琥太郎と欧之丞・一年早く生まれたからお兄ちゃんとか照れるやん

真風月花

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二章

1、雨の日【1】

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 欧之丞は、なかなか布団から出ることができへんかった。
 静かに降る雨。
 部屋の中まで湿っぽくて、いやになる。

 ぱちん、ぱちんと波多野が花の茎を切っている。
 くるくると巻いた蔓に、ぼうっとした白い花。ぼくは『本草圖譜ほんぞうずふ』をめくって、その花を探した。

「『ゆふがほ』」

 んー? あれかな。かんぴょうになるやつ。それか『源氏物語』に出てくるのん。
 あれ? 『源氏物語』の夕顔って、すっごいはかない話とちゃうかったっけ。
 かんぴょうなん? あの話。

「こたにい。むずかしい顔してる」
「目ぇ覚めたんか、欧之丞」

 ぼくの方をじっと見て、欧之丞がうなずいた。
 欧之丞が床について何日目やろ。もう十日以上経っている。

 そのほとんどを、うとうとと浅い眠りの中で過ごし。時折、びくっと震えて悲鳴を上げる。

 父さんと母さん、それに波多野まで飛んでくる。
 それは昼間でも夜中でも、構わずにやった。

 ぼくはずっと欧之丞と同じ部屋に居るけど。寝る時は布団を並べて、手をつないどうけど。
 悲鳴を上げないまでも、眠ったままで欧之丞はぼくの手をぎゅーっと握りしめることがあった。

ぼん。起きたんやったら、お菓子を持ってきましょか」
「うん。ありがとう」

 少しだけ顔を上げて、欧之丞は波多野に微笑んで見せた。
 ぼくら親子と一緒で、波多野も欧之丞のことをえらい気に入っとう。

 せやな、分かるわ。
 あんなに薄暗くて、空気がよどんでるような家におったのに。親に殺されそうな暮らしをしとったのに。

 それでも欧之丞は、光の方を向いとんや。
 まっすぐで、小さいのに力強くて。なんでそんな子を嫌いになる人がおるんか、分からへん。

 
「そういえば欧之丞。なんか困った事とかないか?」
「……こまったこと」

 珍しく欧之丞が口ごもった。
 
「なんやなんや、遠慮なんかして。自分らしくないやん」
「むーっ。俺かってえんりょするもんっ」

 言葉に力がこもっているのが分かり、ああ、ちょっと元気になったんやなとぼくは安心した。

「欧之丞が遠慮するから、雨が降るんやで」
「ちがうもん。こたにいのせいで雨がふるんだ」

「うるさいなー」「そっちこそ」「弟なんやから、謝りぃや」「ぜーったいいやや」
 そんな聞くに堪えない口げんかをする。
 そして、互いに「ふんだ」「ぼくもう知らんし」と背中を向け合うんや。

 背中合わせに膝を抱えて座りながらも、ぼくの頬はゆるんどった。

 うれしいなぁ。口げんかできるほどに元気になってくれて。
 まぁ、欧之丞には教えへんけど。

「こたにい」

 ふいに、ぼくのシャツの袖を欧之丞が引っ張った。
 顔はぼくとは反対の縁側の方を向いている。

「……俺のこときらいになった?」
「へ? なんで」
「だって、いじわるを言ったから」

 肩越しに振り返ってみると、欧之丞はしゅんとうなだれている。

「うわっ、かわいいな。えらい素直やん」

 ぼくは欧之丞の黒髪を、わしゃわしゃと撫でた。欧之丞はというと、きまり悪そうに口を尖らせつつ「ごめんなさい」と呟いた。

 ぼくも欧之丞も一人っ子やから。兄弟げんかっていうのに慣れてなくて。割とすぐに仲直りした。
 どこまでけんかしてええんか、よう分からへんねん。

「もう仲直りしたの? 波多野さんが心配していましたよ」

 お菓子を持ってきてくれたんは母さんやった。
 ぼくのために琥珀羹。外がしゃりっとして、でも中は柔らかい寒天のお菓子。
 欧之丞にはところてんやった。
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