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一章
5、あ、懐いてくれた【1】
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欧之丞の背中の傷は酷く、なかなか血が止まらんかった。
ぼくと母さんは恐ろしさのあまり、部屋の中に入られへんかったんやけど。
若先生が、その日の内にまたやって来て、欧之丞の背中を縫うたんや。
「か、母さん。縫うって、針と糸で縫うん?」
「そうなのかしら。わたしも経験がないの。でも、蒼一郎さんも傷を縫ったことがおありなのよ」
「痛いんとちゃうん?」
「それは痛いと思うわ」
ぼくと母さんは互いに抱き合いながら、襖の隙間から部屋を覗く。お行儀悪いんやけど。
うつ伏せになって、寝間着を脱がされた欧之丞。
若先生が手を動かして。ううっ、あれ傷を縫うてるんや。それを心配そうに眉根を寄せた父さんが見つめてる。
消毒薬の匂いが廊下にまで漂ってくる。
ぼくのそばに顔を寄せとった母さんが、急に消えた。
ちゃう。倒れたんや。
「うわー、母さん」
ぼくは欧之丞や父さんらに聞こえんように、小声で叫んだ。
急いで自分の部屋から毛布を持ってきて。あ、枕も必要や。廊下で倒れ込んだ母さんに毛布をかぶせる。
「琥太郎。なにしとん」
「う、ううん。なんでもあらへんよ」
倒れとう母さんを、父さんから隠そうとしたけど。小さい体ではそれもできへん。
「うわーっ! 絲さんっ。どないしたんや」
大声で叫ぶ父さんを「うるさいですよ、静かにしてください」と若先生が叱りつけた。
ああ、せやから父さんにばれんようにしとったのに。
父さんは、母さんのことに関してはぼくよりも取り乱すから。
欧之丞はと見ると、目を丸くしてこっちを眺めとう。
ああ、なんか恥ずかしい。
うちの父さんは、外でも組員の前でも厳めしいし、黙っとったら怖いのに。
母さんとぼくには甘々やねん。
欧之丞の唇がゆっくりと動くんが見えた。
背中を縫われて痛いやろに。その口は「いいなぁ」と、動いたのが分かったんや。
欧之丞、寂しいんや。
痛いし、知らん家に一人で預けられとうし。そら、そうやんな。
どうしよう……ぼくが何とかしたらんと。
どうしたったら、欧之丞は寂しなくなるんやろ。
あ、そうや。
ぼくは父さんの羽織の袖を引っ張った。
「父さん。ぼくな、今日は欧之丞と一緒に寝る」
「ん? 傷の具合が心配やから、父さんが側で寝るで? 琥太郎は絲さんと一緒に寝たらええやん」
「ううん。ぼくは『お兄ちゃん』なんやから、任せて。なんかあったら、すぐに呼びに行くから」
父さんは母さんを抱き上げた状態で「んー」と唸った。
「夜は廊下が暗いで。父さんらの部屋に一人で来られるか?」
「平気っ」
ほんまは怖いけど。時々、猫が入り込んで。真っ暗な中でするりと尻尾をぼくの足に絡ませるから、悲鳴を上げて父さんの布団に潜り込むんやけど。
でも、それは過去のぼくや。
今日から、ぼくは「琥太郎お兄ちゃん」になってん。欧之丞がそう呼んだんやから。
お兄ちゃんはしっかりせな、あかんのやろ。
そう。小さい子を守ったるんや。
◇◇◇
ぼくは欧之丞が寝とう客間に布団を持ち込んだ。
正確には、波多野が布団を運んで敷いてくれたんやけど。
で、ぼくはというと本棚から本を選んだ。
貸本屋で借りてきた本は難しいし。童話とかの絵本もどうかと思うし。
結局、植物の図鑑にした。すごい古い本やけど、色鮮やかな花や草や木が描かれとう『本草圖譜』とかいう本や。
ぼくと母さんは恐ろしさのあまり、部屋の中に入られへんかったんやけど。
若先生が、その日の内にまたやって来て、欧之丞の背中を縫うたんや。
「か、母さん。縫うって、針と糸で縫うん?」
「そうなのかしら。わたしも経験がないの。でも、蒼一郎さんも傷を縫ったことがおありなのよ」
「痛いんとちゃうん?」
「それは痛いと思うわ」
ぼくと母さんは互いに抱き合いながら、襖の隙間から部屋を覗く。お行儀悪いんやけど。
うつ伏せになって、寝間着を脱がされた欧之丞。
若先生が手を動かして。ううっ、あれ傷を縫うてるんや。それを心配そうに眉根を寄せた父さんが見つめてる。
消毒薬の匂いが廊下にまで漂ってくる。
ぼくのそばに顔を寄せとった母さんが、急に消えた。
ちゃう。倒れたんや。
「うわー、母さん」
ぼくは欧之丞や父さんらに聞こえんように、小声で叫んだ。
急いで自分の部屋から毛布を持ってきて。あ、枕も必要や。廊下で倒れ込んだ母さんに毛布をかぶせる。
「琥太郎。なにしとん」
「う、ううん。なんでもあらへんよ」
倒れとう母さんを、父さんから隠そうとしたけど。小さい体ではそれもできへん。
「うわーっ! 絲さんっ。どないしたんや」
大声で叫ぶ父さんを「うるさいですよ、静かにしてください」と若先生が叱りつけた。
ああ、せやから父さんにばれんようにしとったのに。
父さんは、母さんのことに関してはぼくよりも取り乱すから。
欧之丞はと見ると、目を丸くしてこっちを眺めとう。
ああ、なんか恥ずかしい。
うちの父さんは、外でも組員の前でも厳めしいし、黙っとったら怖いのに。
母さんとぼくには甘々やねん。
欧之丞の唇がゆっくりと動くんが見えた。
背中を縫われて痛いやろに。その口は「いいなぁ」と、動いたのが分かったんや。
欧之丞、寂しいんや。
痛いし、知らん家に一人で預けられとうし。そら、そうやんな。
どうしよう……ぼくが何とかしたらんと。
どうしたったら、欧之丞は寂しなくなるんやろ。
あ、そうや。
ぼくは父さんの羽織の袖を引っ張った。
「父さん。ぼくな、今日は欧之丞と一緒に寝る」
「ん? 傷の具合が心配やから、父さんが側で寝るで? 琥太郎は絲さんと一緒に寝たらええやん」
「ううん。ぼくは『お兄ちゃん』なんやから、任せて。なんかあったら、すぐに呼びに行くから」
父さんは母さんを抱き上げた状態で「んー」と唸った。
「夜は廊下が暗いで。父さんらの部屋に一人で来られるか?」
「平気っ」
ほんまは怖いけど。時々、猫が入り込んで。真っ暗な中でするりと尻尾をぼくの足に絡ませるから、悲鳴を上げて父さんの布団に潜り込むんやけど。
でも、それは過去のぼくや。
今日から、ぼくは「琥太郎お兄ちゃん」になってん。欧之丞がそう呼んだんやから。
お兄ちゃんはしっかりせな、あかんのやろ。
そう。小さい子を守ったるんや。
◇◇◇
ぼくは欧之丞が寝とう客間に布団を持ち込んだ。
正確には、波多野が布団を運んで敷いてくれたんやけど。
で、ぼくはというと本棚から本を選んだ。
貸本屋で借りてきた本は難しいし。童話とかの絵本もどうかと思うし。
結局、植物の図鑑にした。すごい古い本やけど、色鮮やかな花や草や木が描かれとう『本草圖譜』とかいう本や。
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