平成犬形男子と昭和猫形喪女の狭間で起きた恋愛バトル

香穂

文字の大きさ
7 / 17

7 失言ってやばい

しおりを挟む
 まじでへこむー。


 後輩の横峯は、女であって、女でない。
 仕事帰りに飲みに行くことになった。最近よく行く居酒屋。へこんでても一口目のビールは旨い。枝豆も旨い。


「これで目の前にいるのが可愛いカノジョだったらなー」
「横峯だって、一緒に飲むなら横峯を可愛いがってくれる男の人がいいです。あ、やっば。この砂肝まじうまー」


 横峯の何が駄目って、こういうとこだと思う。
 俺が言えた義理ではないが、まじうまーは、ないだろう。せめて美味しいと、しとやかに言ってくれ。
 空腹がやわらぐ頃合いを見計らって、俺は気になっていたことを聞いてみた。


「そういや、楠ノ宮さんてさ、なんで独り身なんだろうな」
「ご縁がなかったそうですよ」
「あんなにいい人なのに?」
「らしいですね。まわりはもうみんな既婚者だし、浮気や不倫は絶対嫌だって言ってらしたし。それに楠ノ宮さん、一人でなんでもできちゃいますからね」


 横峯は今年の新入社員。入社してからこちら、ずっと楠ノ宮さんと同じ部署で働いるので、そのあたりの事情に詳しいかと思って誘ったのだが、予想通りだったみたいだ。
 もう少し酔わせて詳しく聞きたい。
 ほろ酔いの横峯はよくしゃべった。


 入社してからお世話になったこと。
 楠ノ宮さんと一緒に遊びにいったこと。
 終電を逃して泣きついたら、仕方がないなと家に泊めてくれたこと。手作りの朝御飯が美味しかったこと。


 まあ、俺と大した違いはない。
 違いはないが、俺は一緒に遊びに行ったこともなければ、彼女の家に泊まったこともない。
 なんだか悔しい。なぜだ。


「なんでなんだろうなー」
「何がですか?」
「コンビニ行こうっつったら、一緒に行ってくれるんだけどさ」
「まぁ、コンビニくらい、みんな行きますからね」
「でも、カフェに行こうって言ったら、もう一人で行ってきたって断られた」
「まぁ、もう行ってきたからでしょうね」
「焼き肉に誘ったら、いいよって言ってくれたはずなのに、結局流れたし」
「それは佐倉さんがあの後、打ち合わせ入ってたからでしょ。先週の話ですよね? 横峯、あの後、一緒にイタリアン食べに行きましたよ」
「昨日は」
「あれはだって、楠ノ宮さんも横峯も、突発的残業で、それどころじゃなかったもん」


 なんだろう。この、俺と横峯の差は。
 タイミング?
 あれ、これって俺、脈なし?


 はじめて楠ノ宮さんにアプローチしたのは、もう二ヶ月も前のことだ。
 ふたりきりになった事務所で、遠回しに付き合いたいなーと言ってみた。
 けど、ちょっとミスって、うまく気持ちが伝わらなかった。


 でもたしかに俺のこと、好きだよーって思ってくれてる。
 気が、してた、
 のだが。


 もしや気のせいだった?


「なんですか、佐倉さん、この前も女の子とデートしてたじゃないですか。それなのに楠ノ宮さんとも遊びたいんですか」
「それはそれ、これはこれ」
「はー? 意味わかんないんですけど。好きでもないのにデートするとか、付き合うとか。しかも前の彼女と別れてからまだ二ヶ月ちょっとですよね?」


 そうだ。
 ちなみに大学時代の友達の結婚式には間に合わず、赤っ恥をかいた。忘れたい。忘れよう。


「横峯は、べつに彼氏欲しいなんて思いません。休みは友達と遊ぶし、大学時代のサークルにもまだ顔出してるし、なんやかんや忙しいです」
「おまえはそうだろうけど、…あ」
「あー、楠ノ宮さん、原さん!」


 なんと楠ノ宮さんと原さんが店の入口に立っていた。
 声がバカでかい横峯のせいで、ふたりはこっちに気づいてやったきた。隣の空席を引っ付けて、四人で焼き鳥を囲んで乾杯する。


「それで、ふたりで何話してたわけ? 仕事の愚痴? あ、上司の愚痴か!」


 原さんは俺の上司だ。
 この流れはまずい。
 横峯がまずい。
 何を言い出すかわかったもんじゃない。
 ここはとりあえず早急に、すぐさま、先手を打つべし!


