【第ニ部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

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三章

4、家庭科の宿題は終了

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 それまで息を詰めて、指に糸をぐるぐる巻いて引っ張って(玉結びというらしい)いた翠子さんは、ほーっと長い息を吐いた。
 最後に小さな糸切り鋏で、糸を切って終了だ。

「できました」
「できたわ」

 翠子さんと深山さんが、声を揃えた。

 あー、よかった。これで家庭科の先生に翠子さんが叱られなくて済む。
 いや、正確には追加の課題を出されて、俺と翠子さんの時間が奪われることもなくなる。

 ようやく縫い上がった(といってもほとんど放置状態だったが)簡単小児服とやらを上にかざして、翠子さんはにこにこしている。
 フリルがついているわけでもない、袖もない簡単なワンピースなのだが。翠子さんが布を選び、一針一針縫ったと思うと、この上もなく上質に見える。

「欧之丞。ちょっとこっちにぃ」
「え、なんで?」

 コーヒーを飲みながら、翠子さんを眺めていた俺の肩を琥太兄がつつく。
 エリスは「よかったですねぇ」とでも言いたげに、ひげをぴんと立てて、翠子さんの膝に乗っている。
 お前、本当に翠子さんには優しいよな。ああ、俺も猫になって彼女の膝に乗りたい。

「ええから、早よ。コーヒー持ったままでええから」
「人んちに何度も来たかと思うと、今度は婚約者と引き離すとか。あんた鬼か」

 そう言ってやると、すでにソファーから立ち上がった琥太兄は冷たい瞳で俺を見据えた。
 夏だというのに一瞬、吹雪を感じた。

「何言うとん。どうせ昨夜、散々翠子さんを抱いたくせに」
「なっ!」

 大きな声を上げそうになって、俺は慌てて自分の口を手で塞いだ。
 
「なんで分かるか、って? そら、今日の翠子さん、しんどそうやんか。お前のことや。無茶したんやろ?」
「俺と翠子さんのことに口出しするなよ」
「うわー、顔が赤いで。お気に入りの翠子さんと、ちょっと離されるだけでもつらいんかぁ。欧之丞は可愛いなぁ」

 にやにやと口の端を上げて、琥太兄は俺の頭を撫でてくる。
 完全に子ども扱いだ。

「まぁ、とにかく部屋を移そ」と、琥太兄は親指で廊下の方を指し示す。
 隣の食堂なら、まぁいいか。俺はカップを手に立ち上がった。
 深山さんと談笑する翠子さんを、何度も振り返りながら。

「で? 何か話でもあるのか? 深山さんには聞かれたくはないこととか」
「いやー、別にぃ」

 椅子に腰かけて、新聞を開きながら琥太兄は長い足を組んだ。
 なんだよ、それ。

「おっ。この辺、二樂荘にらくそうがあるやん。今度、行こ」

 まるで自邸のように寛ぐ図太さは、さすがだ。
 俺は窓から外を眺めながら、少し冷めたコーヒーを飲み干した。翠子さんと壁を隔てているからというわけでもなかろうが、普段よりも苦く思えた。

「まぁなぁ、お前がおったら文子さんは翠子さんとちゃんと話ができへんやろ。お前は文子さんの担任やからな」

 新聞をめくりながら、琥太兄は呟いた。
 その声が小さいのは、壁の向こうから聞こえる華やいだ声を意識してだろう。

「女の子の初めての後って、私だけでは力になってやられへんから。実家からも離してしもたし。せやから申し訳ないけど、翠子さんを文子さんに貸したって」
「琥太兄……」

 少し寂しそうに微笑む琥太兄を見て、こういうところが女性に好かれるんだろうなと実感した。
 俺には圧倒的に足りない部分だ。

 多分それは、たくさんの本を借りて嬉しそうに家路につく琥太兄を、木の枝の上から眺めた時のような距離感だ。
 俺には難しい……だが、理解はできる。

 隣室からは、互いの宿題の出来を褒め合う二人の声が聞こえてきた。
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