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第四六話
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ゼンがアガリエをつれて地上に戻る頃には、太陽はすでに薄暗い闇に覆いつくされていたが、微かだが光を取り戻す気配も見えた。暗がりの向こうに薄っすらと、けれど確かに光が広がっていく。
しかし混乱を極める地上で、そのことに気づく者は少ない。
前庭では敵味方入り乱れた戦闘が繰り広げられていた。
御殿に本陣を構えているのは女王派だろう。ならば敵対しているのは、ゼンと共に地下道から城へ侵入した西の者たちのはずだ。首尾よく同朋を城内へ引き入れることに成功したと見える。
ゼンはアガリエを抱き抱えたまま正門の赤屋根の上に降り立つ。ここなら矢も届かない。
アガリエを腕から下ろす。すでに一人で立つ力さえ残されていない彼女は、屋根の上に座り込んだ。
「ゼン!」
名を呼ばれるも、相棒の姿を見つけるのにしばし時間を要した。
タキの姿は門から少し離れた場所にあった。
傍らには紫をまとう少年――見覚えがあると思ったら、それは先王だった。
地下の鍾乳洞で別れた折、タキは気になる気配があると言っていたが、あれは先王のことだったのか。
姉と弟の視線が重なる。
周囲が止めるのも聞かず、少年は叫ぶ。
「姉上、どうかこの騒乱をお鎮めください!」
「そう願うのならば、そなたが刀を引けば良いではないか。謀反を起こしたのはわたくしではなく、そなたであろう。騒乱の原因はそなただ」
姉の冷ややかな指摘に少年は柳眉を寄せたが、引かなかった。
「姉上の配下の者は大方捕らえました。城が落ちるのも時間の問題。もう充分です。あとは私に任せて、姉上は前線を退いてください」
「馬鹿馬鹿しい。わたくしに王位を譲ったのはそなただぞ。つい昨日……いや、太陽が再び昇ろうとしているからすでに一昨日のことか。たった三日で心変わりしたとでも言うのか。それが事実なら随分と短慮なことだ」
「どうとでも仰ってください。私は引きません。タキ、姉上を捕らえよ」
「僕がですか?」
「ゼン様と戦えるのは、そなたしかおらぬであろう。必ずだぞ、必ず姉上を生きたまま私の元へお連れせよ!」
渋るタキを少年は地団太を踏みそうな勢いで急かす。
ゼンもアガリエに背を押された。
「行ってください。わたくしは大丈夫ですから」
「……大丈夫って、何が大丈夫なんだよ」
喧騒の中、弟の耳に届くよう声を張ることさえ本当はつらいはずなのに。
アガリエの指を握りしめる。
「タキ様と戦わせることになってしまい、本当に申し訳なく思いますが、ゼン様に守っていただけるなんて、わたくし……」
冷たい指先がぎゅっとゼンの手を握り返す。
「心が躍ります」
「……馬鹿だな、本当に」
離れがたい。だがタキは待ってくれない。
アガリエの指を、放す。
心と体が乖離しそうなほどつらいのに、指は驚くほど呆気なく離れた。痛みを伴う息苦しさを後に残して。
ゼンを警戒しているのか、門の周囲には不自然な人の輪ができていた。武器を手にした誰もがその照準をゼンに合わせている。
どうやら先王の配下は、女王とともに現れたゼンを敵とみなしているようだ。神と崇めもてはやされていた頃が懐かしまれる。
地上に降りる。
目の前に立つのは相棒だ。いつもふらりとどこかへ行っては、それでも必ずゼンを見つけてくれる。誰より頼りになる相棒で、今までも、きっとこれからだって彼の言うとおりに動いていれば道を間違うことはない。
積み重ねてきたこれまでの歳月の中で、それが嫌というほどわかっているのに、どうして自分たちは今、対峙しているのだろう。
思うことは同じらしい。
タキは不思議そうに首を傾げる。
「僕の依頼主は、彼女を助けたいと願っているのですが……」
「そんなの俺だって助けたいよ」
「では何故、きみは僕と戦おうとしているのですか?」
「……命を守るだけじゃ、アガリエは満足してくれないから。邪魔だてしようものなら俺だって蹴り飛ばされるよ」
その時、誰かが叫んだ。
「魔物だ!」
――魔物?
