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三章

11、まだ帰り道やのに

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「烏瓜の燈灯ランプかぁ、作ってみよかな」

 父さんは呑気そうに、そう言うた。
 
「でも、こんな小さい実に蝋燭入れるん難しない?」
「そうですね。持ち手も熱くなりますし、そもそも短い蝋燭だとすぐに消えますね」

 ぼくと母さんの言葉に、父さんは「せやなぁ」とうなずいた。

「けど、幻想的でええと思うねんけど。それこそ星明かりや月明りを手に持ったみたいに思えるやん?」
「蒼一郎さんは風流ですね」

 母さんの褒め言葉に、やっぱり父さんは照れてる。
「いやぁ……別に」とか「絲さんは、おだてるんが上手いなぁ」とか言ってるけど、顔がすっごい嬉しそうやねん。

 そうか、短歌を詠む趣味があるいうても。すぐに母さんが褒めるから、それで恥ずかしくてあんまり表に出さへんのや。

 父さん、もしかして恥ずかしがりなん?
 むしろ母さんの方が、恥ずかしがりとちがうん?

「琥太郎らはああ言うとうけど、欧之丞は燈灯にするんはどう思う?」

 返事はない。
 なぜか欧之丞は道の真ん中でぼうっと立ち尽くしていた。

「欧之丞、どないしたん?」

 ぼくが尋ねても、やっぱり反応がない。うなだれたままや。
 おかしい。急に具合でも悪なったんやろか。
 
「大丈夫? しんどいん?」

 細くて小さい肩に手をかけた時。欧之丞はその場に崩れるようにしゃがみこんだ。

「あーあ、土で汚れてまうで」

 欧之丞が地面で顔を打つ前に、父さんが抱き上げる。
 ぐったりとした様子やのに、なんで焦ってへんの?

 見れば、波多野は微笑んでる。
 ちょっと待ってよ。焦ってんのぼくと母さんだけ?

かしら。私が欧之丞坊ちゃんを抱っこしましょか」
「いや、ええ。俺が抱っこして帰るわ」

 ぼくに烏瓜を預けると、父さんは欧之丞を抱き上げたまま歩きだした。
 母さんは「大丈夫ですか? どうしたのかしら」と不安そうや。

 烏瓜の青くさい匂いが手につきそうやけど。でも、欧之丞がぼくに内緒にしてまで欲しがったもんやから。ぼくは我慢して、橙色の卵型の実を両手で抱えた。

「欧之丞、寝てしもた」
「え? 歩きながらですか?」
「正確には、立ったままやな」

 母さんは心配そうに欧之丞の顔を覗きこんだけど、規則正しい寝息が聞こえて、ほっと息をついた。
 歩きながら、というか立ったまま寝れるもんなん?

「琥太郎さんが、こんな風に体力の限界まで動く子ではないですから。驚きました」
「ぼくのことは引き合いに出さんといてよ」

 まぁ、母さんの言う通りやけど。

 家に帰った時は、辺りがとっぷりと暮れとった。
 夕暮れの名残はもうどこにもなく、天の川が海の方へと伸びとった。

 あれ、全部星やねんなぁ。あんな小さい宝石を砂粒にしたようなんが、ひとつひとつ大きい星とか信じられへん。

 ぼくがおる地球も、どっかの星に住んどう誰かが遠くから見てるかもしれへん。
 遥かな果てのないどっかの星からは、どう見えるんやろ。
 やっぱり宝石の粒みたいに見えるんかなぁ。

 結局、部屋に戻っても欧之丞は目を覚まさんかった。
 お風呂に入った方がええんやろけど、起きそうにもない。
 仕方ないから、欧之丞の枕元に烏瓜を並べて置いてやる。
 それは、とてつもなく奇妙な光景やった。

「朝起きたら、烏瓜を飾るんかな? 生け花やったら、波多野に頼んだらきれいに生けてくれると思うけど」

「それならいいんですけど」

 なんでか母さんは欧之丞に夏布団をかけてやりながら、苦笑した。
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