ゼーレンヴァイス

朽木 堕葉

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魂の在り処Ⅱ

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 〈格安料理屋トラヴァー〉の一卓でロウェルと向かい合っていたアズランドが、大袈裟おおげさに驚いた表情を浮かべた。
「おや、これはまた、見違えたもんだね。……お姫様に着せ替え人形にされてしまうとは」
 エリーゼに背中を押されるようにしてやって来たリザを目に留めての、げんだった。
 エリーゼのお古らしきものを、リザは着せられていた。直接的に表現すれば、桃色の派手めなドレスである。
 入店時の気恥ずかしそうなリザが、アズランドの視線を受けていっそう紅潮して立ち止まるのにも構わず、
「いいから。さっさと座りなさい」
 エリーゼが有無を言わせず座らせた。アズランドの隣の席に。
 自分は当然のようにロウェルの隣に座るあたり、わきまえているなとアズランドは思った。
 不気味な黒衣の集団と相対してから、一夜明けた朝である。
 リザの具合が悪そうなこともあり、後日あらためて話を聞くことになったのだ。
 必然的にエリーゼが一晩、リザの身を預かっていた。
 相手は女の子だ。しかも、ボロボロの衣服の。まさか、ロウェルのねぐらに放り込むわけにもいかないし、アズランドの部屋とて、不適切だ。
「けっこういいんじゃないか? 女の子って、そういうの好きだろ」
 ロウェルが縮こまっているリザを一目見て、言った。
「そうだね。決して、悪くはないね」 
 手は袖のなかにあり、ずり落ちそうに肩口で傾いている――明らかにサイズ違いのドレスだった。
「この子に一番ピッタリなのがこれだったのよ。仕方ないでしょ」
 アズランドの揶揄やゆと目に対してだけ、エリーゼが応えた。
「まあ、それはあとで見繕っておくとして――ああ、本題に入る前に、注文オーダーしておくかい? 悪いとは思ったけど、時間が過ぎてたんで、俺たちは先に食べてしまったんだ」
「この子を着替えさせるのに、手間取ったのよ。だから、朝食なら、手短に済ませて来たわ。この子もね」
「そっか。それじゃあ、まず第一に……」
「姉ちゃんを捜してほしいんだったよな?」
 ロウェルが、アズランドの言葉を繋いだ。
「うん。この街のどこかにいると思うんだけれど……」
「はぐれて迷子になっちまったのか?」
 しばしば、そういう子供に付き合っているロウェルが、笑顔で首を傾げる。
「はぐれたっていうか……いなくなっていたの」
 リザが言いよどみがちに答えたのに対して、エリーゼのビシリとした声が飛ぶ。
「それを迷子と言うのよ」
「どこまで一緒だった、とか覚えていないのかい?」
「高いところにいたから……」
「この街の高いところってなると、丘の上かい? 北側ノースサイドの貴族街のあたりになるね」
 アズランドはエリーゼのほうに視線を向ける。意図を察して、
「見かけた覚えはないわね。これまで一度たりとも」
 エリーゼが返す。アズランドは肩をすくめ、困り顔になるリザを気の毒に感じ、
「それじゃあ、そのお姉さんに特徴とかないのかい? なにか、間違えようのないものとか」
 話を進めることにした。
「アタシとよく似ているの。髪型はけっこう、違うけれど……。その、長くって」
「んじゃあ、捜しやすいな。リザみたいな子、滅多にいないぞ」
 ロウェルはますます、やる気になった様子でいる。
そっくり・・・・、か……」
 思わず、アズランドは口を開いた。一段低い声音で。その独り言に、エリーゼがきつい声を被せていた。
「ちょっと、待ちなさいよ。まだ、この子こと、さっぱりわかっていないじゃない。なんで追われていたのかも言わないし、それにあの妙な力のことだってだんまりでしょ。話せない事情があると言うの?」
 途端、リザは肩をすぼめて、うつむいてしまった。
「誰だって、聞かれたくないこととか、あるだろ。察してやれよ」
 ロウェルが、助け舟を出すように割って入る。
「あの不気味な仮面の連中も身元不明だったのよ?」
「いつ調べたんだよ」
「保安隊に事情を話したのは私でしょうがっ。説明するのも大変だったんだから」
「彼らはなんて言ってたんだい?」
「今朝も詰め所に立ち寄ってみたけど、“なにひとつまだ浮かんできません”ですって。怒鳴ってやったわ。調べが足りないんじゃないのって」
 気圧けおされている保安隊の光景は、想像に容易たやすかった。同情的にアズランドは言う。
「あとで、また、なにかつかめたか聴くとしよう。お姫様に一喝いっかつされてやる気になったあとでも、なにも浮かんでこないようなら、連中が難敵ってことさ」
 少なくとも、素顔を確認した限り、手掛かりはなかった。 
 一筋縄ではいかないはずだ。自分が目星を付けていることが正しければ。
 兵器として用いられる型のゴーレムを持ち出すことができる組織となれば――勘づくこともある。
 それが的中していたとすれば、生きて投獄された黒衣の者たちが口を割ることはないだろう。それには確信を持てる。アイツ・・・はそういう人物のはずだ。
「とにかく、捜してみるとしよう」
 アズランドは先んじて、席を立った。
「善は急げっすね」
 ロウェルがつづき、仕方なさそうにエリーゼもしぶしぶ、従った。
 不安そうに一人、リザは取り残されたように、じっと座り込んでいた。
 アズランドはエリーゼに視線を送る。私の役目じゃないわ、と言わんばかりにそっぽを向かれた。ついで、ロウェルを見たが、どうぞどうぞ、というふうに手振りをしてきた。
 なんだよ。いいさ、べつに平気だよ。苦笑した。
 アズランドはおもむろに、リザの前に手を差し伸べていった。
「捜しに行こう。キミのお姉さんを」
 きょとんとするリザに、爽やかに微笑してみせた。
「う、うん。ありがとう……!」
 感激からか、違う理由か、自分の手を取り頬を赤く染めるリザを見て、アズランドは巧みだなとひっそり感想をこぼす。
 まし顔っぽいままで、感情を表現するさまに、なんとはなしに。