その異質な気配に惹きつけられるようにゼンは空を振り仰ぐ。
ぼたり。
赤瓦の上に飛び散る鮮血、力なく垂れた手に刻み込まれた紋様が見る間に赤に飲み込まれてゆく。
胸元に刺さる牙がさらに深く食い込むと、
肉の奥で、骨が折れる音が、した。
しかし混乱を極める地上で、そのことに気づく者は少ない。
前庭では敵味方入り乱れた戦闘が繰り広げられていた。
御殿に本陣を構えているのは女王派だろう。ならば敵対しているのは、ゼンと共に地下道から城へ侵入した西の者たちのはずだ。首尾よく同朋を城内へ引き入れることに成功したと見える。
ゼンはアガリエを抱き抱えたまま正門の赤屋根の上に降り立つ。ここなら矢も届かない。
アガリエを腕から下ろす。すでに一人で立つ力さえ残されていない彼女は、屋根の上に座り込んだ。
「ゼン!」
名を呼ばれるも、相棒の姿を見つけるのにしばし時間を要した。
タキの姿は門から少し離れた場所にあった。
傍らには紫をまとう少年――見覚えがあると思ったら、それは先王だった。
地下の鍾乳洞で別れた折、タキは気になる気配があると言っていたが、あれは先王のことだったのか。
姉と弟の視線が重なる。
周囲が止めるのも聞かず、少年は叫ぶ。
「姉上、どうかこの騒乱をお鎮めください!」
「そう願うのならば、そなたが刀を引けば良いではないか。謀反を起こしたのはわたくしではなく、そなたであろう。騒乱の原因はそなただ」
姉の冷ややかな指摘に少年は柳眉を寄せたが、引かなかった。
「姉上の配下の者は大方捕らえました。城が落ちるのも時間の問題。もう充分です。あとは私に任せて、姉上は前線を退いてください」
「馬鹿馬鹿しい。わたくしに王位を譲ったのはそなただぞ。つい昨日……いや、太陽が再び昇ろうとしているからすでに一昨日のことか。たった三日で心変わりしたとでも言うのか。それが事実なら随分と短慮なことだ」
「どうとでも仰ってください。私は引きません。タキ、姉上を捕らえよ」
「僕がですか?」
「ゼン様と戦えるのは、そなたしかおらぬであろう。必ずだぞ、必ず姉上を生きたまま私の元へお連れせよ!」
渋るタキを少年は地団太を踏みそうな勢いで急かす。
ゼンもアガリエに背を押された。
「行ってください。わたくしは大丈夫ですから」
「……大丈夫って、何が大丈夫なんだよ」
喧騒の中、弟の耳に届くよう声を張ることさえ本当はつらいはずなのに。
アガリエの指を握りしめる。
「タキ様と戦わせることになってしまい、本当に申し訳なく思いますが、ゼン様に守っていただけるなんて、わたくし……」
冷たい指先がぎゅっとゼンの手を握り返す。
「心が躍ります」
「……馬鹿だな、本当に」
離れがたい。だがタキは待ってくれない。
アガリエの指を、放す。
心と体が乖離しそうなほどつらいのに、指は驚くほど呆気なく離れた。痛みを伴う息苦しさを後に残して。
ゼンを警戒しているのか、門の周囲には不自然な人の輪ができていた。武器を手にした誰もがその照準をゼンに合わせている。
どうやら先王の配下は、女王とともに現れたゼンを敵とみなしているようだ。神と崇めもてはやされていた頃が懐かしまれる。
地上に降りる。
目の前に立つのは相棒だ。いつもふらりとどこかへ行っては、それでも必ずゼンを見つけてくれる。誰より頼りになる相棒で、今までも、きっとこれからだって彼の言うとおりに動いていれば道を間違うことはない。
積み重ねてきたこれまでの歳月の中で、それが嫌というほどわかっているのに、どうして自分たちは今、対峙しているのだろう。
思うことは同じらしい。
タキは不思議そうに首を傾げる。
「僕の依頼主は、彼女を助けたいと願っているのですが……」
「そんなの俺だって助けたいよ」
「では何故、きみは僕と戦おうとしているのですか?」
「……命を守るだけじゃ、アガリエは満足してくれないから。邪魔だてしようものなら俺だって蹴り飛ばされるよ」
その時、誰かが叫んだ。
「魔物だ!」
――魔物?
その異質な気配に惹きつけられるようにゼンは空を振り仰ぐ。
ぼたり。
赤瓦の上に飛び散る鮮血、力なく垂れた手に刻み込まれた紋様が見る間に赤に飲み込まれてゆく。
胸元に刺さる牙がさらに深く食い込むと、
肉の奥で、骨が折れる音が、した。
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