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第四五話
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どこで道を違えたのだろう。
それともすべての道がここへ繋がっていて、辿り着くべくして辿り着いたのか。
「どうでしょう。正しさだけを求めるのであれば、悪政を敷き、民を虐げた魔の女王であるわたくしは、火に炙られ殺されるべきなのでしょうけれど」
それは嫌だ。だったら正しさなどいらない。
生きていてほしい。
どれほどつらくても、苦しくても、生きてさえいればきっと――。
「牢に繋がれ、誰に会うこともなく、ただ老いて朽ち果てるのを独り待てと仰るの?」
果たしてそれを生きていると言えるのかと彼女は問う。それは否というより他の返答を許さない詰問だった。
後手に回るとはまさにこのことだ。
すべては次代の月神女と目されていたアガリエが、突然王城を訪れたことが契機となっていた。
そして彼女の隣に神たる青年がいたことが、時機を待っていた者たちを焚きつけた。
王位継承にまつわる騒動は起きるべくして起きたものだ。それを止めることが叶わなかったとしても、せめて亡き王母の暴走を抑えることができていれば、このような事態にはならなかったのではないだろうか。
皆で少年王を支え、国を立て直していれば、あるいは。
「義母上がいなければ、当初の計画通り、わたくしは悪名高い月神女となるべく、今よりさらに悪事に手を染めていたことでしょう。父の代から続く腐敗は根深く、自らその極致に至らなくてはすべてを把握することさえ難しく、いつか誰かが道連れにしなくてはならないほど強大なものだったのです。わたくしに選ぶことができたのは、玉座に座す弟君の隣にいるのが義母上か、……イリかということだけです。わたくしとしてはイリを玉座に近づけたくはなかったのですけれど。イリには政の喧騒とは程遠い場所で、心の赴くままに過ごしていてもらえたら、それで」
ああ、そうか。
不意に気づいた。
アガリエは己の命よりも、イリの方が大切なのだ。
月神女であることも女王であることも、彼女にとってはさほど重要なことではない。
地位や名誉よりも大切なもの。
それは双子の姉の行く末が幸せであるかどうか。
もしもアガリエの身に何かあれば、次代の月神女に選ばれるのは姉であるイリなのだろう。王位継承権がある王子にばかり気を取られていたが、思えば月神女になる資格を有する王家の子女の数も少ない。アガリエほどではないにしろ、イリもまた西という重要な地を任せるに足る神女だ。
月神女ともなれば必然、玉座に近づく。
あの心優しいイリが不正を見過ごせるはずもない。彼女が月神女になったなら、傷つき苦しみながらも立ち向かっていくはずだ。
アガリエが本当に嫌なのは、きっとイリが悲しむことなのだ。
ゆえに、アガリエこそを助けたいと望むゼンの心は、彼女には届かない。
イリが泣くことのない世であること。
それがアガリエの、本当の願い。
けれどいかにマナ使いであろうと、完璧な世を作ることはできない。
だからアガリエは願わなかった。
己の願いは己で叶えるべく十年来の計画を遂行し、願うかわりにゼンを神と偽り利用した。
腕に抱く少女の体はこんなにも小さく、頼りない。
いっそこのまま二人で逃げてしまおうか。
このまま歩を進めればいずれ地上に辿り着く。民の不満を一心に受け止めて、アガリエは死ぬつもりだ。そうなる前にどこか遠くへ逃げてしまえば。
「わたくしがそれを許すとでも?」
思わない。
だからこそ彼女の体はこんなにも弱っている。
逃げたところで先は永くない。いくら注いでも零れ落ちていくマナがそれを物語っている。
彼女の体はもう限界なのだ。おそらくは毒に侵されている。
だったらせめて彼女の願いを叶えてやるべきだ。
目頭が熱い。
胸の奥も熱い。
大切なのに、大切だからこそ、他の選択肢を選べないことがあるなんて、知らなかった。
「わたくしにくちづけてみますか?」
以前、くちづけることで彼女からマナを奪い、気絶させてしまったことがある。そのことを揶揄しているのだと気づき、苦笑した。
額に、目元に、唇に、そっとくちづける。
冷たい頬がくすぐったい、と笑う。