 馴染みの格安料理屋から、各々おのおの出て来たところだった。
「立つのだ! このような不浄な場所で朽ち果て、眠ることなどない! 我が身のまま、清き大樹の幹に抱かれようではないか! 絢爛けんらんたる輝きに包まれ、絶対の安楽を得ようではないか! 共に、ケセドの根となり葉となり!」
 白い衣に月桂冠げっけいかんをした老人が、声高に演説する場面に出くわした。
 同じように白い衣に身を包んだ人々が、周囲にたくさんいた。彼らは、そのあたりの路上で眠っていた者たちが起き上がり、ふらふらと近寄ってきたのを、暖かく迎え入れていた。
 どちらも、目に光を感じなかった。迎え入れられた側も、迎え入れたほうにしても。
「なんだ、ありゃ」
「さあ、近頃、たまに見るような気もするけど」
 ロウェルとエリーゼが、奇異の眼差しをそちらに注ぐ。なんと言ったものか、とアズランドは思案したのち、
「生きる意志を失くしてしまった人たちさ」
 そのように言い表すことにした。
「生きる意志を?」
 ロウェルは判然としない顔でいたが、
「……なるほどね」
 エリーゼはある程度、理解したようだった。
「身も蓋もない言い方をすれば、“自殺志願者”さ」
「え? どういうことっすか」
 首を傾げるロウェルに加え、リザも意味を飲み込めていない様子で見上げてきたので、アズランドは一通り、説明してしまうことにした。
 そして、遥か遠くを見た。変わらず、鮮やかな輝きを放ちつづける虹の大樹を指差して、言った。
「あの樹が発している虹のもやのようなものに、一度でも触れると正気を失う、という話でね」
「えっ?」
「まっ、昔話としてときどき聞くことよね」
「そうだね。あくまで、そういう伝承があるというだけさ。けど、伝承には由縁があってこそ、語り継がれる。今、あのおじいさんが言ったのもそれだ」
 ちらと、演説を終えた老人が輿こしの上の者となるのを見遣り、
「正気を失った者の顔は、とても穏やかな表情だった……との噂もあるんだ。だれがどうやって、それを見ることができたのかはともかく。……だから、かな。嫌なことをぜんぶ忘れ去って、大樹のもとに還ろう。――というのが彼らの信仰なんだろう」
 アズランドは複雑な顔をした。
 そうしたい気持ちは理解できなくもないが、所詮しょせんはまやかしだ、と思っている。幾ばくかの同調の念にあてられてか、
「“我が身のまま”と言う部分は、本来は妖精スプライトたちが、長いときを経て、あの樹に誘い込まれて行く場所だからさ」
 ついでに口にしていた。
「妖精って?」ロウェルが、真面目な顔で疑問を唱えた。
 これにはアズランドも面食らった。リザに至っては、動揺を禁じ得ない澄まし顔になっている。
「さすがに、それくらいは知っておきなさいよ……というか、見たことあるでしょ。ほら、今だってあそこに――」
 エリーゼが保護者の面目を保とうする母親みたく頭を抱えると、目線で教えていた。
 緑の光を帯びた妖精がふわふわ漂っている。そこへ、紫に発光する妖精が加わり、仲良さげに横並びなった。そのまま西側ウエストサイドのほうに飛び去ってゆく。
「ああ、あれか。あれって、妖精って言うんだ。なんか、そこらにいるなって思ってた」
 ロウェルが手のひらを拳で叩いて合点した。そこらを見渡せば、一匹は見つけられるありふれた存在に。
「つまり正しく言えば、あの樹が光を発しているわけではなく、妖精たちが寄り集まってそういうふうに見えるのさ」
 やや真顔に立ち直るのに手間取り、アズランドは言った。この際だ、と予備知識も告げておく。
「妖精たちが振り零していった目に見えないほどの光の粉屑こなくずが、魔術には欠かせないものなんだけど。まあ、そこは魔導士のみなさんにいつかツッコミをもらっておいてくれ……。妖精は生命というよりも、魔力が意思を宿したものに等しいというのが通説でね」
「へえ。だから、なんかこう、綺麗に光ってるんすね」
「諸説あるが、妖精とは死した人間の魂である、という声もある。これも古来にあった信仰の側面が強いんだが――実際、どこかの錬金術師たちが死んだ人間を観察しつづけたことがあるらしい。骨になるまでと、なってからも、ね。遺体から妖精が現れることはなく、解明できなかったらしい」
 リザが胸をぎゅっと抑えた。少し青ざめた顔で。気づいたエリーゼが、リザの背中をそっと撫で、訊いた。
「大丈夫? 具合が悪くなったのなら、いつでも言うのよ?」
「ううん、大丈夫……。ありがとう」
 気分が優れないようなら――とアズランドが言葉にしようと口を開いた瞬間、
「あの人たち、止めないとっ」
 ロウェルが叫んだ。老人を輿に担いでぞろぞろと去り行く虹の樹を信仰する者たちを追おうとしていたが、
「どうやってだい?」
 アズランドが声を掛けると、その足が止まった。
「え?」
「よしんば、キミの説得に耳を傾けてくれたとして――踏みとどまったのだとしても。それはきっと、一時的なものに終わる。いつか、あの手の甘言に乗っかってしまうだろう」
「でも! そんな死ぬのと一緒じゃないっすか……!」
 ロウェルは、断固として許せない……そんな、真剣な顔をしていた。
 アズランドはふっと、目を細めた。
 ひたむきでいられるロウェルと差し向かっていると、いつも、参りそうになる。羨望と憐れみが入り混じり、むず痒くてたまらなくなってしまう。
「止めはしないよ。ただ、これだけは覚えておいてほしい。この間、俺がキミの日課を理想論だと言ったのは……キミにも、救える人と救えない人がいるということでもある。例えそれが、キミの目に映る上のことであっても」
「それは……」
 ロウェルは咄嗟になにかを言いかけ、口をつぐんだ。痛いところを突かれたように。
「まずは、確実に一人を助けてあげればいいじゃないか」
 それが詭弁きべんになることを承知で、アズランドはリザに目を当てた。
 ロウェルはリザと視線を交わし、腑に落ちなさそうではあるが、
「……そうっすね。早いところ、捜してあげないと」
 彼女を安心させるように、元気よく笑った。


