【第ニ部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

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四章

7、忘れていたの【1】※文子視点

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 ホテルに戻った琥太郎さんは、車寄せに自動車を停めた。
 すぐにホテルの人がドアを開いてくれて、わたしは助手席から降りてお礼を言う。

 高瀬先生の別荘までは、翠子さんと二人で後部座席だったんだけど。その後は助手席に座るように言われて。
 うん、そうね。普通は隣に座るものね。

「回数として少ないねんなぁ」
「何がですか?」

 ベルボーイに車の鍵を預けながら、琥太郎さんはわたしを振り返った。

「だいたい、ホテルの人か欧之丞が車のドアを開けるやん? 運転席から私が降りて、文子さんの為にドアを開ける機会が少ないねん」
「え? いいですよ。そんなの」

 むしろ、家族と出かける時は自分で車のドアを開けるんだから。
 ここしばらく、車に乗ると落ち着かないくらいだもの。

 わたしは二樂荘に持って行っていた数学の課題を手にした。
 その時、思い出したの。
 夏季休暇日誌を書き忘れていたことを。

「ど、どうしよう」
「んー? どうしたん、文子さん」
「いえ、何でもないんです」

 そうよ。宿題に付き合ってくださった琥太郎さんに心配はかけられないわ。
 というか、わたしの宿題はほぼ高瀬先生が付きっきりだったけど。

「何でもないようには見えへんけど。何か忘れもん? 今から二樂荘に戻ろか?」
「いえ、そういう忘れものではないの」
「ふーん」

 わたしの前に立ち止まった琥太郎さんが、顔を覗きこんでくるの。
 ホテルのドアを開けたまま待っているドアマンに申し訳ないから、わたしは進もうとしたのだけど。

「んー? せやなぁ、宿題でし忘れとんのがあった、ってとこかな。文子さんは文系の人やから、科目として出てるのはもう終わらしてる」
「え、あの」
「苦手な理系科目は、さっき欧之丞に教えてもろた。子どもみたいな絵画の宿題は出ぇへん」

 腕を組んで、琥太郎さんがぶつぶつと呟いている。
 目を眇めて、わたしの顔を覗きこむものだから。まるで蛇に睨まれた蛙状態よ。

「はーん、分かったで。日記を書き忘れとんやろ」
「なんで分かるんですか!」

 思わず大きな声を上げてしまって、わたしは自分の口を手で押さえた。
「なんでって、簡単やん」と、琥太郎さんは涼しい顔をしている。

「日記って毎日書かなあかんもんやろ? けど、文子さんがそれを書いとんのを、私は見たことがない。あと、私に連れ去られた状態の日々を書くに書かれへんやろ」

 もう、いや。
 わたしはほとんど何も言っていないのに。簡単に見透かされてしまうんだもの。

「正確には日誌です。毎日、少しずつ設問が書いてあるの」
「まぁ、それはええけど。天気とか書かなあかんのとちゃうん?」

 その通り。この高原に来てからの天気も覚えていないし、気温にいたっては知る由もないのよ。

「琥太郎さんに言葉はいらないですね。しゃべらなくても、分かっちゃうんだもの」

 小さくため息をついて、わたしは歩き出した。
 その時、ブラウスの半袖を掴まれたの。

「え?」と思って振り返ると、琥太郎さんは何故か眉を下げていた。

「そんな寂しいこと言わんといて。喋らへんとか」
「あの、そういう意味では」
「私の悪い癖やねん。人の考えとうことが先に読めるというか、状況から判断して相手の気持ちや行動を見抜くというか」

「困ったなぁ」と呟きながら、琥太郎さんはそれでもわたしの袖を離さなかった。

「私の心を見抜く人って、あんまりおらへんから。正直に言うたら、子どもの頃に母には見抜かれたけど。それくらいで……でも、確かに気持ちや行動を言い当てられるんは恥ずかしいよな」
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