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十章
26、お裁縫室【2】
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最近は、先生と文子さんの距離が縮まったように思います。
とても良いことです。
だって、先生はとても素敵なんですもの。数学の鎧と、それにわたくしにはあまり分からないのですけど、怖いと言われる顔が災いして、無駄に距離を取ってしまうのは、勿体ないです。
高瀬先生は、素晴らしい方なんですよ。旦那さまは、ちょっぴり意地悪なところもあるけれど、素敵な方なんです。と喧伝してまわりたい気分です。
といっても恋敵が出てきては困りますからね。
わたくしだけが存じ上げている、大事な大事な宝物にしておきましょう。
ええ、宝物はむやみに見せびらかしてはいけないのです。
「翠子さん。なぜにやけているんだ?」
「いえ、何でもありませんよ。お清さんのお弁当は、今日も美味しいですね。とくにちくわの磯部揚げが」
「今、あなたが食べているそれは、鶏のくわ焼きだがな。素材も味も全く違うぞ」
「あ……っ」
たしかに口に広がっているのは、甘辛い醤油味です。ちくわの磯辺揚げは、くわ焼きの隣に入っていました。
「美味しいですね。鶏のくわ焼きは。甘じょっぱい味って、本当に最高です」
慌てて取り繕いましたけど。先生は、わたくしから視線を外してくださいません。
心の奥まで見据えてくるような、鋭い瞳です。
「何を考えていた?」
「いえ。何も。美味しいなぁって思っていただけですよ」
「……翠子さん?」
うっ。先生の声音が変わりました。これは適当にごまかすと、後でわたくしが散々な目にあってしまいます。ええ、その予感がします。
ですけど、文子さんがいらっしゃる前で「先生のことが素敵だって考えていたんです」なんて、言えるわけないじゃないですか。
いえ。先生はわたくしに惚気てほしいのかもしれませんけど。
でも……でも、恥ずかしいじゃないですか。
旦那さまとの日々と学校での日々は、どちらも日常ではあっても地続きではないんです。今は夏休みですけれど、ここは学校ですし。友人の前で、いちゃいちゃするなんて……どんな拷問ですか、それ。
「翠子さん、もう一度訊くよ。何を考えていた?」
「いえ、ですから。お弁当が美味しいですねって……」
わたくしと先生の間に緊張感が走ります。
「ほーんと甘じょっぱい味って、ご飯が進むのよね」と、文子さんは呑気そうに微笑んでいますけど。
わたくしの心の声は「タスケテ」ですよ。
文子さんの前で、先生のことを惚気るのが拷問なら、ここで隠し事をすれば家で待っているのはお仕置きでしょう。
拷問とお仕置き、どちらを選びますか?
……考えたくもない二択ですけど。
お仕置きでしょうか。だって、文子さんを巻き込まずに済みますもの。文子さんに「やだ、ラブラブなの?」なんて突っ込まれたら、恥ずかしすぎて……わたくし二階のお裁縫室の窓から飛び降りて、校庭を走り抜けてしまいそう。
そんな運動神経が自分にないのは、重々承知しているんですよ。
お昼の休憩時間が終わり、先生は職員室に戻りました。
ですが、お裁縫室を去るときに振り返って、手招きなさいます。
こ、怖いです。だって、先生はにっこりと微笑んでいらっしゃるのに、目が笑ってないんですもの。
「翠子さん。家に戻ったら、覚えておきなさい」
「あ、あの……何をでしょうか」
「さぁ? 素直に答えないことかなぁ。それとも琥太郎兄さんの猫に懐かれてしまったことかなぁ」
なぜ、罪状が増えているんですか。
理不尽です。横暴です。
やっぱり先生は宝物じゃありません。
とても良いことです。
だって、先生はとても素敵なんですもの。数学の鎧と、それにわたくしにはあまり分からないのですけど、怖いと言われる顔が災いして、無駄に距離を取ってしまうのは、勿体ないです。
高瀬先生は、素晴らしい方なんですよ。旦那さまは、ちょっぴり意地悪なところもあるけれど、素敵な方なんです。と喧伝してまわりたい気分です。
といっても恋敵が出てきては困りますからね。
わたくしだけが存じ上げている、大事な大事な宝物にしておきましょう。
ええ、宝物はむやみに見せびらかしてはいけないのです。
「翠子さん。なぜにやけているんだ?」
「いえ、何でもありませんよ。お清さんのお弁当は、今日も美味しいですね。とくにちくわの磯部揚げが」
「今、あなたが食べているそれは、鶏のくわ焼きだがな。素材も味も全く違うぞ」
「あ……っ」
たしかに口に広がっているのは、甘辛い醤油味です。ちくわの磯辺揚げは、くわ焼きの隣に入っていました。
「美味しいですね。鶏のくわ焼きは。甘じょっぱい味って、本当に最高です」
慌てて取り繕いましたけど。先生は、わたくしから視線を外してくださいません。
心の奥まで見据えてくるような、鋭い瞳です。
「何を考えていた?」
「いえ。何も。美味しいなぁって思っていただけですよ」
「……翠子さん?」
うっ。先生の声音が変わりました。これは適当にごまかすと、後でわたくしが散々な目にあってしまいます。ええ、その予感がします。
ですけど、文子さんがいらっしゃる前で「先生のことが素敵だって考えていたんです」なんて、言えるわけないじゃないですか。
いえ。先生はわたくしに惚気てほしいのかもしれませんけど。
でも……でも、恥ずかしいじゃないですか。
旦那さまとの日々と学校での日々は、どちらも日常ではあっても地続きではないんです。今は夏休みですけれど、ここは学校ですし。友人の前で、いちゃいちゃするなんて……どんな拷問ですか、それ。
「翠子さん、もう一度訊くよ。何を考えていた?」
「いえ、ですから。お弁当が美味しいですねって……」
わたくしと先生の間に緊張感が走ります。
「ほーんと甘じょっぱい味って、ご飯が進むのよね」と、文子さんは呑気そうに微笑んでいますけど。
わたくしの心の声は「タスケテ」ですよ。
文子さんの前で、先生のことを惚気るのが拷問なら、ここで隠し事をすれば家で待っているのはお仕置きでしょう。
拷問とお仕置き、どちらを選びますか?
……考えたくもない二択ですけど。
お仕置きでしょうか。だって、文子さんを巻き込まずに済みますもの。文子さんに「やだ、ラブラブなの?」なんて突っ込まれたら、恥ずかしすぎて……わたくし二階のお裁縫室の窓から飛び降りて、校庭を走り抜けてしまいそう。
そんな運動神経が自分にないのは、重々承知しているんですよ。
お昼の休憩時間が終わり、先生は職員室に戻りました。
ですが、お裁縫室を去るときに振り返って、手招きなさいます。
こ、怖いです。だって、先生はにっこりと微笑んでいらっしゃるのに、目が笑ってないんですもの。
「翠子さん。家に戻ったら、覚えておきなさい」
「あ、あの……何をでしょうか」
「さぁ? 素直に答えないことかなぁ。それとも琥太郎兄さんの猫に懐かれてしまったことかなぁ」
なぜ、罪状が増えているんですか。
理不尽です。横暴です。
やっぱり先生は宝物じゃありません。
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