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二章
8、雨の来訪者【2】
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銀司さんが何やら困ったような顔をして、またお部屋にやって来ました。
「あのー。旦那さま、翠子さま。お客さまです」
とても不思議な仰りようです。ここは旦那さまの別荘なのに、なぜわたくしに来客があるのでしょう。
旦那さまは「分かった」と答えて、わたくしを手招きなさいました。どうやら来客が誰であるのか、お分かりのご様子です。
「お坊ちゃま。お二人には応接室でお待ちいただいていますよ」
「ありがとう、お清」
お清さんが手にしたお盆を、旦那さまが受け取ります。お盆には紅茶のポットとカップが載せられていました。
わたくしは旦那さまの後に続いて、応接室に入ります。
大きな窓から、濡れて色が濃くなった緑の木々がよく見えます。ガラス窓についた水滴。
その前のソファーの背もたれに腕をかけて、ゆったりと座るのは琥太郎さん。そして、その隣にちんまりと脚を揃え、背筋を伸ばして座っているのは文子さんです。
え、どうして文子さんが?
声にはしなかったのですが、文子さんはわたくしの疑問を正しく読み取ったご様子。
「翠子さぁん。会いたかったのよぉ」
急にソファーから立ち上がると、わたくしに抱きついてきました。
文子さんの家からこの別荘までは、なかなかに遠いです。まさか、琥太郎さんが文子さんを拉致するなんて。
「もう、どうしていいか分からなくて」
わたくしをぎゅっと抱きしめる文子さんからは、雨の匂いと車や革の座席の匂いがしました。
そんなわたくし達を、旦那さまは苦虫を噛み潰したような表情で眺めていらっしゃいます。
ええ、そうですよね。仰りたいことは分かります。
女学生を攫ってきてはいけません。たとえヤクザさんであっても。
正義感から怒っていらっしゃるんですよね。
◇◇◇
俺は非常に面白くなかった。お清から預かった盆に載せた紅茶のあれこれを、もう少しで落としそうになるところだった。
おい、こら。深山くん。
君が琥太兄に攫われるのは自由だが。なんで、俺の目の前で翠子さんに抱きついているんだ。
見せびらかしているのか? わたしは人前でも堂々と翠子さんにくっつけるのよ、と自慢でもしているのか。
翠子さんも、翠子さんだ。なんで深山さんの背中に手をまわしている。その手は、俺専用じゃなかったのか?
……俺専用でもなかったな。
とっとっと、ととても軽い足音がして、尻尾を揺らしながらエリスが応接室に入ってきた。
そうだよ、翠子さんの手は君の為の手でもあるんだった。
「おお、エリスやん。久しぶり、元気にしとったか。琥太郎兄ちゃんやで」
琥太郎さんはソファーから立ち上がり、エリスに向かって両腕を広げました。エリスはというと「誰? 知らないし」という風に、わたくしの足元に隠れてしまいました。
「翠子さん。この子、見覚えがあるんだけど」
「きっとすぐに思い出しますよ」
わたくしはエリスのしなやかな体を抱き上げました。愛らしいのに怠惰なエリスはレイジーガールです。体の力を抜いて、にょろんと胴体を伸ばしています。
「え? こんな長い猫、見たことがないんだけど」
それもそうですよね。ちゃんとお尻の部分を支えて抱きなおし、文子さんの顔の近くにエリスを持ってきます。
途端に、文子さんが相好を崩しました。
ええ、ええ。言葉はなくとも分かりますとも。可愛いですよね。
「思い出しました? 文子さんが救おうとしていた子ですよ」
「宵祭りに神社の境内にいた子ね」
「はい」
わたくしは、ちらっと琥太郎さんに視線を向けました。琥太郎さんはソファーに座り直して、室内だというのになぜかパナマ帽を目深にかぶっています。
「琥太……いえ、三條さん」
「琥太郎でええて言うたやろ」
そっぽを向いたままで、琥太郎さんはぶっきらぼうに文子さんに答えます。いつも余裕があって飄々としている彼とは大違いです。
旦那さまもそう思っていらっしゃるのか、お盆を持ったままぽかんとした表情で突っ立っていらっしゃいます。
「あのー。旦那さま、翠子さま。お客さまです」
とても不思議な仰りようです。ここは旦那さまの別荘なのに、なぜわたくしに来客があるのでしょう。
旦那さまは「分かった」と答えて、わたくしを手招きなさいました。どうやら来客が誰であるのか、お分かりのご様子です。
「お坊ちゃま。お二人には応接室でお待ちいただいていますよ」
「ありがとう、お清」
お清さんが手にしたお盆を、旦那さまが受け取ります。お盆には紅茶のポットとカップが載せられていました。
わたくしは旦那さまの後に続いて、応接室に入ります。
大きな窓から、濡れて色が濃くなった緑の木々がよく見えます。ガラス窓についた水滴。
その前のソファーの背もたれに腕をかけて、ゆったりと座るのは琥太郎さん。そして、その隣にちんまりと脚を揃え、背筋を伸ばして座っているのは文子さんです。
え、どうして文子さんが?
