【第一部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

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七章

26、閑話 蛙の王子さま ※銀司視点

 夜、ぼくは財布を忘れたのに気づいて高瀬邸に戻った。
 時刻はとうに夜だ。もう旦那さまと翠子さまは眠ってしまっているだろう。
 音を立てないように、裏口から家に入る。

 明日の朝でもよかったんだが、薪やら食材などを納入してくれる出入りの業者が来るから。忘れないうちがいい。

 高瀬邸はとうに明かりが消えているから、ぼくはカンテラに火を入れて中に入った。
 ダイニングを通り過ぎるとき、テーブルの上に布巾が畳んでおいてあるのが目に入った。
 ぼくが帰宅する時には、皿にかぶせた布巾には膨らみがあったけど。その皿は流しに置いてあるようだ。
 
 よかった。翠子さまは、ちゃんと夕飯を召し上がったんだ。
 そんなことより、財布、財布。

 中庭へまわったが薪を積んである場所にも、風呂場の脱衣所にも財布はない。
 うーん、これは庭仕事をした時に落としたのかもしれない。

 音を立てないように庭へ向かうと、ぼくは思わず声を上げそうになった。
 蚊帳の中で、翠子さまが両手をまとめて縛り上げられ、しかも長押の部分に縛り上げた紐を掛けられている。

 うわ、待ってくれ。
 なんで翠子さまが、こんな酷い目に。旦那さま、あんた最愛の人に何してんだ。

 寝間着の浴衣をまとい、すらりとした翠子さまの体に縄が掛けられているわけではないが。緊縛ってやつに近いんじゃないのか?
 さすがにこれは、やりすぎだろ。

 うちの旦那さまは、やはりサディストなのか。そう考えた時、翠子さまがぼくのいる庭に目を向けた。
 行灯のぼんやりとした明かりに照らされて、翠子さまは恥じ入ったように頬を染めているように見える。
 実際は蚊帳の中だから、よく分からないけど。

「どうかお笑いにならないで」

 笑いませんよ。この銀司、旦那さまには心を込めてお仕えすると決めていますが、あなたをこんな風に緊縛するのは違うと思います。
 お清さんは、旦那さまが翠子さまを愛しすぎることに時々苦言を呈しているけど。さすがにこれは、ぼくも黙ってはいられない。

 翠子さんは何かを我慢しているかのように、身悶えている。
 吊るされたその様子はとても妖艶で、見てはいけないと分かっているのに、目が離せない。

「翠子さん。待たせたな」

 突然、部屋の襖が開いて旦那さまが戻っていらっしゃった。その様子はとても慌てていて、ぼくは首を傾げた。
 どう見ても、翠子さんを嗜虐して楽しんでいるようには見えない。

 翠子さんは耐え切れずという風に、ぐずぐずと泣き出した。そして紐を外されると、旦那さまにしがみついたんだ。

「旦那さまは悪役です」

 そう告げる彼女をなだめながら、旦那さまは翠子さんの首筋に何かを塗っている。
 つんとしたその匂いから、かゆみ止めだと気づいた。

 聞き耳を立てていると、翠子さまが蚊に刺された箇所を掻き毟るから。痕が残らないようにと薬が沁みないように、旦那さまが彼女を縛り上げ、その間に薬を探しに行っていたらしい。

 紛らわしいよ。
 ぼくは、がっくりとうなだれた。ついでに両手と両膝も地面についてしまった。

 本気で心配したんですよ。翠子さんを虐めないようにと、苦言を呈する覚悟で。そういう分かりにくい優しさって、どうなんですかね。
 分かりにくい? いーや、違うね。誤解を招く優しさだ。

「ん? 庭の方で物音がするな」
「蛙の王子が、わたくしの無様な姿をお笑いになっていたのです」
「うん。君が夢見がちなことはよく分かったよ」

 翠子さまは、あちこち蚊に刺されたらしい。浴衣の袖をめくったり、翠子さまの髪をかきあげてうなじや、足の甲に塗ってやったりと旦那さまは忙しそうだ。
 甲斐甲斐しく翠子さまに尽くすその様子だけを見れば、微笑ましくも思えるんだけど。さっきまで縛り上げて吊るしていたからなぁ。減点の方が絶対に大きい。

 結局、お二人がいる前で財布を探すことは諦めて、ぼくは近くの下宿へと戻った。
 自分の部屋の扉を開こうとすると、隣室の奴が声をかけてきた。

「おう、銀司。財布は見つかったのか?」
「んー。明日でいいやと思って」
「引き返してきた割には、遅かったな」

 まったくだ。しかも最近は、足音や気配を隠さなければならない場面に遭遇してしまうから。どうにも怪しい人になりつつあるかもしれない。

 翌朝、ぼくが高瀬邸に向かうと、旦那さまが待ってらした。

「ほら、銀司。落とし物だ」
「あ、ありがとうございます。どこにありましたか?」

 念願の財布を手渡され、ほっと息をつく。

「俺の部屋」
「まじで?」
「そこは『本当ですか』だな」

 そりゃ見つけられないし、見つけようがない。
 旦那さまはぼくの肩に手を置くと、耳元に口を寄せた。

「蛙の王子さま。俺の妻を笑わないでやってくれ」
「笑ってませんよ!」

 しまった。 蛙の王子って何ですかって、とぼければ良かった。
 この旦那さまは食えない。ああ、本当に厄介な人なんだ。
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