3 / 103
一章
3、地主の息子【1】
しおりを挟む
客間で、その少年は布団に寝かせられた。
名前は「高瀬欧之丞」と名乗った。
その名を聞いた父さんは「地主の高瀬の息子か」と苦々しく呟いた。
父さんと母さんが席を外して、廊下でしゃべっとう。
声を潜めとうけど、父さんの声は基本的にでかいから。切れ切れに聞こえてくる。
「あそこの夫婦はええ噂を聞かへんな。あんなに広い家やのに、中から『ごめんなさい。ゆるしてください』って子どもの泣き声が聞こえるって言われとったけど。最近は泣き声もなかったらしいが」
そこで父さんは、一度言葉を切った。
「ちゃうな。泣くだけの元気もなかったんやな」
「そんな……」
悲痛そうな母さんの声。
ぼくは、苦しそうに眉を寄せて眠る少年、欧之丞を眺めとった。
何かを求めて、欧之丞が手を伸ばす。肉なんかついてへん、細い手や。
もしかしたら母さんの手を求めとんやろか。欧之丞自身の母親やのうて、ぼくの母さんの手を。
「どうしよ。母さんは父さんと話しとんや。もうすぐ医者が来てくれるからな」
「……だれ?」
「お医者さんは、若先生って呼ばれとう先生やで」
「おにいちゃん、だれ?」
かすれた声で欧之丞が尋ねてくる。おにいちゃんって、ぼくのこと?
え、ええ? なんて答えたらええん?
ぼくには弟も友達もおらへん。尋常小學校に上がってうまくやれるやろかと、周りが心配するくらい。同じ年頃の子どものことを知らん。
けど、この子は……全然知らん家で、ぼくに話しかけてきとんや。ちゃんと答えたらなあかん。
「ぼ、ぼくは琥太郎やで。三條琥太郎っていうんや」
「こらろう?」
「ちゃう、こたろうや」
「こたろうおにいちゃん?」
ほわっと欧之丞が微笑みを浮かべた。でも、すぐ痛そうに眉根を寄せる。
うわっ。うわわぁっ。
自分の胸の中に芽生えた気持ちが、なんなのか子どものぼくには分からんかった。
もぞもぞして、でも温かくて。せやのに、傷だらけの欧之丞を見ていたら泣きたい気分になるんや。
後になって母さんが「琥太郎さんは、欧之丞さんを守りたいって思ったのよ。血は繋がっていなくても、それがお兄ちゃんになるということかもしれないわね」と言うとった。
若先生(というても、ぼくから見たら大人やねんけど)に手当てしてもろて、しばらく欧之丞をうちで預かることになった。
夕方に、高瀬家の使用人という女性がやって来て、父さんにえらい頭を下げとった。
清さんというその人は、父さんの顔見知りらしいけど。
なんで親が来ぉへんのやろ、と思て、いや、来る訳あらへんよなと自分の考えを否定した。
「坊ちゃん。清ですよ、分かりますか?」
「……うん」
そっと差し出した清さんの手に、欧之丞は指を添えた。
握りしめるわけでもなく、でも離すわけでもない。
仲はよさそうやのに、仲よなりすぎたらあかん感じがするのは、もしかしたら使用人の立場やと欧之丞を守ってあげられへんからやろか。
清さんは、何度も父さんと母さんに「坊ちゃんをお願いします。厚かましいお願いですが、どうか安らかに眠れる夜を坊ちゃんに与えてあげてください」と頭を下げた。
そうか。使用人が坊ちゃんを自分の家で預かるのは難しいけど。ヤクザが地主の子を預かるんやったら、親が怒鳴り込んでくることもないんか。
名前は「高瀬欧之丞」と名乗った。
その名を聞いた父さんは「地主の高瀬の息子か」と苦々しく呟いた。
父さんと母さんが席を外して、廊下でしゃべっとう。
声を潜めとうけど、父さんの声は基本的にでかいから。切れ切れに聞こえてくる。
「あそこの夫婦はええ噂を聞かへんな。あんなに広い家やのに、中から『ごめんなさい。ゆるしてください』って子どもの泣き声が聞こえるって言われとったけど。最近は泣き声もなかったらしいが」
そこで父さんは、一度言葉を切った。
「ちゃうな。泣くだけの元気もなかったんやな」
「そんな……」
悲痛そうな母さんの声。
ぼくは、苦しそうに眉を寄せて眠る少年、欧之丞を眺めとった。
何かを求めて、欧之丞が手を伸ばす。肉なんかついてへん、細い手や。
もしかしたら母さんの手を求めとんやろか。欧之丞自身の母親やのうて、ぼくの母さんの手を。
「どうしよ。母さんは父さんと話しとんや。もうすぐ医者が来てくれるからな」
「……だれ?」
「お医者さんは、若先生って呼ばれとう先生やで」
「おにいちゃん、だれ?」
かすれた声で欧之丞が尋ねてくる。おにいちゃんって、ぼくのこと?
