がしました。
 隠し事をするなと叱られるかもしれませんが、これは内緒ですよ。
感想 10

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