「わたくしのマナ使いがゼン様で、心からよかったと思います」
それともすべての道がここへ繋がっていて、辿り着くべくして辿り着いたのか。
「どうでしょう。正しさだけを求めるのであれば、悪政を敷き、民を虐げた魔の女王であるわたくしは、火に炙られ殺されるべきなのでしょうけれど」
それは嫌だ。だったら正しさなどいらない。
生きていてほしい。
どれほどつらくても、苦しくても、生きてさえいればきっと――。
「牢に繋がれ、誰に会うこともなく、ただ老いて朽ち果てるのを独り待てと仰るの?」
果たしてそれを生きていると言えるのかと彼女は問う。それは否というより他の返答を許さない詰問だった。
後手に回るとはまさにこのことだ。
すべては次代の月神女と目されていたアガリエが、突然王城を訪れたことが契機となっていた。
そして彼女の隣に神たる青年がいたことが、時機を待っていた者たちを焚きつけた。
王位継承にまつわる騒動は起きるべくして起きたものだ。それを止めることが叶わなかったとしても、せめて亡き王母の暴走を抑えることができていれば、このような事態にはならなかったのではないだろうか。
皆で少年王を支え、国を立て直していれば、あるいは。
「義母上がいなければ、当初の計画通り、わたくしは悪名高い月神女となるべく、今よりさらに悪事に手を染めていたことでしょう。父の代から続く腐敗は根深く、自らその極致に至らなくてはすべてを把握することさえ難しく、いつか誰かが道連れにしなくてはならないほど強大なものだったのです。わたくしに選ぶことができたのは、玉座に座す弟君の隣にいるのが義母上か、……イリかということだけです。わたくしとしてはイリを玉座に近づけたくはなかったのですけれど。イリには政の喧騒とは程遠い場所で、心の赴くままに過ごしていてもらえたら、それで」
ああ、そうか。
不意に気づいた。
アガリエは己の命よりも、イリの方が大切なのだ。
月神女であることも女王であることも、彼女にとってはさほど重要なことではない。
地位や名誉よりも大切なもの。
それは双子の姉の行く末が幸せであるかどうか。
もしもアガリエの身に何かあれば、次代の月神女に選ばれるのは姉であるイリなのだろう。王位継承権がある王子にばかり気を取られていたが、思えば月神女になる資格を有する王家の子女の数も少ない。アガリエほどではないにしろ、イリもまた西という重要な地を任せるに足る神女だ。
月神女ともなれば必然、玉座に近づく。
あの心優しいイリが不正を見過ごせるはずもない。彼女が月神女になったなら、傷つき苦しみながらも立ち向かっていくはずだ。
アガリエが本当に嫌なのは、きっとイリが悲しむことなのだ。
ゆえに、アガリエこそを助けたいと望むゼンの心は、彼女には届かない。
イリが泣くことのない世であること。
それがアガリエの、本当の願い。
けれどいかにマナ使いであろうと、完璧な世を作ることはできない。
だからアガリエは願わなかった。
己の願いは己で叶えるべく十年来の計画を遂行し、願うかわりにゼンを神と偽り利用した。
腕に抱く少女の体はこんなにも小さく、頼りない。
いっそこのまま二人で逃げてしまおうか。
このまま歩を進めればいずれ地上に辿り着く。民の不満を一心に受け止めて、アガリエは死ぬつもりだ。そうなる前にどこか遠くへ逃げてしまえば。
「わたくしがそれを許すとでも?」
思わない。
だからこそ彼女の体はこんなにも弱っている。
逃げたところで先は永くない。いくら注いでも零れ落ちていくマナがそれを物語っている。
彼女の体はもう限界なのだ。おそらくは毒に侵されている。
だったらせめて彼女の願いを叶えてやるべきだ。
目頭が熱い。
胸の奥も熱い。
大切なのに、大切だからこそ、他の選択肢を選べないことがあるなんて、知らなかった。
「わたくしにくちづけてみますか?」
以前、くちづけることで彼女からマナを奪い、気絶させてしまったことがある。そのことを揶揄しているのだと気づき、苦笑した。
額に、目元に、唇に、そっとくちづける。
冷たい頬がくすぐったい、と笑う。
「わたくしのマナ使いがゼン様で、心からよかったと思います」
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