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十章
15、南国の姫は恥ずかしすぎて【1】
ずっと細かな作業を続けていると、目がしょぼしょぼしてきました。
いつの間にか、わたくしの傍にランプが置いてあります。旦那さまが気を配ってくださったのでしょうか。まったく気づきませんでした。
でも、目の奥が鈍く痛いです。
手で瞼をこすろうとすると、突然手首を掴まれました。
「こら、目をこすらない」
「え、でも……」
「いいから。はい、手は膝に置く。そこから一寸も動かさないように」
どうして旦那さまは、わたくしを叱っているのでしょう。
訳が分かりませんが、命じられるままに膝に手を置きました。
旦那さまは縁側から庭に下りると、井戸から水を汲んで戻っていらっしゃいました。
水に浸した手ぬぐいを絞り、それをわたくしの両目に当ててくださいます。
「あ、気持ちいいです」
「だろう? 翠子さんは縫物に集中しすぎて、瞬きを忘れていたんだ」
ひんやりとした心地よさ、それに背中を旦那さまの腕が支えてくださっているので、まるで長椅子にもたれているようです。
そういえば、少女雑誌の挿絵で見たことがあるのですけど。長椅子にしどけなくもたれた南国の姫が、柄の長い大きな扇子で使用人にあおいでもらっている絵がありました。
傍には大型の猫、あれは豹なのでしょうか、それとも別の猫型動物? その優美な動物が姫の側に侍っていて。
あぁ、まるでわたくしも姫のよう。猫はおりませんけど。
そうです、お庭のヤツデの葉を、いっそのこと椰子だと思うことにしましょう。
「翠子さん。なんで、にやにやしているんだ?」
「していませんよ?」
「いや、してるだろ。何かよからぬことを企んでいるな」
もう、失礼ですね。わたくしの素敵な妄想の邪魔をなさらないでください。
旦那さまは無粋ですからね。わたくしがこっそりと南国の姫ごっこをしていることは、教えてあげません。
「さっきまで大人の顔で小児服を縫っていたのに。今の翠子さんは、子どもに戻ってしまっているのだな」
「違います。子どもではありません」
「へぇ? 俺にはお菓子を食べたいなーと考えている子どもに見えるが?」
「もうっ。本当に失礼ですよ。わたくしは子どもではなくて、南国の姫なんです!」
「……姫?」
旦那さまが唖然とした表情を浮かべました。
ですが、それも一瞬のこと。しだいにその白目がちの瞳が、面白そうに細められます。
しまった……です。
どうして、わたくしは一人でお姫さまごっこをしていると、明かしてしまったのでしょう。
ああ、きっと心底馬鹿になさいます。
だって旦那さまは意地悪いんですもの。サディストですもの。
これまでも散々、旦那さまには虐められたんですもの。
「あ、あの。目を冷やしてくださってありがとうございます。わたくし、課題に戻りますね」
手ぬぐいを桶に入れると、すぐに水を吸って沈んでいきます。
妄想の続きは、寝るときにしましょう。ええ、それがいいです。
ですが、布を取ろうとしたわたくしの体は、背後から抱きしめられました。
「いけませんね。姫がたしなむのは、せいぜい刺繍ではありませんか?」
耳元で、吐息の様に囁かれます。
きゃー。助けて。
旦那さまがお姫さまごっこに参加してきました。
やめてください。なんですか、それ。一人芝居と申しますか、一人妄想に加わらないでください。
わたくし、許可していませんよ。
恥ずかしさで地球の裏側まで、穴を掘って行けてしまいます。
「知っているんですからね。旦那さま、退屈なさっていたでしょう?」
「おや、姫に旦那さまなどいらっしゃらないでしょう? 私のことは下僕とお呼びください」
やめてー。俺でいいです。旦那さまでいいです。
妙な設定を盛り込まないでください。
背中がもぞかゆくて、もう耐え切れません。
いつの間にか、わたくしの傍にランプが置いてあります。旦那さまが気を配ってくださったのでしょうか。まったく気づきませんでした。
でも、目の奥が鈍く痛いです。
手で瞼をこすろうとすると、突然手首を掴まれました。
「こら、目をこすらない」
「え、でも……」
「いいから。はい、手は膝に置く。そこから一寸も動かさないように」
どうして旦那さまは、わたくしを叱っているのでしょう。
訳が分かりませんが、命じられるままに膝に手を置きました。
旦那さまは縁側から庭に下りると、井戸から水を汲んで戻っていらっしゃいました。
水に浸した手ぬぐいを絞り、それをわたくしの両目に当ててくださいます。
「あ、気持ちいいです」
「だろう? 翠子さんは縫物に集中しすぎて、瞬きを忘れていたんだ」
ひんやりとした心地よさ、それに背中を旦那さまの腕が支えてくださっているので、まるで長椅子にもたれているようです。
そういえば、少女雑誌の挿絵で見たことがあるのですけど。長椅子にしどけなくもたれた南国の姫が、柄の長い大きな扇子で使用人にあおいでもらっている絵がありました。
傍には大型の猫、あれは豹なのでしょうか、それとも別の猫型動物? その優美な動物が姫の側に侍っていて。
あぁ、まるでわたくしも姫のよう。猫はおりませんけど。
そうです、お庭のヤツデの葉を、いっそのこと椰子だと思うことにしましょう。
「翠子さん。なんで、にやにやしているんだ?」
「していませんよ?」
「いや、してるだろ。何かよからぬことを企んでいるな」
もう、失礼ですね。わたくしの素敵な妄想の邪魔をなさらないでください。
旦那さまは無粋ですからね。わたくしがこっそりと南国の姫ごっこをしていることは、教えてあげません。
「さっきまで大人の顔で小児服を縫っていたのに。今の翠子さんは、子どもに戻ってしまっているのだな」
「違います。子どもではありません」
「へぇ? 俺にはお菓子を食べたいなーと考えている子どもに見えるが?」
「もうっ。本当に失礼ですよ。わたくしは子どもではなくて、南国の姫なんです!」
「……姫?」
旦那さまが唖然とした表情を浮かべました。
ですが、それも一瞬のこと。しだいにその白目がちの瞳が、面白そうに細められます。
しまった……です。
どうして、わたくしは一人でお姫さまごっこをしていると、明かしてしまったのでしょう。
ああ、きっと心底馬鹿になさいます。
だって旦那さまは意地悪いんですもの。サディストですもの。
これまでも散々、旦那さまには虐められたんですもの。
「あ、あの。目を冷やしてくださってありがとうございます。わたくし、課題に戻りますね」
手ぬぐいを桶に入れると、すぐに水を吸って沈んでいきます。
妄想の続きは、寝るときにしましょう。ええ、それがいいです。
ですが、布を取ろうとしたわたくしの体は、背後から抱きしめられました。
「いけませんね。姫がたしなむのは、せいぜい刺繍ではありませんか?」
耳元で、吐息の様に囁かれます。
きゃー。助けて。
旦那さまがお姫さまごっこに参加してきました。
やめてください。なんですか、それ。一人芝居と申しますか、一人妄想に加わらないでください。
わたくし、許可していませんよ。
恥ずかしさで地球の裏側まで、穴を掘って行けてしまいます。
「知っているんですからね。旦那さま、退屈なさっていたでしょう?」
「おや、姫に旦那さまなどいらっしゃらないでしょう? 私のことは下僕とお呼びください」
やめてー。俺でいいです。旦那さまでいいです。
妙な設定を盛り込まないでください。
背中がもぞかゆくて、もう耐え切れません。
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