【第一部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

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七章

10、助けて

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 生垣の葉は、雨を受けてぱたぱたと弾けるような音を立てます。静かにと願うのに、その雨音も消してしまいたいのに。見つかれば、笠井家に引き戻されるのに。

 いいえ、それどころか今度こそ置屋に売り飛ばす算段でしょうに。
 ああ、どうかわたくしに気づかないで。

 おじさまは、わたくしの名を呼びつつ道を行きつ戻りつしています。
 枝葉の隙間から覗くと、まるで幽鬼がさまよっているかのようでした。

 どうして恐ろしさに震え上がらないことがないでしょう。ぎゅっと両手を握りしめ、心の中で旦那さまを繰り返し呼びます。
 ああ、でも今はまだお仕事中。学校にいらっしゃるのですから、この窮地に気づくわけがありません。

「……助けて、旦那さま」

 引き結んでいたはずの唇から、耐え切れずにその言葉がこぼれた時、銀司さんがわたくしの肩に手を置いてくださいました。

「大丈夫。ちゃんと旦那さまの元へ戻してあげます」
「銀司さん」

 小枝と葉に囲まれた狭い場所でしたが、銀司さんは力強くうなずきました。
 そうです。この場はうまくやり過ごして、高瀬家に帰らなければなりません。

 雨脚はさらに強くなりましたが、おじさまの不気味な呼び声は絶えることなく聞こえてきます。

「ぼくは旦那さまから、翠子さまを守る使命を帯びている。だからあいつがいなくなるまで、ここで身をひそめているしかないんだ」

 体力に自信のある銀司さんなら、おじさまを殴り飛ばして逃げ切ることもできるでしょう。けれどわたくしがいるから……重荷になってしまっているから、銀司さんは動くことができないのです。
 心苦しさに、わたくしは睫毛を伏せました。

「間違えないでください、翠子さま。悪いのはあなたではなく、あの叔父だ」
「は、はい」
「うちの旦那さまは性格も悪ければ意地も悪いし、あなたを困らせもする。けれど翠子さまに対する愛情だけは本物だ、でしょう?」

 わたくしはうなずきました。
 旦那さまのことを罵りながらも、銀司さんの瞳に嫌悪の色は浮かんでいません。むしろ親しいからこその軽口のようにも思えます。

 旦那さまの信頼厚い銀司さんにちゃんと守られて、家まで帰ることが彼の仕事を全うすることなのです。
 わたくしが自己犠牲でおじさまの前に出て行っても、何の解決にもなりはしません。

 
「翠子。どこだい?」

 地面を叩く雨は激しさを増し、辺りが白く見えるほどです。なのに、おじさまは一向に諦める気配がありません。

 もうこれ以上、翠子を利用しないでください。わたくしのえにしは笠井家ではなく、高瀬家にあるのです。

 旦那さま、旦那さま。欧之丞さん……わたくしの旦那さま。

 雨水のつたう双手を胸の前で祈りの形に組んで、わたくしは信ずる人の名を口の中で繰り返しました。

 早く旦那さまの元に戻りたいのです。旦那さまの腕に抱きしめられたいのです。
 どうか……お願い、助けて。

「ああ、そんなところに隠れていたのか」

 生垣を挟んで、充血した目がぎろりとわたくしを捉えていました。
 わたくしは声にならない悲鳴を上げ、後ずさります。小枝が折れ、髪に絡まりました。

 嫌です。やめて、来ないでください。

 わたくしは無我夢中で銀司さんにしがみつきました。

「見ぃつけた」

 おじさまのひょろりとした腕が、生垣に突っ込んできます。指先が、わたくしの髪に触れました。

「い、嫌っ」

 抵抗しようとしても、髪を引っ張られてそれも叶いません。
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