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三章
9、夕暮れの追跡【3】
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ヴォォォーという声が、重なり合ってあっちからもこっちからも聞こえる。
しかもそれだけやのうて、普通の蛙が軽やかに鳴く声も聞こえるから。
ぼくは思わず波多野の着流しをぎゅっと掴んだ。
「琥太郎坊ちゃん。手をお繋ぎしましょうか?」
「平気やもん。別に怖いわけやないもん」
それでも手を離さへんぼくを見て、波多野が微笑んだのが分かった。
大人やなぁ。
ぼくやったら「ふーんだ、怖いくせして」ってからかってしまいそうや。
けど、ほんまに怖いわけやない。不気味なだけやねん。
ほら、こういうのってお化けが怖いのとは全然別やん?
空はまだ宵の薄明りを残しとうけど、小川沿いは草むらが鬱蒼としとうから、結構暗い。
藻みたいな水の匂いと、草の匂いが一層濃くなる。
その中で、母さんの姿がぼんやりと白く見えた。
何事かを父さんと話し合って。それからしゃがみこんで、欧之丞ともなんか会話しとう。
なんやろ。やっぱりウシガエルなんやろか。
それやったら母さんが止めるから大丈夫やんな。
じーっと暗がりに目を凝らしとったら、父さんが欧之丞を抱っこした。
欧之丞は腰の辺りを父さんに支えられて、なんかひょろっとした木に手を伸ばしてる。
なんやろ。虫やろか。
◇◇◇
「こたにいっ」
父さんの抱っこから地面に降りた欧之丞が、ぼくに向かって走ってくる。
右手を掲げて、何かを掴んでるのは分かるんやけど。
それが何か分からんだけに怖い。
「琥太郎坊ちゃん。逃げたら駄目ですよ」
「わ、分かっとうもん」
「さすがですね。もし逃げたりしたら、欧之丞坊ちゃんの信頼を損ないますよ」
ううっ。ぼくは波多野と手をぎゅっとつないだまま、欧之丞がここまで来るのを待った。
平気、平気や。
だって母さんは卒倒してへんかったもん。
せやから虫やとしても、ゴキブリほど怖ないはずや。
「こたにい。見てー。とれたー」
欧之丞の指の間から見えるのは、鮮やかな橙色やった。
あれ? もしかして烏瓜の実とちゃう?
え? なんで?
ぼくは多分、ぽかんとして口を開いとったと思う。
欧之丞は烏瓜の実がきれいから、取ってみたかったんやろか。部屋に飾りたかったんやろか。
じゃあなんで内緒にしたん?
走ってくる欧之丞がつまずきそうになると、母さんが慌てて駆けだす。
うん、走らん方がええと思う。とくに母さんは。
欧之丞やったらつまずいても立て直せるやろけど、母さんはきっとそのまま転ぶか、或いは父さんに腕を掴まれるかのどっちかやから。
「絲おばさんが『持って帰ってもいいですよ』って、言ってくれた」
ぼくはその言葉の続きを待った。
青くさい草や葉の匂いをまとって、欧之丞がぼくの元までたどりついた。
「だから、俺、たべるんだー」
「え?」
声を上げたのは、母さんやった。
「ちょっと待ってください。欧之丞さん。持って帰るのは聞きましたけど、食べるのは聞いてないわ」
「うん。言ってない」
欧之丞はけろりとして答える。
ははーん。こいつ、知恵が回るようになったな。持って帰っていいと言う母さんの許可を得てから、食べるのを明かすとは。
「そんなんおいしないと思うで」
「それは食べてみないと、分からないから」
探求心が旺盛やなぁ。ぼくが本の上でいろいろ知るのを好きやとしたら、欧之丞は実地で試してみたいんやな。
「まずいと思うで。カラスの食べ物か、カラスも食べへんかもしれへんやん」
「こたにいも食べたい?」
誰もそんなこと言うてへん。
しかもそれだけやのうて、普通の蛙が軽やかに鳴く声も聞こえるから。
ぼくは思わず波多野の着流しをぎゅっと掴んだ。
「琥太郎坊ちゃん。手をお繋ぎしましょうか?」
「平気やもん。別に怖いわけやないもん」
それでも手を離さへんぼくを見て、波多野が微笑んだのが分かった。
大人やなぁ。
ぼくやったら「ふーんだ、怖いくせして」ってからかってしまいそうや。
けど、ほんまに怖いわけやない。不気味なだけやねん。
ほら、こういうのってお化けが怖いのとは全然別やん?
空はまだ宵の薄明りを残しとうけど、小川沿いは草むらが鬱蒼としとうから、結構暗い。
藻みたいな水の匂いと、草の匂いが一層濃くなる。
その中で、母さんの姿がぼんやりと白く見えた。
何事かを父さんと話し合って。それからしゃがみこんで、欧之丞ともなんか会話しとう。
なんやろ。やっぱりウシガエルなんやろか。
それやったら母さんが止めるから大丈夫やんな。
じーっと暗がりに目を凝らしとったら、父さんが欧之丞を抱っこした。
欧之丞は腰の辺りを父さんに支えられて、なんかひょろっとした木に手を伸ばしてる。
なんやろ。虫やろか。
◇◇◇
「こたにいっ」
父さんの抱っこから地面に降りた欧之丞が、ぼくに向かって走ってくる。
右手を掲げて、何かを掴んでるのは分かるんやけど。
それが何か分からんだけに怖い。
「琥太郎坊ちゃん。逃げたら駄目ですよ」
「わ、分かっとうもん」
「さすがですね。もし逃げたりしたら、欧之丞坊ちゃんの信頼を損ないますよ」
ううっ。ぼくは波多野と手をぎゅっとつないだまま、欧之丞がここまで来るのを待った。
平気、平気や。
だって母さんは卒倒してへんかったもん。
せやから虫やとしても、ゴキブリほど怖ないはずや。
「こたにい。見てー。とれたー」
欧之丞の指の間から見えるのは、鮮やかな橙色やった。
あれ? もしかして烏瓜の実とちゃう?
え? なんで?
ぼくは多分、ぽかんとして口を開いとったと思う。
欧之丞は烏瓜の実がきれいから、取ってみたかったんやろか。部屋に飾りたかったんやろか。
じゃあなんで内緒にしたん?
走ってくる欧之丞がつまずきそうになると、母さんが慌てて駆けだす。
うん、走らん方がええと思う。とくに母さんは。
欧之丞やったらつまずいても立て直せるやろけど、母さんはきっとそのまま転ぶか、或いは父さんに腕を掴まれるかのどっちかやから。
「絲おばさんが『持って帰ってもいいですよ』って、言ってくれた」
ぼくはその言葉の続きを待った。
青くさい草や葉の匂いをまとって、欧之丞がぼくの元までたどりついた。
「だから、俺、たべるんだー」
「え?」
声を上げたのは、母さんやった。
「ちょっと待ってください。欧之丞さん。持って帰るのは聞きましたけど、食べるのは聞いてないわ」
「うん。言ってない」
欧之丞はけろりとして答える。
ははーん。こいつ、知恵が回るようになったな。持って帰っていいと言う母さんの許可を得てから、食べるのを明かすとは。
「そんなんおいしないと思うで」
「それは食べてみないと、分からないから」
探求心が旺盛やなぁ。ぼくが本の上でいろいろ知るのを好きやとしたら、欧之丞は実地で試してみたいんやな。
「まずいと思うで。カラスの食べ物か、カラスも食べへんかもしれへんやん」
「こたにいも食べたい?」
誰もそんなこと言うてへん。
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