「横峯にどうやったら男ができるか打ち合わせしてました」
「あー横峯もフリーだっけ」
「そうなんですよー。生涯フリーです。誰とも付き合ったことないです。男の人って、そういう女は引いちゃうんですよね?」


 横峯はこのあたりさばさばしている。
 

「そうだなぁ。そういうやつもいるなぁ」
「誰とも付き合ったことないってことは、どっかおかしい、面倒な女だって思われるってことですか?」
「そうだなぁ」
「原さん、横峯に興味なさすぎです。そうだなぁ、しか言ってませんよ」
「んなこと言ったってなぁ。董子さん、どう思う?」
「んー、横峯は、彼氏が欲しいって本気で思ってないからね。他に楽しいことがたくさんあるから。でも告白されたことはあるんでしょ」
「そんなバカな!」
「佐倉さん、今夜は夜道に気をつけてください。たぶん横峯に刺されますよ。あ、そうだ! 楠ノ宮さん、次の休みの予定って、もう決まっちゃいましたか?」
「まだだけど…」
「横峯、楠ノ宮さんと一緒に行きたい和食のお店があるんです。駅前に十一時待ち合わせとかどうですか? 時間が合えば映画館も近いし、この前観たいって楠ノ宮さんが言ってたやつ、観てもいいですし」


 董子さんはわかった、とあっさり頷いて、鞄からスケジュール張を取り出して予定を書き込んだ。
 にやりと横峯が俺を見て意地悪そうに笑う。
 横峯、恐るべし。
 なんてリサーチ力と、董子さんの扱いの巧さ。

 董子さんは原さんと仕事の話をし始める。このふたりは同年代ということもあってか、仲が良い。


 あれ?


「楠ノ宮さんて、いくつでしたっけ?」


 みんなの視線が俺に集まる。
 やべ。思ったことが口から出てた。酔ってんのかな俺。


「え、なに。董子さん、36歳だよ。佐倉とひとまわり違う感じだろ」


 今更?とみんかが変な顔をする。
 やばい。
 まじで今更だけど、今更知った。
 いや、知ってたはずだ。ただ認識して記憶に留めてなかっただけで。
 董子さんも眉間のしわがすごい。なに言ってやがんだ、こいつ的なしわだ。


「急になんの話?」
「あ、いや、なんとなく。原さんと同年代だったよなーと思って」
「俺は、董子さんより二つ年下。そう考えると董子さんは本当に若作りだよなー」
「若作りて言うな」


 ひとまわり。
 12歳差。
 干支は、まさかの同じってことか!


「なに、本当に知らなかったの?」
「原さん、佐倉さんはね」


 やばい。横峯がやばい。なにか別の話題を!


 この時、俺は酔っていた。

 そしてまじで焦ってた。


「俺、新しいカノジョができましたー」


 酔いと焦りと理由のわからない見栄で口走った言葉は、さらに俺をやばい方向へと連れていくことになるとは、



 …さすがに感じ取っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる

九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。 ※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。

氷の宰相補佐と押しつけられた厄災の花嫁

瑞原唯子
恋愛
王命により、アイザックはまだ十歳の少女を妻として娶ることになった。 彼女は生後まもなく始末されたはずの『厄災の姫』である。最近になって生存が判明したが、いまさら王家に迎え入れることも始末することもできない——悩んだ末、国王は序列一位のシェフィールド公爵家に押しつけたのだ。

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

【完結】離婚を切り出したら私に不干渉だったはずの夫が激甘に豹変しました

雨宮羽那
恋愛
 結婚して5年。リディアは悩んでいた。  夫のレナードが仕事で忙しく、夫婦らしいことが何一つないことに。  ある日「私、離婚しようと思うの」と義妹に相談すると、とある薬を渡される。  どうやらそれは、『ちょーっとだけ本音がでちゃう薬』のよう。  そうしてやってきた離婚の話を告げる場で、リディアはつい好奇心に負けて、夫へ薬を飲ませてしまう。  すると、あら不思議。  いつもは浮ついた言葉なんて口にしない夫が、とんでもなく甘い言葉を口にしはじめたのだ。 「どうか離婚だなんて言わないでください。私のスイートハニーは君だけなんです」 (誰ですかあなた) ◇◇◇◇ ※全3話。 ※コメディ重視のお話です。深く考えちゃダメです!少しでも笑っていただけますと幸いです(*_ _))*゜

処理中です...