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四章
1、二樂荘【1】
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翌朝、琥太郎さんと文子さんが高瀬家の別荘にいらっしゃいました。
応接間のソファーにわたくしと文子さんは、並んで腰を下ろし、二人で手を握り合っているんです。
お膝にちょこんと座ったエリスが「なになに? わたしもいれてー」と、わたくしの顔を覗きこんでくるんですけど。
かまってあげる余裕はないの。
わたくしは古文と漢文、それに英語の宿題を、文子さんは数学の宿題を残しているんですもの。
これからお勉強をしに図書館に連行されるのよ。
「ほんと、甘かったわ。夏休みの終わりくらいに、翠子さんの数学の宿題を写させてもらう予定だったのに」
「ええ。わたくしもです」
旦那さま……高瀬先生は、わたくしの数学のお点が低いとご機嫌斜めになるのですけど。それ以外の科目に関しては、及第点ぎりぎりすれすれでも合格すればよし、という感じです。
「つまり、琥太郎さんがお勉強に厳しいんですね」
「普通、成績や宿題に厳しいのは教師の方でしょ」
わたくしと文子さんは顔を見合わせて、ため息をつきます。
いつの間にか二人の手はしっかりと繋がれて。
お裁きを待つ罪人のよう。
「ほな、行こか」
気楽な様子で琥太郎さんが、応接間に入っていらっしゃいます。その背後には、苦虫を噛み潰したような表情の旦那さま。
きっと普通の人がご覧になったら、琥太郎さんの方が融通が利いて話が通じて、いろいろ見逃してくれると思うでしょう。
でも、違うの。
この人、にこにこしているのに怖いんです。
琥太郎さんとお付き合いしている文子さんは、本当に度胸があると思うわ。
「わ、わたくしエリスとお留守番していようかしら」
「俺も留守番しようかな」
旦那さまはずかずかと進んでいらっしゃると、わたくしの隣に腰を下ろしました。
狭い、狭すぎです。
しかもこのソファー二人掛けですから、木の脚がぎしりと軋んだ音を立てるんです。
「深山さん。せっかくだから琥太兄に勉強を教えてもらうといい。なぁに、数学ならまた俺が教えてやるから。うちにおいで」
「先生っ! わたしを見捨てるの?」
「いや、翠子さんも見捨ててるだろ」
旦那さまに指摘されて、文子さんはぷうーっと頬を膨らませました。
ごめんなさい。確かに旦那さまは、わたくしに同調しただけです。
「翠子さんはいいの。むしろ、わたしが守ってあげなくちゃ」
文子さんは、隣に座るわたくしに身を乗り出して、旦那さまに食って掛かります。
間で挟まれて、エリスが潰されているんですけど。
ねぇ、どうしてあなた、そんな嬉しそうなの? 狭いのが好きなの?
「高瀬先生には、翠子さんを任せてられないわ」
「……君、なんでそんなに翠子さんに甘いんだい? エスの関係でもないだろうに」
「甘くないです、普通です」
うっ。ごめんなさい文子さん。
琥太郎さんに必要なのは文子さんなので、わたくし逃げようとしました。
良心がずきずきと痛みます。
ちなみにエスというのはシスターの頭文字のSです。上級生のお姉さまが、愛らしい下級生を「お目さん」とお呼びになるのよ。
「お目さん」は女性同士の恋人に対しての隠語で。『少女画報』にもエスの関係の小説が載っているから、わたくしは楽しみに読んでいるの。
絶対的な信頼と深い愛情で結ばれたエス。
ううっ。文子さんが先生からわたくしを守ろうとするように、わたくしも琥太郎さんから文子さんを守らなくちゃならないのに。
ちらっと視線を上げて、応接間の入り口で立ってらっしゃる琥太郎さんを見ます。
にっこりと微笑む、端正な立ち姿。きっと他の人には絶世の美男子だの銀幕のスタァだのに見えるんでしょうけれど。
わたくしには「へーぇ、翠子さんは勉強が嫌いなんか。そんなんやったら、もう文子さんとは遊ばしてやられへんなぁ。ついでにエリスも、もろていこか」と、脅されるような気がしてならないんです。
