【第一部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

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七章

2、旦那さまの背で

 わたくしは旦那さまの背に守られているので、直接おじさまの顔は見えません。ですが、地面に伸びた影でおじさまが何か四角いものを持っているのが分かります。
 皆月先生が仰っていた絵画でしょうか。
 相当に大きそうです。有名な画伯の絵とのことなので、値も張るでしょうに。

「あんたは会うたびに散財しているんだな」
「そういうお坊ちゃまは、会うたびに翠子を連れまわしているんだな」
「許嫁と行動を共にして何が悪い」
「いや、別に。ご執心でいらっしゃると言っただけだよ」

 ピシッと空気が凍り付くような音がしました。旦那さまも叔父さまも、交わす言葉が棘まみれです。

「不思議だなぁ」と背の高い旦那さまが、おじさまを見下ろします。いえ、見下みくだしていると表現すべきでしょうか。

「普通、大きな買い物をしたら家まで届けてくれるものではないか? なんであんたは、いつも自分で持ち帰っているんだ? まるで自宅に届けてもらうのを拒んでいるかのようだ」
「うるさいな」
「それとも出資者に、買ったものを見せて機嫌を取らないと、さらなる金を引き出せないのかな」
「あんたには関係のないことだ!」

 突然、おじさまが声を荒げたので、わたくしは悲鳴を上げて旦那さまの背中にしがみつきました。
 肩越しに手をまわして、旦那さまがわたくしを撫でてくださいます。

「翠子さん、もう帰ろう」
「はい」

 振り返った旦那さまに肩を抱かれて、わたくしは歩き出しました。もうあんな奴に構う必要はない、という風に挨拶もなさいません。

 おじさまの心無い攻撃を防いでくださる旦那さまの背は、まるで盾のようです。でも攻撃を受ければ盾だって傷がつくはずです。
 わたくしは守られてばかりで良いのでしょうか。

◇◇◇

 なぜだ。分からない。

 夜になり、一緒に風呂に入った翠子さんが、なぜか俺の背中に興味津々だ。というか背中にぴったりと張りついて離れない。

「背後よりも、こっちに来てほしいのだが」

 手招きしたが「駄目です。翠子は背中にいます」と断られてしまった。
 うーむ、困った。後ろにいられたのでは何もできない。それとも俺に何もさせないための翠子さんの作戦なのか?
 もしかして俺に触れられたり、ああいうことをされるのを遠回しに拒んでいるのではなかろうか。

 それは……つらい。
 別に、頻繁に抱かなければならないわけではないが。それでも顔を見たり、楽しそうな表情を見たり、というか顔を見せてください、翠子さん。

 翠子さんが湯から手を上げたのだろうか。ぴちゃん、と軽い水音がして湯の表が静かに揺れた。

 そして翠子さんの細くしなやかな指が、俺の背中をたどっていく。
 背中に指で文字を書いて当てる遊びかと思ったが、そうではない。
 どうやら俺の古い傷を、たどっているようだ。

 やわやわと撫でられる感触に身を任せていると、ふいにその筋になり引きつれた傷痕に翠子さんがくちづけた。

「み……翠子さん?」
「ご褒美です」
「なんの?」
「旦那さまの背中は、いつでもわたくしを守ってくださいますから」

 ほーぉ、そう来ましたか。ちょっと……いや、かなり光栄かもしれない。俺は自然と顔が熱くなるのを感じた。

 翠子さんのくちづけは、やまない。肩から肩甲骨、そして脇腹辺りまで。そんなところにまで傷が残っているのかと、今更ながらに自覚させられる。
 だが、俺がいつも翠子さんにしているのと同じことを、彼女にされているのだと思うと。恥ずかしい、とんでもなく恥ずかしい。

「駄目だ、翠子さん」

 俺は彼女の手を取って体を前に引き寄せた。短い悲鳴と共に、翠子さんが俺の膝に座る形になる。

「だ、駄目って何がですか?」
「あなたにキスを降らせるのは、俺の役目だ」
「仰ってる意味が、よく分かりません」

 うん、分からなくていい。言葉で説明すべきことじゃないからな。
 俺は強引に翠子さんの唇を奪った。いきなりの接吻に抗おうとするから湯がぱしゃんと跳ねる。

「暴れると、銀司が心配して入ってくるぞ」
「そんな……」
「それとも見られながらする方が、好みかな?」

 耳元で意地悪く囁くと、翠子さんはふるふると頼りなげに首をふった。
 まぁ確かに、見せつけられる銀司も迷惑だろうな。

「わたくしはただ、旦那さまへのご褒美を」
「うん、ありがとう。それはちゃんと受け取ったから」
「それなら、もう……」
「俺はあなたに関してだけは貪欲だからな」
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