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三章
13、水墨画とちがうん?【2】
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「安心し。琥太郎やったら、紋々なんかのうても相手を黙らせることができるやろ。恐ろしさで威圧するんやのうて、琥太郎は知識や教養で相手を翻弄したったらええんや」
父さんの言葉は難しい。
理解できへんぼくのために、父さんは「せやなぁ」と言葉を続けた。
「普段は穏やかでにこにこしとう人がおって、その人が急に仏頂面になったとするで」
「うん」
「そしたら相手は『どないしたんやろ。怒らせてしもたんかな』っておどおどするやん。そしたらもう相手の心を操ったことになるんや。機嫌を取ってきたり、下手に出たり。そこで交渉したらええんやで。こっちの意見が通りやすなるわ」
淡々と父さんは話すけど。なんか、怖いことを言うてる気がした。
確かに父さんは、他の組員みたいに凄んでみせたり、脅したりせぇへん。怒鳴ることもない。
穏やかで、母さんに対してはにこにこしとうのに。組員だけやのうて、よその人も父さんのことを恐れとう……というか一目置いとう。
地域のもめごとを解決するからかな、と思うたけど。人の心を操ってもおるんやな。
「ぼく、父さんのことがちょっと怖いかも」
「なんでー、そんな寂しいこと言わんといて」
父さんにぎゅっと抱きしめられて、頬をすりすりされた。
せやから、嫌やねんって。
ぼくは猫が脚をつっぱるように、父さんの顔を手で押しのけた。
もちろん、全然力では敵わへんかったけど。
とりあえず、刺青は入れんでええみたいやから安心した。
決めた。ぼくは「ほんろー」されるんやのうて、相手を「ほんろー」する人になろ。
「琥太郎。髪の毛、洗たるわ」
「え? 自分で洗える」
普段は欧之丞と一緒にお風呂に入っとうから、むしろぼくが欧之丞の髪を洗ってあげるくらいやのに。
父さんは先に湯船から上がって、そのせいで急にお湯の量が減った。
「ほら、早よおいで」
髪洗い粉をお湯で溶いて泡立てながら、父さんがぼくを呼ぶ。
うっ。いややなぁ。乱暴そうなんやもん。
木の小さい椅子に座ったぼくの頭に、こんもりと泡が載せられる。
「くる……きっとくるで」とぼくは覚悟した。
きたっ。
わしわし、がしがしと強い力で洗われて、頭が振り回される。
「と、父さん。ちょっと待って」
「ん? どっか痒いとこがあるんか?」
「ちゃう。そうやない、力が強すぎるんや」と言いたいのに。口を開けたら泡が口に入ってくるから、それを言われへん。
「あ。ごめん、ごめん。つい自分の髪を洗う時の感覚やったわ」
ふいに気づいた様子で、父さんが手を止めてくれた。
あー、ほっとした。首がもげるかと思たわ。
「絲さんの髪を洗う時みたいにしたら、ええんやな」
今度はびっくりするくらい、優しい手つきやった。ぼくの細い髪が絡まんように、確認しながら洗ってる。
「父さん。母さんの髪を洗うことあるん?」
「あるでー。上手やろ」
「う、うん」
変や。母さんは、父さんの子どもやないのに。なんで髪を洗てもらうんやろ。
「もしかして。母さんは髪を洗うの下手なん?」
「いや、そんなことないと思うで」
「じゃあ、なんでなん?」
ぼくは重ねて問いかけた。
父さんの言葉は難しい。
理解できへんぼくのために、父さんは「せやなぁ」と言葉を続けた。
「普段は穏やかでにこにこしとう人がおって、その人が急に仏頂面になったとするで」
「うん」
「そしたら相手は『どないしたんやろ。怒らせてしもたんかな』っておどおどするやん。そしたらもう相手の心を操ったことになるんや。機嫌を取ってきたり、下手に出たり。そこで交渉したらええんやで。こっちの意見が通りやすなるわ」
淡々と父さんは話すけど。なんか、怖いことを言うてる気がした。
確かに父さんは、他の組員みたいに凄んでみせたり、脅したりせぇへん。怒鳴ることもない。
穏やかで、母さんに対してはにこにこしとうのに。組員だけやのうて、よその人も父さんのことを恐れとう……というか一目置いとう。
地域のもめごとを解決するからかな、と思うたけど。人の心を操ってもおるんやな。
「ぼく、父さんのことがちょっと怖いかも」
「なんでー、そんな寂しいこと言わんといて」
父さんにぎゅっと抱きしめられて、頬をすりすりされた。
せやから、嫌やねんって。
ぼくは猫が脚をつっぱるように、父さんの顔を手で押しのけた。
もちろん、全然力では敵わへんかったけど。
とりあえず、刺青は入れんでええみたいやから安心した。
決めた。ぼくは「ほんろー」されるんやのうて、相手を「ほんろー」する人になろ。
「琥太郎。髪の毛、洗たるわ」
「え? 自分で洗える」
普段は欧之丞と一緒にお風呂に入っとうから、むしろぼくが欧之丞の髪を洗ってあげるくらいやのに。
父さんは先に湯船から上がって、そのせいで急にお湯の量が減った。
「ほら、早よおいで」
髪洗い粉をお湯で溶いて泡立てながら、父さんがぼくを呼ぶ。
うっ。いややなぁ。乱暴そうなんやもん。
木の小さい椅子に座ったぼくの頭に、こんもりと泡が載せられる。
「くる……きっとくるで」とぼくは覚悟した。
きたっ。
わしわし、がしがしと強い力で洗われて、頭が振り回される。
「と、父さん。ちょっと待って」
「ん? どっか痒いとこがあるんか?」
「ちゃう。そうやない、力が強すぎるんや」と言いたいのに。口を開けたら泡が口に入ってくるから、それを言われへん。
「あ。ごめん、ごめん。つい自分の髪を洗う時の感覚やったわ」
ふいに気づいた様子で、父さんが手を止めてくれた。
あー、ほっとした。首がもげるかと思たわ。
「絲さんの髪を洗う時みたいにしたら、ええんやな」
今度はびっくりするくらい、優しい手つきやった。ぼくの細い髪が絡まんように、確認しながら洗ってる。
「父さん。母さんの髪を洗うことあるん?」
「あるでー。上手やろ」
「う、うん」
変や。母さんは、父さんの子どもやないのに。なんで髪を洗てもらうんやろ。
「もしかして。母さんは髪を洗うの下手なん?」
「いや、そんなことないと思うで」
「じゃあ、なんでなん?」
ぼくは重ねて問いかけた。
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