【第一部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

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十一章

27、閉じ込めてみよう

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 風呂上がり、部屋に布団を敷いて蚊帳を吊るす。
 俺は長押の額受けに蚊帳の吊り手を掛けながら「翠子さんとエリスは、今夜も蚊帳の網に捕まってしまうんだろうか」と、考えた。

 翠子さんは、エリスをぎゅっと抱きしめて離さない。
 風呂上がりで暑いだろうに、エリスの方も明日、三條邸に帰らないといけないことを知っているのか、抱かれるままになっている。

 俺だって、本当は寂しいんだ。
 だが、口にはできない。大人の矜持というやつだ。

「翠子さん、寝ないのか?」
「寝たら、すぐに朝になってしまいます。琥太郎さんがいらっしゃるんですもの」

 息巻いていたのも束の間、翠子さんの瞼が落ちて、うつらうつらしはじめた。
 体育の時間に校庭で座っている時のような、両膝を胸元につける座り方。ちょうど太腿の辺りにエリスを抱きしめている。

 体の均衡を崩して、翠子さんがこてんと畳に横になった。徹夜すると宣言してから、二十分も経っていない。
 エリスも落とされまいと、必死にしがみついている。

「君たち、本当に仲がいいね」

 夜風が出て、緑の蚊帳を縦にのびた草原のように揺らす。
 潮の香りがする風だ。
 誰かが外で涼みつつ、散歩でもしているのだろうか。ぼそぼそとした話し声が、海風に乗って届く。
 港や居留地の辺りではないのに、その声がくぐもっているせいで、フランス語のようにも思えた。

 俺は翠子さんとエリスを一緒に抱き上げて。蚊帳の中に入った。
 むろん、片手で翠子さんを抱えることはできない。
 だからたいそう行儀悪く、足で蚊帳をめくり上げ、肘の辺りでたくしあげる。

 布団に翠子さんを横たえようとして、少し考えた。
 膝枕は足が痺れて難儀したが。座卓の檻も功を奏して、翠子さんがずっと傍にいてくれた。

 ならば、朝まで抱きしめていれば寝相も治るのではないか、と。
 それはたいそういい考えのように思えた。
 じきに別荘に行くのだ。久しぶりのベッドから落っこちては、さすがに可哀想だ。

 まぁ、別荘は涼しいから、暑くて転がることはないかもしれないが。可能性はゼロではないだろう?
 銀司に言わせれば「単に翠子さんを閉じ込めたいだけですよね」だろうが。
 それの何が悪い。

 翠子さんを閉じ込めたいし、あれこれしたいし、俺だけを見つめていてほしい。
 そういう欲望を力づくで押さえこんでいるというのに。人の苦労も知らずに、銀司はすぐに人を「変態」だの「サディスト」だのと罵る。
 
 ん? もしかして普通はそういうことを考えないものなのか?
 ちなみに銀司も翠子さんも誤解しているようだが。俺は彼女を縛り上げる趣味はない。
 たぶん信じてもらえないだろうけど。

 いや、縛るのが好きだったら、もっと熱心に技術や技法を勉強するだろ。などと言ったら、きっと銀司も翠子さんも引くのだろうな。
 
 俺ができるのは、眠っている翠子さんを腕の中に閉じ込めることくらいだ。

 くっつけて敷いた布団に翠子さんを横たえて、彼女の肩から背中にかけて、腕をまわす。
 目を覚ましたエリスは、ちょうど俺と翠子さんの間にすっぽりと収まった。石鹸のいい香りと、少し湿り気の残る髪。
 
 規則正しい翠子さんの静かな寝息を聞いていると、俺も自然と睡魔に襲われた。
 どれほど時間が経ったのか分からないが。
 するりと動く気配で、俺は目を覚ました。

 翠子さんの体に腕をまわしているから、今夜は蚊帳に絡まることなく、静かに眠っている。
 なるほど、これからずっと抱きしめて眠れば、寝相はいいわけだな。

 そんなことをぼんやりと考えていると、蚊帳越しに見える庭へと、エリスが下りていくのが見えた。
 縁側から尻尾を揺らしながら、ぴょんと跳んで下りる。
 こんな夜中に鳥がいるわけでもあるまいに……そう思いながら、俺は再び眠りに落ちた。

 俺と翠子さんの体の間に、エリスがいた空間が空いている。
 それを少し涼しく感じたが。しばらくするとエリスは元の場所にすっぽりと収まった。
 なぜか彼女からは湿った土の匂いがした。
 その理由がわかったのは、朝になってからだった。
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