【第一部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

文字の大きさ
203 / 247
十章

24、お屋敷【1】

しおりを挟む
 旦那さまが、子どもの頃に三條組に入り浸り、ついでに組員から修行(と言っていいのでしょうか?)を受けていたことを聞き、わたくしは納得しました。

 確かに以前、おじさまを一撃で倒せたはずです。
 旦那さまは、学生時代に登山が趣味だったから筋肉がついているような言い方をなさっていたことがありますが。
 たぶん、それ以前からでしょうね。

 ですが、琥太郎さんがわたくしに話があるとのことでしたけど。
 いったい何なのでしょう。

「わたくし、琥太郎さんにお会いした方がいいんでしょうか?」
「琥太郎兄さんの所なら、今度俺が連れて行ってやる。翠子さんが一人で出向く必要はない」

 わたくしの手から牛乳瓶を取り上げると、旦那さまは一口飲みました。そして眉をしかめます。

「砂糖は入っていないのに。牛乳は、そこそこ甘いんだな」

◇◇◇

 結局、その日旦那さまが出勤なさる前に、三條組に立ち寄ることになりました。
 仕事の前なら、時間に制限があるから引き留められることもないという、仲がいいんだか悪いんだか分からない理由です。

 わたくしは今日も文子さんとお裁縫の約束があるので、ちょうどいいかもしれません。軽装ではなく、普段の袴姿で出かけます。

 いつものように学校に行く途中、大通りに出るまでの一つ前の角を曲がります。この辺りは築地塀がずーっと続いていて、いったい何の施設なのかとずっと不思議に思っていましたが。

 目の前に聳える重厚な門を見て、わたくしは目を丸くしました。門って、こんなに大きかったでしょうか。
 境内に数多くの塔頭たっちゅうが存在する、京都の寺院なら分かるのですけど。

「門にガーゴイルがいますよ」
「ガーゴイル? いや、これはカラスの彫刻じゃないか? それともトンビ?」

 二人でああでもない、こうでもないと言い合っていると、見覚えのある強面の男性が門から出てきました。
 大きな扉につけられた潜戸くぐりどからですけど。

「これは、高瀬さま。連絡をくだされば、この斉川さいかわがお迎えに上がりましたのに」
「いや、仕事に行く途中だし。近所だから迎えも必要ない」

 旦那さまは軽く手を振っていらっしゃいますが、斉川さんと呼ばれたヤクザさんは、律儀に頭を下げます。

「翠子お嬢さまには、先日はうちの者が無礼を働きました」

 思い出しました。琥太郎さんの護衛についてらした方です。それと同時に、縛り上げられて車に放り込まれた時の恐怖が甦ってきました。
 わたくしは旦那さまの背に隠れて、シャツの布地をしっかりと握りしめます。

「あー、ちょっと翠子さんが怖がっているから。ここで用件だけ聞かせてもらおうかな」
「いえ、立ち話などいけません」

「おい、お前ら」と、斉川さんは門の中に向けて声を掛けます。
 来ました、来ました。ぞろぞろと。爽快な夏の青空に全然ふさわしくない、強面集団です。
 いつもの旦那さまの渋面が、愛らしく感じるほどです。
 なぜかヤクザさん達は、顔に生々しい傷を負っていらっしゃいます。しかもひっかき傷。

 わたくし達は、有無を言わせずお屋敷の中へと導かれていきます。
 旦那さまのお家も、笠井の実家も広いのですけど。この三條組は規模が違います。

 玄関と思しき場所は、どこかの道場かと思うほどに広く。平安時代の寝殿造りってありますよね。源氏物語の絵巻にあるような。
 渡り廊下が、それぞれの棟をつないでいて、しかも池には舟まで浮かんでいます。

「あの舟に乗って、月見をするんだ。あと、ほら。池の周囲の木が紅葉だろ? 秋には舟で紅葉狩りだな」

 風流をとうに超えています。しかも自宅の庭でだなんて。

「旦那さまは、あの舟にお乗りになったことがあるんですか?」

 問いかけると、旦那さまは口をへの字に結びました。
 あ、察しました。なにか、やらかしましたね。

「子どもの時にはしゃいで、池に落っこちた。琥太兄の母さんが体を拭いてくれたけど。琥太兄には『欧之丞は、ほんまに風情を解さへん奴や』と、冷たい目で見られたな」

 妙なことまで思い出した、と旦那さまはこぼします。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

最後の女

蒲公英
恋愛
若すぎる妻を娶ったおっさんと、おっさんに嫁いだ若すぎる妻。夫婦らしくなるまでを、あれこれと。

虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。 「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」 「脅してる場合ですか?」 ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。 ※なろう、カクヨムでも投稿

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

【完結】女当主は義弟の手で花開く

はるみさ
恋愛
シャノンは若干25歳でありながら、プレスコット伯爵家の女当主。男勝りな彼女は、由緒ある伯爵家の当主として男性と互角に渡り合っていた。しかし、そんな彼女には結婚という大きな悩みが。伯爵家の血筋を残すためにも結婚しなくてはと思うが、全く相手が見つからない。途方に暮れていたその時……「義姉さん、それ僕でいいんじゃない?」昔拾ってあげた血の繋がりのない美しく成長した義弟からまさかの提案……!? 恋に臆病な姉と、一途に義姉を想い続けてきた義弟の大人の恋物語。 ※他サイトにも掲載しています。

鬼隊長は元お隣女子には敵わない~猪はひよこを愛でる~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「ひなちゃん。 俺と結婚、しよ?」 兄の結婚式で昔、お隣に住んでいた憧れのお兄ちゃん・猪狩に再会した雛乃。 昔話をしているうちに結婚を迫られ、冗談だと思ったものの。 それから猪狩の猛追撃が!? 相変わらず格好いい猪狩に次第に惹かれていく雛乃。 でも、彼のとある事情で結婚には踏み切れない。 そんな折り、雛乃の勤めている銀行で事件が……。 愛川雛乃 あいかわひなの 26 ごく普通の地方銀行員 某着せ替え人形のような見た目で可愛い おかげで女性からは恨みを買いがちなのが悩み 真面目で努力家なのに、 なぜかよくない噂を立てられる苦労人 × 岡藤猪狩 おかふじいかり 36 警察官でSIT所属のエリート 泣く子も黙る突入部隊の鬼隊長 でも、雛乃には……?

処理中です...