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九章
18、恋文の君
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大通りに出ると、わたくしは旦那さまの数歩後を歩きます。そして校門のところで、目だけで互いに挨拶を交わして、旦那さまは「先生」として職員室に、わたくしは教室へと向かいます。
校内に入れば、先生は上級生に取り囲まれることも多く、その姿を見たくないわたくしは、すぐに背中を向けてしまいます。
でも今朝は違いました。
上級生のお姉さま方は、一人の殿方を遠巻きに眺めていらしたのです。
柔らかそうな、少し栗色の髪。身長はすらりと高く、まるでキネマスタァのようです。
「琥太兄……」
「やぁ、欧之丞。それに翠子さんも」
軽く手を上げて微笑みを浮かべる琥太郎さんに、旦那さまはつかつかと大股で進んでいきます。そして挨拶もせずに、琥太郎さんの口を手でふさぎました。
「何やってんだ。琥太兄。それに、ここで彼女は関係ない」
「もがもが」
琥太郎さんは三條組の若頭ですが、旦那さまに口をふさがれた状況では、どちらが堅気か分からなくなりそうです。
だって旦那さまの目は、静かな怒りで燃えているんですもの。
「高瀬先生。そちらの方は、お知合いですか?」
「ぜひ紹介してください」
お姉さま方は、先生相手になら遠慮がいらないので群がり始めました。他の生徒たちも、何事かと立ち止まって眺めています。
そうですよね。ここは女学校、女の園。その前で目立つ男性二人が、顔を突き合わせて手で口をふさいでいるんですもの。
「つれないなぁ、欧之丞は」
琥太郎さんは、旦那さまの手を何とか引きはがしました。
「俺に用なら、家に来れば済むことだろう? 今日は終業式だから、学校が終わるのも早いし」
「別に欧之丞に会いに来たわけやない」
「じゃあ、いったい誰に……」
その時、琥太郎さんの視線が先生から外れました。顔は前を向いているのに、目だけがゆっくりと横へ移動します。
それは野生動物を思わせる行動でした。それも肉食の。狙う獲物に、そうとは気づかせないような冴えた動きです。
「おはよう、翠子さん。どうしたの、賑やかね」
やはり。
わたくしは確信しました。
琥太郎さんの視線の先に現れたのは、文子さんでした。
三條組の原さん達が通学路でもめていたのも、琥太郎さんがここにいるのも、文子さんを探していたので間違いありません。
琥太郎さんは、文子さんへ短歌で恋文を送られたのですけど。文子さんはその差出人と琥太郎さんの顔が結びつかないようです。
そうですよね。三條組が極道であると教えられても、琥太郎さんは静かなたたずまいで、ヤクザには見えませんもの。
琥太郎さんに見つめられていますが、文子さんは意に介する様子もなく、わたくしに話しかけてきます。
「あら、日傘を買ったのね。なんて上質なレースなのかしら」
文子さんの興味は、キネマスタァのような琥太郎さんではなく、わたくしの日傘に向けられています。
ど、どうしましょう。あの方が、恋文の君ですよと教えた方がいいのでしょうか。
でも、すでに琥太郎さんはお姉さま方の興味の対象になっているようです。ただでさえ琥太郎さんは堅気の人ではないですし、文子さんがお姉さま方に目をつけられても大変です。
「あ、その。買っていただいたんです」
「『旦那さま』に? 素敵。翠子さんよく似合ってるわ」
文子さんが、ちらっと先生に視線を向けます。ですが、それきりです。
「ああ、欧之丞。私はもう帰るから」
「え? 何しに来たんだ。琥太兄」
「用事は済んだからな」
ひらりと片手を挙げて、琥太郎さんは去っていきました。まるで風のように。
恐ろしい立場の人ですし、恋にも慣れていそうですのに。
ただ、文子さんの顔だけを見に来たのだとしたら……。
それは、もしかしたら純愛というものなのではないでしょうか。
「ヤクザの純愛……」
「なぁに? 少女雑誌にそんな投稿があったの?」
「いえ、ありません。見たこともありませんから」
「そっかぁ。残念。あの恋文に関して、参考になるものでもあればと思ったんだけど。相手が相手だから、お断りするのも怖くて」
文子さんは、小さくため息をつきました。
