【第ニ部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

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二章

29、思い出【1】※琥太郎視点

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 私が数えで六歳の頃やったと思う。
 まぁ、六歳の子どもやし別に恥でも何でもないんやろけど。父さんと母さんの間で寝るのが大好きやったな。

 父さんは、どっちかというと岩みたいで。まぁ、鍛えとうし。ごついわな。ちなみに顔も黙っとったら、めっちゃ怖い。
 口はへの字が基本やし。
 せやのに、母さんと私の前では相好を崩すんや。
 大丈夫か? 暑さで表情が溶けてしもたんか? と尋ねたくなるくらい、でれでれや。

 なんであの人、家族と組員の前であんなに裏表(というてええんか、知らんけど)が、あるんやろ。

 母さんは、風が吹いたら飛んで行ってしまうんちゃうか、って子ども心に思うくらい華奢で。せやから、風のきつい日にレースの日傘なんか差しとったら、私と父さんとで必死に母さんに抱きついとった。

 子どもだけやのうて、父親まで……というか、夫になるんか。この父子はどんだけ心配症やねん、って自分でも呆れるわ。
 
 両親と一緒に寝とっても、うちの組の者に「琥太郎坊ちゃんは、甘えたですなぁ」とか「お化けが怖いんですか?」と散々揶揄われたけど。

 そういう時は、冷たく見据えるだけで大体の奴は言葉を引っ込めた。
 ふん、うるさいわ。親に甘えるんは子どもの特権や。

 けど、欧之丞は親に甘えることができへんから。せやから、あいつがうちに泊まった時は、うちの父さんと母さんに存分に甘えてええことにしとった。
 私はお兄ちゃんやから。小さい子ぉには、優しいんや。

 寝る時に母さんは、でっかい目ぇにキラキラの星が輝く少女の絵が描いてある小説雑誌を読み。父さんは、指を折ったり伸ばしたりしながら、ぶつぶつと何かを呟いとった。

 私が女心が分かるようになったんは、母さんと一緒に少女小説を読んどったからやし、回りくどい(と、何故か周囲から言われる。不本意なんやけどな)短歌で、意思疎通を図るようになったんは、父さんの所為やな。
 歌を詠むとか聞くと、風流な人のように思えるけど。父さんの短歌は、はっきり言って下手や。

 なんでも昔、母さんにめっちゃ褒められたとかで、調子こいとう。あの人は。

 けど、私は愛されて幸せに育っとう。せやから、面倒なヤクザの仕事も継いだんやな。
 ほんまの話、欧之丞もうちの子やったら良かったのに。
 家に遊びに来た欧之丞の傷を消毒して、包帯を替えてやる母さんの姿を見るたびに、そう思た。
 
 欧之丞の父親は、あんまり家におらへんらしいし。母親は、すぐに欧之丞に当たり散らしとったらしい。
 
 私は一度、欧之丞を誘いに家に行ったことがある。
 あいつが六歳くらいの頃やったかな。冬の寒い日で、道にはあでやかな山茶花の花が咲いとった。
 重くて暗い空から、今にも雪が舞い落ちて来そうで。どっかから焚き火で枯れ葉を焚く匂いが、漂ってきとった。

 欧之丞の家の前まで来た時、塀の中から喚く声が聞こえてきた。すごい甲高い女の人の声。あそこんも相当広いのに、外にまで声が聞こえるやなんて。

 何事かと門から中に入ったら、欧之丞が傷だらけになって玄関から飛び出してきた。

 そのまま私にぶつかって、欧之丞は飛び石の上でよろけて倒れたんや。

 びっくりした、なんてもんやない。
 いっつも元気があり余って、うちの組員に喧嘩を仕掛けるような奴なのに。
 切れた唇から血を流して、長袖シャツの背中は裂けて(というか冬やのに、なんでそんな薄着なんや)しかも血が滲んどう。

 でも、さらに驚いたんは、欧之丞の目に光がなかったことや。

 今は昼間やのに。まるで闇を覗きこんどうみたいに、あいつの目は真っ黒で。いっつもよう笑うて、ころころと変わる表情が、今はまるで死んどうみたいにこれっぽちも表情がなかった。
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