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六章

3、会いたい

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 信じられない。
 二つ並んで敷かれた布団を見て、螢はめまいを覚えた。

「あなた、新婚よね」
「そうですよ。婚姻届けを出して、三か月ですね」

 しれっと春見は答える。

「夫は妾の部屋で寝て、妻は恋人と外泊って。普通じゃないわよね。わたしが山暮らしをしている間に、常識が変わったわけじゃないわよね」

「他家のことは知りませんが。京香はぼくとの婚約中も、恋人と別れませんでしたし。黒羽の父に関しては、螢さんもご存じのとおりですよ」

 だめだ。話が通じない。
 螢は自分用の布団を、部屋の端まで引っ張った。

「何を今さら。これまで疫神と寝ていたのでしょう?」
「妙なことを言わないで」
「どんなことをされたんです? 彼は螢さんに無理強いをしたのでしょう」

「そんなこと、されてない」
「では、優しかったのですか? どんなふうに触れられたんです?」

 執拗に説明を求められて、螢はうんざりと首を振った。


「空蝉は、何もしなかったわ」

 断言するには、語弊があるけれど。空蝉にとっての螢は、あくまでも食糧で。
 食べるために体に触れられることや、くちづけられることはあっても、体を重ねたことはない。

(まぁ、人が卵を産む鶏を襲わないのと同じよね)

 自分の考えに、地味にへこんでしまう。

 空蝉を助けたいのは、単に彼の空腹を満たしてあげたいからなのか。

 躑躅つつじをくれた彼のことを好きだと思う。
 枯れると分かっていても、螢を慰めるために花を摘んでくれた。そんな空蝉のことを考えると、心が温かいような切ないような不思議な心地になるのだ。

 空蝉に抱きしめられたい。首に顔を埋めてもらいたい。

(わ、わたしったら、何てことを)

 破廉恥はれんちな考えに、頬が熱くなる。

「螢さん。まさか……経験ないのですか?」
「は?」

 経験って、もしかしてそういうこと?

「それは、どうしたものか。嬉しいような、困ったような」

 腕を組んだ春見は、うーんと唸る。

「いえ、抱かれ慣れていると思ったものですから。妾になれと提案したのですが。そうですか、本当に身も心もあの頃のままなのですね。ならば扱いを改めた方がよさそうです」

「意味深な言い方をしないで」
「……正直、面白くなくもあるんですよ」

 せっかく離した布団を、春見は元の位置に戻してしまった。

 この家の主が、奥座敷とは名ばかりの座敷牢で眠ってどうするのと言いたいけれど。
 たぶん、抗議しても無意味なのだろう。

「疫神は、螢さんのことをとても大事にしているんですね」
「だって……」

 餌だもの。

「余計に螢さんを奪いたくなりましたし、あいつを滅茶苦茶にしたくなりました」

 れんげ畑で蜂を踏みつぶした春見を思いだし、螢はぞっとした。


 雨音を聞きながら、春見と布団を並べて眠った。
 襲われるのではないかと、螢はびくびくしていた。

「手をつないでもいいですか?」
「手って!」

 慌てて声が上ずってしまう。
 もし力ずくで来られたら、抵抗できるだろうか。隣にいる春見は、かつてのひ弱な少年ではない。

 たとえ跳ねのけることができたとしても、縁側の向こうには格子がある。
 母屋へと向かう扉は鍵がかかっていて、外へ出ることもできない。
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