【第一部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

文字の大きさ
226 / 247
十一章

11、猫が好き【4】

 困ったものだ。翠子さんが、エリスにでれでれになってしまっている。
 俺は、畳の上で猫じゃらしを揺らしている翠子さんを見遣った。

 これまであなたと暮らしてきて、そこまで嬉しそうな顔を見たことがないぞ。
 俺は、翠子さんにとってはさくらんぼよりも上位の存在であると、実感したことはある。多分、茄子よりも上だとも思っている。自惚れかもしれないが。
 だが、猫には勝てない。
 勝てるはずがない。

「旦那さま、エリスは猫じゃらしが好きじゃないみたいです」

 ぶんぶんと猫じゃらしを左右に揺らす翠子さんが、眉を下げて俺を見上げる。

「遊び方が違うんだ。貸してごらん」

 俺は猫じゃらしを受け取ると、手近にあった藺草の座布団を引き寄せた。手を座布団の下に隠し、猫じゃらしの穂の部分だけを出す。
 それを少しずつ、座布団の下に引っ張っていく。
 規則的な動きではいけない。緩急をつけないと、猫は食いつかない。

 急に引っ張ったり、かと思うとふいに動きを止めて待ってみると、案の定エリスは体を低くして尻尾を左右に振りはじめた。
 そして、勢いよく猫じゃらしに飛びついてくる。

「すごいです。見ましたか? 旦那さま」
「そりゃね、俺が動かしているんだし」
「旦那さま、天才ですか?」
「まぁ、君よりはね」

 うーん。こんなことで褒められて嬉しくなるなんて。俺も本当にちょろいよな。

 エリスは座布団の下に頭を突っ込んで、必死に猫じゃらしを取ろうとしている。その隙に、腕を上にあげると、エリスは空中へ華麗にジャンプした。

 ひねりを加え、音もたてずに着地するエリスを見て、翠子さんが目をきらめかせている。そう、まるで曲馬団の出し物でも観ているかのように。

「素敵。なんて綺麗で優雅なんでしょう」

 褒められたエリスも満更ではないようで、翠子さんに向かって小さく鳴いた。
 君も翠子さんのことが好きか。ならば同志だな。
 俺は虫には嫉妬するが、君は雌なのでお目こぼししてやろう。

 夕暮れ時、蚊遣りの煙が風に乗って流れていく。
 前栽では、銀司が木々に水やりをしている。聞こえてくるのは蝉しぐれ。いや、そんな生易しいものではないな。蝉夕立とでもいうべきか。
 かなりうるさい。

「暑さも本格的になってきたし。そろそろ別荘に移ってもいいかもしれないな」

 縁側で新聞を読みながら、俺は呟いた。答える声はない。
 なぜなら、あぐらをかいた俺の足の間にはエリスが丸くなって眠り。俺の膝には翠子さんが頭を載せて眠っているからだ。

 なんだ、ここは楽園か。もうここが別荘でいいんじゃないかな。

 翠子さんとエリスの寝顔を眺めていると、自分でも目尻が下がっているのが分かる。

 普段、翠子さんは俺に膝枕をされることは、あまりない。
 俺がしてあげようといっても、遠慮しているのか恥ずかしがっているのか、なかなか頭を載せてはこない。

 なのに、猫がいるだけで。ただそれだけで、この無防備さよ。
 エリス、お前。いい仕事するな。さすが琥太郎兄さんの所の猫だ。強面集団の、あの雑で厳しい三條組で日々暮らしているだけのことはある。

「両手に花ですね。旦那さま」
「しーっ。二人とも起きてしまうだろ」

 庭から声をかけてくる銀司に注意する。
 翠子さんの寝息は静かで、むしろ体の小さなエリスの方が、ぴすぴすという寝息を立てている。
 お前、美人が台無しだぞ。
 
 あれから翠子さんは猫じゃらしの使い方を覚えて、エリスと思う存分遊んでいた。
 不思議なもので、子どもの頃の翠子さんの無邪気なあどけなさが見え隠れするものだから。彼女を見守る俺は自分でも「ああ、この感情は完全に保護者だよなぁ。兄と間違われてもしょうがないよな」と、妙に納得したものだった。

「旦那さま。顔がにやけてますよ」
 
 いいんだ。この愛らしい環境に身を浸していられるのなら、銀司ににやけた表情を見られるくらい、どうということはない。
感想 10

あなたにおすすめの小説

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

【完結】女当主は義弟の手で花開く

はるみさ
恋愛
シャノンは若干25歳でありながら、プレスコット伯爵家の女当主。男勝りな彼女は、由緒ある伯爵家の当主として男性と互角に渡り合っていた。しかし、そんな彼女には結婚という大きな悩みが。伯爵家の血筋を残すためにも結婚しなくてはと思うが、全く相手が見つからない。途方に暮れていたその時……「義姉さん、それ僕でいいんじゃない?」昔拾ってあげた血の繋がりのない美しく成長した義弟からまさかの提案……!? 恋に臆病な姉と、一途に義姉を想い続けてきた義弟の大人の恋物語。 ※他サイトにも掲載しています。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。