【第ニ部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

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二章

21、手を握って【2】

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 エリスは一目散に駆けていきます。
 あ、ああ、駄目よ。行かないで。
 わたくしは、意気揚々と尻尾をぴんと立てながら駆けていくエリスの後ろ姿に手を伸ばしました。

「あーあ、ばれちまうな」
「済みません。わたくしの不注意です」

 もちろん、琥太郎さんはすぐにエリスに気づきました。一瞬、目を丸くしましたが、すぐに意味ありげな笑みを浮かべます。
 
垣間見かいまみやったら、風情あるねんけどな。お前らのは覗き見やで」

 なかなかにきつい一言です。でも旦那さまは「垣間見も覗き見もどっちも一緒だろ」と一蹴なさいました。

 琥太郎さんは少し腰をかがめて、エリスに向かって両腕を広げます。

「なんや、エリス。やっぱり琥太郎兄ちゃんがええんか」

 ですが、エリスが跳びついたのは文子さんでした。旦那さまは鼻で嗤い、琥太郎さんは「エリスは女の子が好きやねん」とうそぶいていらっしゃいます。
 お二人とも大人げないです。

「翠子さん? どうしてここに」
「えっと、その湖をボートに乗って、七夕の笹を採りに来たんです」
「ホテルに笹が群生しているの?」

 文子さんがエリスを抱き上げながら、問いかけてきます。
 はい、ごめんなさい。覗き見です。

 でもわたくしは、エリスの頭を撫でている文子さんの左手が気になって仕方ありません。
 さっきまで琥太郎さんとつないでいた手です。
 自分のことではないのに、胸が高鳴ってしまって。

 文子さんも口にはしないけれど、やはり気になるのでしょう。
 時おり、撫でる手を止めて、てのひらをじっと見つめています。

 やだ、もう。こちらが照れてしまいますよ。

◇◇◇

 わたくしと旦那さまは、歩けば五分ほどの距離ですのに、湖からホテルに来てしまったのもですから。結局ボートで戻ることになりました。

「素敵ですねぇ。恋が芽生えたんですよ」
「琥太兄は、以前から文子さんに好意を抱いていただろ?」
「文子さんの方にですよ」

 わたくしはうっとりしながら、エリスの柔らかな毛に顔を埋めました。
 不思議なことに、エリスからふわりと木々の香りが漂ってきます。本当の木ではなく、草のような香草のようなグリーン系の香水。それもとても仄かに。

 おそらく琥太郎さんの香りだと思うんですけど。でも琥太郎さんは、エリスに触れていませんよね。
 手をつないだくらいで、文子さんに香りが移るとも思えませんし。もしかして……。

 きゃあ、きゃあと口に出したいのを、わたくしはぐっと堪えます。だってボートの上で騒いだりしたら、舟から落っこちた少年の頃の旦那さまの二の舞ですよ。
 人の振り見て我が振り直せ、でしたっけ。
 落ち着かないといけません。
 わたくしは大きく深呼吸をしました。

「どうしたんだ、翠子さん。一人で百面相なんかして」
「いえ、何でもありませんよ」
「何でも?」

 あ、いけません。隠し事をすると、お仕置きが待っているのです。

「えっと、文子さんと琥太郎さん、すごく距離が近づいていましたよね」
「そうだなぁ」
「文子さん、勇気を出したんだなって思ったんです」
「確かに。だが、それは琥太兄もだろうな」

 慣れた手つきでオールを動かしながら、旦那さまが静かに答えます。

 ああ、良かった。嘘は言っていませんし、隠し事もしていませんよ。
 でも、香りが移るってことは、お二人は密着したってことです。ぴったりくっついたんですよ。
 もう、文子さんったら。初恋がまだだなんて仰っていたのに。

 家に戻り笹をテラスに立てて、短冊にお願い事を書いたり、折り紙で飾りを作ったりしたんですけど。
 ええ、提灯飾りや網飾りを作るのために折り紙に鋏で切れ目を入れていたんです。
 でも、気もそぞろだったせいか何度も切り落としてしまって。結局、糊で貼るという不格好な飾りになってしまいました。

 やっぱり旦那さまに訝しまれたのです。
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