その恋文の君は、さっきまでいらっしゃいましたよ。文子さんのことを気にかけていましたよ、というか部下を動員してあなたの通学路を探してましたよ。
なんて、言えるはずないじゃないですか。
校内に入れば、先生は上級生に取り囲まれることも多く、その姿を見たくないわたくしは、すぐに背中を向けてしまいます。
でも今朝は違いました。
上級生のお姉さま方は、一人の殿方を遠巻きに眺めていらしたのです。
柔らかそうな、少し栗色の髪。身長はすらりと高く、まるでキネマスタァのようです。
「琥太兄……」
「やぁ、欧之丞。それに翠子さんも」
軽く手を上げて微笑みを浮かべる琥太郎さんに、旦那さまはつかつかと大股で進んでいきます。そして挨拶もせずに、琥太郎さんの口を手でふさぎました。
「何やってんだ。琥太兄。それに、ここで彼女は関係ない」
「もがもが」
琥太郎さんは三條組の若頭ですが、旦那さまに口をふさがれた状況では、どちらが堅気か分からなくなりそうです。
だって旦那さまの目は、静かな怒りで燃えているんですもの。
「高瀬先生。そちらの方は、お知合いですか?」
「ぜひ紹介してください」
お姉さま方は、先生相手になら遠慮がいらないので群がり始めました。他の生徒たちも、何事かと立ち止まって眺めています。
そうですよね。ここは女学校、女の園。その前で目立つ男性二人が、顔を突き合わせて手で口をふさいでいるんですもの。
「つれないなぁ、欧之丞は」
琥太郎さんは、旦那さまの手を何とか引きはがしました。
「俺に用なら、家に来れば済むことだろう? 今日は終業式だから、学校が終わるのも早いし」
「別に欧之丞に会いに来たわけやない」
「じゃあ、いったい誰に……」
その時、琥太郎さんの視線が先生から外れました。顔は前を向いているのに、目だけがゆっくりと横へ移動します。
それは野生動物を思わせる行動でした。それも肉食の。狙う獲物に、そうとは気づかせないような冴えた動きです。
「おはよう、翠子さん。どうしたの、賑やかね」
やはり。
わたくしは確信しました。
琥太郎さんの視線の先に現れたのは、文子さんでした。
三條組の原さん達が通学路でもめていたのも、琥太郎さんがここにいるのも、文子さんを探していたので間違いありません。
琥太郎さんは、文子さんへ短歌で恋文を送られたのですけど。文子さんはその差出人と琥太郎さんの顔が結びつかないようです。
そうですよね。三條組が極道であると教えられても、琥太郎さんは静かなたたずまいで、ヤクザには見えませんもの。
琥太郎さんに見つめられていますが、文子さんは意に介する様子もなく、わたくしに話しかけてきます。
「あら、日傘を買ったのね。なんて上質なレースなのかしら」
文子さんの興味は、キネマスタァのような琥太郎さんではなく、わたくしの日傘に向けられています。
ど、どうしましょう。あの方が、恋文の君ですよと教えた方がいいのでしょうか。
でも、すでに琥太郎さんはお姉さま方の興味の対象になっているようです。ただでさえ琥太郎さんは堅気の人ではないですし、文子さんがお姉さま方に目をつけられても大変です。
「あ、その。買っていただいたんです」
「『旦那さま』に? 素敵。翠子さんよく似合ってるわ」
文子さんが、ちらっと先生に視線を向けます。ですが、それきりです。
「ああ、欧之丞。私はもう帰るから」
「え? 何しに来たんだ。琥太兄」
「用事は済んだからな」
ひらりと片手を挙げて、琥太郎さんは去っていきました。まるで風のように。
恐ろしい立場の人ですし、恋にも慣れていそうですのに。
ただ、文子さんの顔だけを見に来たのだとしたら……。
それは、もしかしたら純愛というものなのではないでしょうか。
「ヤクザの純愛……」
「なぁに? 少女雑誌にそんな投稿があったの?」
「いえ、ありません。見たこともありませんから」
「そっかぁ。残念。あの恋文に関して、参考になるものでもあればと思ったんだけど。相手が相手だから、お断りするのも怖くて」
文子さんは、小さくため息をつきました。
その恋文の君は、さっきまでいらっしゃいましたよ。文子さんのことを気にかけていましたよ、というか部下を動員してあなたの通学路を探してましたよ。
なんて、言えるはずないじゃないですか。
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