声にはしなかったのですが、文子さんはわたくしの疑問を正しく読み取ったご様子。
「翠子さぁん。会いたかったのよぉ」
急にソファーから立ち上がると、わたくしに抱きついてきました。
文子さんの家からこの別荘までは、なかなかに遠いです。まさか、琥太郎さんが文子さんを拉致するなんて。
「もう、どうしていいか分からなくて」
わたくしをぎゅっと抱きしめる文子さんからは、雨の匂いと車や革の座席の匂いがしました。
そんなわたくし達を、旦那さまは苦虫を噛み潰したような表情で眺めていらっしゃいます。
ええ、そうですよね。仰りたいことは分かります。
女学生を攫ってきてはいけません。たとえヤクザさんであっても。
正義感から怒っていらっしゃるんですよね。
◇◇◇
俺は非常に面白くなかった。お清から預かった盆に載せた紅茶のあれこれを、もう少しで落としそうになるところだった。
おい、こら。深山くん。
君が琥太兄に攫われるのは自由だが。なんで、俺の目の前で翠子さんに抱きついているんだ。
見せびらかしているのか? わたしは人前でも堂々と翠子さんにくっつけるのよ、と自慢でもしているのか。
翠子さんも、翠子さんだ。なんで深山さんの背中に手をまわしている。その手は、俺専用じゃなかったのか?
……俺専用でもなかったな。
とっとっと、ととても軽い足音がして、尻尾を揺らしながらエリスが応接室に入ってきた。
そうだよ、翠子さんの手は君の為の手でもあるんだった。
「おお、エリスやん。久しぶり、元気にしとったか。琥太郎兄ちゃんやで」
琥太郎さんはソファーから立ち上がり、エリスに向かって両腕を広げました。エリスはというと「誰? 知らないし」という風に、わたくしの足元に隠れてしまいました。
「翠子さん。この子、見覚えがあるんだけど」
「きっとすぐに思い出しますよ」
わたくしはエリスのしなやかな体を抱き上げました。愛らしいのに怠惰なエリスはレイジーガールです。体の力を抜いて、にょろんと胴体を伸ばしています。
「え? こんな長い猫、見たことがないんだけど」
それもそうですよね。ちゃんとお尻の部分を支えて抱きなおし、文子さんの顔の近くにエリスを持ってきます。
途端に、文子さんが相好を崩しました。
ええ、ええ。言葉はなくとも分かりますとも。可愛いですよね。
「思い出しました? 文子さんが救おうとしていた子ですよ」
「宵祭りに神社の境内にいた子ね」
「はい」
わたくしは、ちらっと琥太郎さんに視線を向けました。琥太郎さんはソファーに座り直して、室内だというのになぜかパナマ帽を目深にかぶっています。
「琥太……いえ、三條さん」
「琥太郎でええて言うたやろ」
そっぽを向いたままで、琥太郎さんはぶっきらぼうに文子さんに答えます。いつも余裕があって飄々としている彼とは大違いです。
旦那さまもそう思っていらっしゃるのか、お盆を持ったままぽかんとした表情で突っ立っていらっしゃいます。
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