【第一部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

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九章

31、閑話 旦那さまのお友達【5】※銀司視点

 琥太郎さんは小脇に紙袋を抱えた。厚みのない袋には、この近所の文具店の名が記されていた。
 けど、なんでヤクザの若頭が花模様の何かを買ってるんだろう。

「うちの料理番と、お清さんがかよてる八百屋が同じやねん。せやから、お清さんが一番早いな」

 思わず、口がぽかんと開いてしまった。
 主婦的な立場のお清さんと、ヤクザが大根やら茄子やらを買いながら、立ち話しているのか。そういえば、時々お清さんの口から、琥太郎さんの名前が出ていたが。
 八百屋、恐るべしだな。

「ほなな、南国ボーイ。もう帰っても平気やろ」
「え?」
「もう下宿を出とんのやろ。お清さんが言うとったで、高瀬邸で暮らしてるって。南国ボーイと会ってから、結構時間すぎたから。もう、終わっとうやろ」
「終わるって、何がですか?」

 問いかけた途端、ぼくははっとした。琥太郎さんが、意味もなくぼくの相手をしてくれた理由が分かったからだ。

「終わってへんかったら、欧之丞に、やりすぎや言うといて」

 なんかもういろいろ筒抜けっぽいし、しかも勘が鋭い人だから、居たたまれなくなる。
 あと、すっごく分かりにくい優しさだから。時間つぶしに付き合ってくれたお礼を言うのを忘れた。

◇◇◇

 家に戻ると、こういう言い方はどうかと思うんだが。行為の気配が消えていた。琥太郎さんの言う通りだ。
 そういえば、旦那さまたちは、再び風呂に入られたんだろうか?

 気になって、二人のお部屋の前で声をかけた。旦那さまに湯を持ってくるように言われ、翠子さまは眠ってしまわれたのだと察した。
 湯を用意し、襖を開けて部屋に入ると、やはり翠子さまは旦那さまの腕の中で、しどけなくもたれかかっていた。

 月の明かりに照らされる素肌は滑らかそうで。触れたことはないのに、その感触が伝わって来そうだったから。ぼくは息を呑んだ。
 きっと翠子さまのような肌を、てのひらに吸いつくようだ、と形容するんだろう。
 
 こういう時だ。下宿の奴らが自分が女性を抱いたときのことを得意げに話したりするが、旦那さまと翠子さまはそういうのじゃないと思うのは。
 多分だけど、旦那さまの方が下宿の奴らよりも、やっていることはえげつないと思う。
 いや、詳しくは知らないけどさ。
 でも、なんでだろ。 他の奴らの行為は欲望まみれで下衆そうなのに。お二人のは、そういう風に思えない。

 翠子さまが男爵令嬢だから? 旦那さまが欲望だけじゃなくて、心から彼女を愛しているから?
 理由は分からないけど。

 二杯目の湯を命じられて戻ると、旦那さまは桶にご自分が使用なさっている香水を垂らした。
 清涼感のある香りが、ふわぁっと広がる。
 その湯で手拭いを絞り、翠子さまの肌を拭く。

「……旦那さま……ぁ」

 眠っていても最愛の人の香りに気づいたのだろう。翠子さまは、とても嬉しそうな表情で旦那さまに腕を伸ばした。
 
 ああ、いいな。素直にそう思った。
 夢の中でも、翠子さまに呼んでもらえる旦那さまが羨ましい。
 けど、それは自分でもびっくりする考えだった。だからぼくは苦い笑みを浮かべるしかなかった。

 ぼくにもいつか、そんな風に大事に思い、思われる人が現れるのだろうか。

「どうした? 銀司」
「いえ、さっき琥太郎さんに会いまして。こんなのを渡されました」

 謎の呪文の書かれた文字の並びを、旦那さまにお見せする。

「そこらじゅう、菴羅あんらの香りが満ちている。波音さえも、言の葉さえも」

 旦那さまは口に出してお読みになり、しばし瞼を閉じて考えた。

「銀司はここに故郷を見つけたんだな。菴羅というのは、黄色くて甘い果実のことだろう? 南国の」
「あ、よく木からもいで食べてました。平たくて大きい種が入ってるんです。すっごい甘いんですよ。果汁もたっぷりで」
「俺は食べたことがないが。水蜜桃みたいなものか?」
「似てますかね? でも菴羅の方が甘いかも。あと少し青臭いかな」

 今日、お清さんが出してくれた水蜜桃も甘かったけど。菴羅は、強烈な日差しの下で育つから、もっと甘みが濃い気がする。

「君に聞こえる波音も、君に与えられる言葉も、故郷の菴羅のように甘いんだろってことだな。まったく気障だな、琥太郎兄さんは」

 かつて虫捕り網を取り上げられて、しょうがなく文学作品を読んでいたであろう旦那さまは、事もなげに解説してくださった。
 もし旦那さまが子どもの頃に、セミだのトンボだのを追いかけていらしたら、今頃は二人して首をかしげていたんだろうか。

『そこらぢゅう あんらのかをりが みちてゐる なみおとさへも ことのはさへも』

 ぼくは夜色のインクの文字を、じっと見つめた。
 旦那さまがくださった燐寸と一緒に、家宝の箱にしまっておこうかな。
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