「四人もいるんだし。二手に分かれましょう。私とロウェルで南側サウスサイドを当たってみるわ。日が沈む前に、またトラヴァーで落ち合いましょう」
 岐路きろに差し掛かり、エリーゼが提案した。
「そういえば、今日はあの頼もしいボディガードの姿を見かけないね」
 不意に違和感の正体に気づいて、アズランドは言ってみた。無骨な身を花で飾られたゴーレムに、今日のエリーゼは乗っていなかった。
「メンテナンス中よ。けっこう、痛めつけられたから。一部の交換だけで済むとかって話だけど」
「お花のゴーレム……また、会いたいな」
 しょんぼりとなって、リザがぼそぼそと言った。ロウェルが声を張り上げる。
「そのうち、会えるさ。姉ちゃんを連れて、会いに行けばいいって!」
「うん……!」
「それじゃあ、俺はこちらの澄まし顔の彼女と東側イーストサイドを中心に回ってみようかな」
 アズランドは自分たちの方針を述べた。
 それから、ぶかぶかのドレスが風にさらわれそうになっているのを、リザが懸命に押さえている姿を目に留める。なかなか深刻に捉えながら、小声で向かうべき先を決めた。
「……とりあえずは、あれからなんとかする必要があるか」
 そこを、エリーゼに耳打ちされた。ぴしゃりとした語調で。
「いい? ちゃんと、するのよ」
 なにをどう、と言わなかったし、アズランドも聞き返しはしなかった。ただ、肩をすくめて、こう返した。
善処ぜんしょは、してみるよ」
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