え、ええ? なんて答えたらええん?
ぼくには弟も友達もおらへん。尋常小學校に上がってうまくやれるやろかと、周りが心配するくらい。同じ年頃の子どものことを知らん。
けど、この子は……全然知らん家で、ぼくに話しかけてきとんや。ちゃんと答えたらなあかん。
「ぼ、ぼくは琥太郎やで。三條琥太郎っていうんや」
「こらろう?」
「ちゃう、こたろうや」
「こたろうおにいちゃん?」
ほわっと欧之丞が微笑みを浮かべた。でも、すぐ痛そうに眉根を寄せる。
うわっ。うわわぁっ。
自分の胸の中に芽生えた気持ちが、なんなのか子どものぼくには分からんかった。
もぞもぞして、でも温かくて。せやのに、傷だらけの欧之丞を見ていたら泣きたい気分になるんや。
後になって母さんが「琥太郎さんは、欧之丞さんを守りたいって思ったのよ。血は繋がっていなくても、それがお兄ちゃんになるということかもしれないわね」と言うとった。
若先生(というても、ぼくから見たら大人やねんけど)に手当てしてもろて、しばらく欧之丞をうちで預かることになった。
夕方に、高瀬家の使用人という女性がやって来て、父さんにえらい頭を下げとった。
清さんというその人は、父さんの顔見知りらしいけど。
なんで親が来ぉへんのやろ、と思て、いや、来る訳あらへんよなと自分の考えを否定した。
「坊ちゃん。清ですよ、分かりますか?」
「……うん」
そっと差し出した清さんの手に、欧之丞は指を添えた。
握りしめるわけでもなく、でも離すわけでもない。
仲はよさそうやのに、仲よなりすぎたらあかん感じがするのは、もしかしたら使用人の立場やと欧之丞を守ってあげられへんからやろか。
清さんは、何度も父さんと母さんに「坊ちゃんをお願いします。厚かましいお願いですが、どうか安らかに眠れる夜を坊ちゃんに与えてあげてください」と頭を下げた。
そうか。使用人が坊ちゃんを自分の家で預かるのは難しいけど。ヤクザが地主の子を預かるんやったら、親が怒鳴り込んでくることもないんか。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
お隣さんはヤのつくご職業
古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。
残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。
元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。
……え、ちゃんとしたもん食え?
ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!!
ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ
建築基準法と物理法則なんて知りません
登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。
2020/5/26 完結
叱られた冷淡御曹司は甘々御曹司へと成長する
花里 美佐
恋愛
冷淡財閥御曹司VS失業中の華道家
結婚に興味のない財閥御曹司は見合いを断り続けてきた。ある日、祖母の師匠である華道家の孫娘を紹介された。面と向かって彼の失礼な態度を指摘した彼女に興味を抱いた彼は、自分の財閥で花を活ける仕事を紹介する。
愛を知った財閥御曹司は彼女のために冷淡さをかなぐり捨て、甘く変貌していく。
虚弱なヤクザの駆け込み寺
菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。
「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」
「脅してる場合ですか?」
ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。
※なろう、カクヨムでも投稿
お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。
「だって顔に大きな傷があるんだもん!」
体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。
実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。
寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。
スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。
※フィクションです。
※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる