【第一部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

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九章

19、お説教

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 今日は終業式なので、授業はないのですが。たんまりと宿題や課題が出されるのと、恐怖の通知簿をもらうので気が重いです。

 あら? ですが、わたくしはもう笠井家に戻ることはないのでした。父や母に不出来な通知簿を見せる必要もなく、しかもその通知簿をつけるのは担任の先生。つまり高瀬先生です。

 わたくしが目にする前に、旦那さまが成績を知っていらっしゃるのですから、何も恐れることはないです。

 ああ、女学校に入って四年目にして、初めての解放感です。宿題はもちろん、尋常小学校の時の『なつやすみおさらい帳』のような日記や漢字の書き取りといった簡単なものではないですが。
 それでも誰にも通知簿を見せる必要がないのは、いいことです。
 学校だって、召集日以外は登校しなくてよいですし。

 講堂での校長先生のお話が終わり、それぞれの教室で担任の先生から通知簿をいただきます。

 わたくしの成績が良くないのは承知しております。でも、もう誰にも叱られることもなく。呑気に夏休みが始まるものだと、そう信じておりました。
 ええ、通知簿をいただくまでは。

 出席簿順に名前を呼ばれ、高瀬先生から通知簿を受け取ります。

「笠井翠子さん」
「はい」

 教壇にお立ちになる先生は、なぜか眉根を寄せていらっしゃいました。いつもよりも深く眉間に皺を刻んでおられるのです。いったいどうなさったのでしょう。
 
「数学の成績は上がったな」

 まぁ、なんて嬉しい言葉でしょう。他の生徒さんも「よく頑張ったな」とか「英語の先生が褒めていたぞ」なんて、高瀬先生から褒めてもらって、顔をほころばせている人もいます。

 ええ、そうでしょう? いつもは不愛想な先生ですが、だからこそ褒めていただくととても嬉しいんです。
 旦那さまの時は、わたくしに甘すぎるくらいですが、立場が先生になると途端にお仕事モードに入ってしまわれるんですもの。

「笠井さん。後で職員室に来なさい」

 はい?

◇◇◇

 終業式が終わり、皆が解放感から朗らかに学校を出ていきます。
 ですが、わたくしは重い足取りで職員室に向かいます。

 おかしいです。あんなにも数学を頑張って、褒めていただけるほどに成績も上がりましたのに。なぜそれに比例するように……あら、この場合は反比例でしたかしら……国語の成績が下がっているのでしょう。

 三年生の時は、進級の足を引っ張っていたのは数学でした。けれど、今回は国語が丁でした。甲乙丙丁の丁です。「成績不完全ナルモノ」という意味です。
 今回は学年末ではないのですが、このままの成績が続けば、落第ということです。

 廊下の真ん中を歩いていたはずなのに、気づけば右の窓で頭を打っていました。これはいけません、と左に寄れば、壁で頭を打ってしまいます。

「失礼いたします」と声をかけて、職員室の扉を開きます。ちょうど高瀬先生はお席にいらっしゃいました。
 わたくしの姿を認めた先生は、国語科の先生に目配せしてソファーの方へ向かいます。
 
「笠井さん。こんなことは言いたくないのだけれど、あなた、学年で一番国語がひどかったですよ」

 挨拶もそこそこに、国語科の先生のお説教が始まりました。年配の女性です、お清さんより少し若いでしょうか。
 わたくしは一人掛けの椅子に座り、高瀬先生と国語科の先生はソファーに並んで座っていらっしゃいます。
 圧迫感がすごいです。

「男爵家でいろいろとあって、お勉強どころでなかったのは分かります。ですけどね、数学の成績は上がっているし、英語も低いながらも前回のお点を保っているし、お裁縫も以前は丙だったのに、急に甲になって」

 はい、数学は放課後の居残りと、家でもみっちりと旦那さまにしごかれました。
 英語はちゃんと辞書を引くようにしたら、和文英訳は苦手でも英文和訳は理解しやすくなりました。

 お裁縫は、家に持ち帰った課題の袋物を、お清さんが指導してくださったのです。くけ台とかけ針で布を引っ張って、縫い目はまっすぐに等間隔に、と。「私が代わりに縫ったら早いですけど、それでは翠子さんの為になりませんからね」と、仰いながら。

 いつか反物を買って、旦那さまに浴衣を縫ってさしあげたいんですよね。その時に、縫い目が乱れていたり、糸が引きつれていてはいけませんから。練習あるのみですよ。

「笠井さんは、今は後見人の方のお家にいらっしゃるのね」
「あ、はい。そうです」

 国語の先生のお説教の途中でした。

「後見人と一度面談して、その方に勉強をしっかりとさせるように伝えたいのですけど。校長先生が、後見人の情報を教えてくれないのよ」

 はい、そうでございましょう。
 でも、国語科の先生の言葉はしっかりと届いていると思います。
 わたくしの後見人は、あなたさまの隣で苦虫を噛み潰したような顔をしているのですから。
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