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七章
3、交渉
風呂に長く浸かっていては、のぼせてしまう。俺は翠子さんを檜の浴槽の縁に座らせた。
壁に背中をつけさせて、彼女の足は湯の中にある。翠子さんは掛けてあった手拭いを取り、とっさに胸を隠した。しかも行儀よく両足を閉じている。困ったものだ。
「翠子さん、こういう時はどうするんだった?」
「いえ、その……」
湯に浸かったままの俺から、翠子さんは顔を背ける。恥じらって瞼を伏せるが、それで解放してやるはずもない。
彼女が体にかけている手ぬぐいに、俺は手ですくった湯を流した。西洋のタオルほど厚みのない手ぬぐいは、すぐに水分を吸って彼女の胸の形をくっきりと浮かび上がらせる。
俺は手拭い越しに、翠子さんの胸の先端を口に含んだ。
「だ、旦那さま」
「うん、このまま隠していていいよ。あなたがそうしたいなら」
おそらく濡れた布越しの感覚は、普段とはずいぶんと違うのだろう。翠子さんは俺の頭に手をまわして、きゅっと抱きしめてきた。
「そんな風に拘束されたら、何もできないけど」
「なさらなくて……いい、んです」
「それは困るなぁ」
顔を動かすことができないので、俺は指先で弄ぶことにした。耳の近くで、翠子さんの速くなっていく呼吸が聞こえる。
しかも湯に入っている彼女の足が身悶えるように動くから、湯がぱしゃりと跳ねて俺の腕にかかる。
「困ります……」
「どうして?」
「だって、外に銀司さんがいらっしゃいます。お風呂では、いやです」
耐え切れずに洩らした彼女のその言葉に、俺は口の端を上げた。こうして翻弄されている状態の翠子さんは、きっと気付くことがない。
常に俺に有利な交渉が進んでいるという事実に。
「翠子さんには困ったものだな。我儘ばかりを言うのだから」
「お許しください、旦那さま」
「さて。どうしたものかな。では、どこがいい? この間の雨の夜のように、渡り廊下にする?」
たいそう意地悪く告げてやると、翠子さんは顔を真っ赤に染めて首をふった。
黒い瞳は潤んで、今にも泣きだしそうだ。
「嘘だよ。俺はこんな姿のあなたを誰にも見せたくはない。ちゃんと部屋に戻ろうな」
「……はい」
「電気工事は終わっているけど。明かりはどうする?」
追い打ちをかけると、翠子さんは俺の頭にしがみついて「後生ですから、明かりは消してください」とか細い声で呟いた。
「本当に仕方のない人だ。まぁ、譲歩してあげるよ」
「ありがとうございます」
長い睫毛を伏せた翠子さんは、感謝の意を込めて俺のひたいにくちづける。
こんな純粋なあなたを躾けていくことに、さすがに良心の呵責を感じてしまう。
注意しないと駄目だぞ。翠子さん。
悪い大人に囚われるのは、俺だけにしておきなさい。
◇◇◇
旦那さまの仰る通りです。わたくしは、すぐに旦那さまの提案を却下してしまいます。
我儘を言うつもりはないのですが、やはり恥ずかしいのですから。
わたくしの上半身を半端に隠している濡れた手ぬぐいは、旦那さまの大きな手でめくり取られました。
思わず露わになった胸を手で隠しましたが、旦那さまは静かに「駄目だよ」と仰います。そしてわたくしの左右の手首を掴みました。
浴衣に着がえて部屋に戻ると、座卓にさくらんぼが置かれていました。ああ、おやつの時にも、夕食の時にもお目にかかれなかったさくらんぼが目の前に。
わたくしはガラスの器に入った、つやつやと光る美しい粒に釘付けになりました。
「翠子さん。ご褒美は後だよ」
そんな。あんなにも煌めいてわたくしを誘っているのに、お預けだなんて。
壁に背中をつけさせて、彼女の足は湯の中にある。翠子さんは掛けてあった手拭いを取り、とっさに胸を隠した。しかも行儀よく両足を閉じている。困ったものだ。
「翠子さん、こういう時はどうするんだった?」
「いえ、その……」
湯に浸かったままの俺から、翠子さんは顔を背ける。恥じらって瞼を伏せるが、それで解放してやるはずもない。
彼女が体にかけている手ぬぐいに、俺は手ですくった湯を流した。西洋のタオルほど厚みのない手ぬぐいは、すぐに水分を吸って彼女の胸の形をくっきりと浮かび上がらせる。
俺は手拭い越しに、翠子さんの胸の先端を口に含んだ。
「だ、旦那さま」
「うん、このまま隠していていいよ。あなたがそうしたいなら」
おそらく濡れた布越しの感覚は、普段とはずいぶんと違うのだろう。翠子さんは俺の頭に手をまわして、きゅっと抱きしめてきた。
「そんな風に拘束されたら、何もできないけど」
「なさらなくて……いい、んです」
「それは困るなぁ」
顔を動かすことができないので、俺は指先で弄ぶことにした。耳の近くで、翠子さんの速くなっていく呼吸が聞こえる。
しかも湯に入っている彼女の足が身悶えるように動くから、湯がぱしゃりと跳ねて俺の腕にかかる。
「困ります……」
「どうして?」
「だって、外に銀司さんがいらっしゃいます。お風呂では、いやです」
耐え切れずに洩らした彼女のその言葉に、俺は口の端を上げた。こうして翻弄されている状態の翠子さんは、きっと気付くことがない。
常に俺に有利な交渉が進んでいるという事実に。
「翠子さんには困ったものだな。我儘ばかりを言うのだから」
「お許しください、旦那さま」
「さて。どうしたものかな。では、どこがいい? この間の雨の夜のように、渡り廊下にする?」
たいそう意地悪く告げてやると、翠子さんは顔を真っ赤に染めて首をふった。
黒い瞳は潤んで、今にも泣きだしそうだ。
「嘘だよ。俺はこんな姿のあなたを誰にも見せたくはない。ちゃんと部屋に戻ろうな」
「……はい」
「電気工事は終わっているけど。明かりはどうする?」
追い打ちをかけると、翠子さんは俺の頭にしがみついて「後生ですから、明かりは消してください」とか細い声で呟いた。
「本当に仕方のない人だ。まぁ、譲歩してあげるよ」
「ありがとうございます」
長い睫毛を伏せた翠子さんは、感謝の意を込めて俺のひたいにくちづける。
こんな純粋なあなたを躾けていくことに、さすがに良心の呵責を感じてしまう。
注意しないと駄目だぞ。翠子さん。
悪い大人に囚われるのは、俺だけにしておきなさい。
◇◇◇
旦那さまの仰る通りです。わたくしは、すぐに旦那さまの提案を却下してしまいます。
我儘を言うつもりはないのですが、やはり恥ずかしいのですから。
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思わず露わになった胸を手で隠しましたが、旦那さまは静かに「駄目だよ」と仰います。そしてわたくしの左右の手首を掴みました。
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