いえ、宿題をすればいいだけの話なんですけど。
応接間のソファーにわたくしと文子さんは、並んで腰を下ろし、二人で手を握り合っているんです。
お膝にちょこんと座ったエリスが「なになに? わたしもいれてー」と、わたくしの顔を覗きこんでくるんですけど。
かまってあげる余裕はないの。
わたくしは古文と漢文、それに英語の宿題を、文子さんは数学の宿題を残しているんですもの。
これからお勉強をしに図書館に連行されるのよ。
「ほんと、甘かったわ。夏休みの終わりくらいに、翠子さんの数学の宿題を写させてもらう予定だったのに」
「ええ。わたくしもです」
旦那さま……高瀬先生は、わたくしの数学のお点が低いとご機嫌斜めになるのですけど。それ以外の科目に関しては、及第点ぎりぎりすれすれでも合格すればよし、という感じです。
「つまり、琥太郎さんがお勉強に厳しいんですね」
「普通、成績や宿題に厳しいのは教師の方でしょ」
わたくしと文子さんは顔を見合わせて、ため息をつきます。
いつの間にか二人の手はしっかりと繋がれて。
お裁きを待つ罪人のよう。
「ほな、行こか」
気楽な様子で琥太郎さんが、応接間に入っていらっしゃいます。その背後には、苦虫を噛み潰したような表情の旦那さま。
きっと普通の人がご覧になったら、琥太郎さんの方が融通が利いて話が通じて、いろいろ見逃してくれると思うでしょう。
でも、違うの。
この人、にこにこしているのに怖いんです。
琥太郎さんとお付き合いしている文子さんは、本当に度胸があると思うわ。
「わ、わたくしエリスとお留守番していようかしら」
「俺も留守番しようかな」
旦那さまはずかずかと進んでいらっしゃると、わたくしの隣に腰を下ろしました。
狭い、狭すぎです。
しかもこのソファー二人掛けですから、木の脚がぎしりと軋んだ音を立てるんです。
「深山さん。せっかくだから琥太兄に勉強を教えてもらうといい。なぁに、数学ならまた俺が教えてやるから。うちにおいで」
「先生っ! わたしを見捨てるの?」
「いや、翠子さんも見捨ててるだろ」
旦那さまに指摘されて、文子さんはぷうーっと頬を膨らませました。
ごめんなさい。確かに旦那さまは、わたくしに同調しただけです。
「翠子さんはいいの。むしろ、わたしが守ってあげなくちゃ」
文子さんは、隣に座るわたくしに身を乗り出して、旦那さまに食って掛かります。
間で挟まれて、エリスが潰されているんですけど。
ねぇ、どうしてあなた、そんな嬉しそうなの? 狭いのが好きなの?
「高瀬先生には、翠子さんを任せてられないわ」
「……君、なんでそんなに翠子さんに甘いんだい? エスの関係でもないだろうに」
「甘くないです、普通です」
うっ。ごめんなさい文子さん。
琥太郎さんに必要なのは文子さんなので、わたくし逃げようとしました。
良心がずきずきと痛みます。
ちなみにエスというのはシスターの頭文字のSです。上級生のお姉さまが、愛らしい下級生を「お目さん」とお呼びになるのよ。
「お目さん」は女性同士の恋人に対しての隠語で。『少女画報』にもエスの関係の小説が載っているから、わたくしは楽しみに読んでいるの。
絶対的な信頼と深い愛情で結ばれたエス。
ううっ。文子さんが先生からわたくしを守ろうとするように、わたくしも琥太郎さんから文子さんを守らなくちゃならないのに。
ちらっと視線を上げて、応接間の入り口で立ってらっしゃる琥太郎さんを見ます。
にっこりと微笑む、端正な立ち姿。きっと他の人には絶世の美男子だの銀幕のスタァだのに見えるんでしょうけれど。
わたくしには「へーぇ、翠子さんは勉強が嫌いなんか。そんなんやったら、もう文子さんとは遊ばしてやられへんなぁ。ついでにエリスも、もろていこか」と、脅されるような気がしてならないんです。
いえ、宿題をすればいいだけの話なんですけど。
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