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三章 騎士はお姫様の幼馴染
12 美形獣人による獣人講座
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公園は居づらくて、二人はちょっと早めにレーヴの勤務先へと足を向けた。いつもはやや早歩きで進む道のりを、今日は時間に余裕があるので、まったりと進んでいる。
「ねぇ、デューク。あなたって、デューク・オロバスっていうのね」
「正式にはまだ、ただのデュークなんだ。人になった後に、きちんとした地位が与えられて、そういう名前になる予定になっている」
「きちんとした地位?」
「僕ら獣人は、人族よりも遥かに強い。肉体も、魔力も、なにもかも。それは獣人から人になっても変わらない。この国では強さが物を言うから、僕ら獣人は人になるとそれなりに高い地位が与えられるんだ」
「へぇ、そうなの」
そういえばマリーがそんなことを言っていた気がする。現実逃避をしながら聞いていたので、レーヴはうっかり忘れていた。
とはいえ、いくら偉い人だろうと好きになるのかは別問題だ。中にはそれで好きになる人もいるだろうが、レーヴは違う。
「少し、グラッとした?」
「しない」
「残念」
悪戯を企む子供みたいに無邪気な笑顔をデュークが浮かべている。ぽんぽんと漫才のように話が続くのが面白くて、レーヴはクスクスと笑った。
先程の紳士的な態度とは打って変わって可愛らしい様子のデュークに力が抜ける。紳士的な彼も素敵だけれど、こんな風に気兼ねなく話せる彼の方がレーヴはずっと好みだ。
「オロバスっていうのは、馬の姿をした悪魔の名前みたいだよ。魔獣から人になった人にはみんな悪魔の名前から名付けられるらしい」
「デューク以外の獣人に会ったことがないけど、獣人から人族になった人って結構いるものなの?」
「昔は少なかったみたいだけど、魔獣を保護するような風潮になってからは少しずつ増えている。僕が知っているのは、フラウロス、マルコシアス、モラクス、ラウム……」
次々に挙げられる名前の中にとんでもない地位の人物がいたことに気付いたレーヴは、「もうそこまでで大丈夫」とデュークを止めた。聞き間違いでなければ、王族の剣術指南役とか近衛騎士隊の隊長がそんな名前だったはずだ。
(なんて恐ろしい)
マリーが言ってたように、元魔獣で元獣人の現人族は意外とわらわら存在しているらしい。レーヴが思う以上に多くの魔獣が恋をして、そして受け入れられているようだ。
「魔獣って、恋に落ちやすい性質でもあるのかしら」
寿命を捻じ曲げて獣人になることは恐ろしくないのだろうか。レーヴは人族である自分が今よりも短命でいつ消滅するか分からない獣人になることを想像して、でも想像しきれなくて諦めたように溜め息を吐いた。
もしも誰かに、デュークのために人であることをやめられるかと聞かれたら、レーヴは無理だと答えるだろう。今のレーヴの気持ちなんて、その程度。デュークを人族にしてあげることなんて無理なのかもしれない。
(大丈夫かもなんて思っていた私は愚かだ)
いくら魔獣保護団体や国が支援しているといっても、人の心までどうにかできるものじゃない。ちょっとデートして好意を抱いたところで、獣人の覚悟に報いるほどの想いとは程遠い。
「魔獣は人族が好きなんだ。僕らは人族に嫌われていることを知っているからあまり近づかないようにしているけど、好奇心が旺盛なやつはこっそり人の街に近付いて、運命の相手がいないか探す。魔獣が狩られていた時代も、僕らは人族に恋することをやめなかった。魔獣や獣人にとって、人族は可愛いんだ。とっても弱くて、愚かで、可愛い」
先日の自分の甘さを後悔し沈黙するレーヴが、魔獣について考えているように見えたデュークは彼女の呟きにそう返した。
デュークの話を聞いて、レーヴはしかめ面をして彼を見た。彼の話をそのまま受け取ると、なんだか歪んだ恋愛観のようにも聞こえたからだ。
弱くて可愛いのはまだ分かる。華奢な少女は守ってやりたくなるような気持ちになるだろう。しかし、愚かで可愛いというのは見下していないだろうか。
(愚かで可愛い?馬鹿な子ほど可愛いとかそういう意味なの?)
「僕も、運命の子を探していた。僕は魔馬だったから、厩舎に紛れ込んだりしてね。なかなか見つからなかったけど、諦めなくて良かった。君を見つけられたから」
「運命の子って、探すものなの?」
「気になったのはそこか。僕としては、君を見つけたってところに注目してもらいたかったなぁ……」
不意打ちで言われても、対応に困る。レーヴはデュークの目を見ていられず、決まり悪そうに俯いた。
「ごめん。困らせたかったわけじゃない。そうだね、運命の子は探すものだよ。森の中にいたら出会うことはまずないと思う。魔の森に来る人族は、あまりいないから」
「どうやって、運命の子って分かるの?」
「今日はいろいろ聞いてくるね」
「嫌だった?」
「いや、嬉しいよ。うーん……どうやって、か。あくまで僕の場合は、だけど」
「僕の場合は?」
「……残念。もう郵便局が見えてきてしまった」
そう言ってするりと繋いでいた手を解いたデュークは、さっさとまわり右をして行ってしまった。
「え?あ、デュークッ」
「続きはまた今度」
後ろ手に手を振るデュークに、見えないのは分かっていたがレーヴもなんとなく手を振り返す。そして、長めの襟足から覗く首筋が微かに赤らんでいるのを見つけて、レーヴは安堵した。デュークの態度が唐突過ぎて、言いたくないことを聞こうとしていたかもしれないと心配になっていたからだ。
「明日のお昼が楽しみだなぁ」
一体デュークはどこでレーヴに恋をしたのだろう。聞けば絶対恥ずかしくなるだろうが、聞きたくてたまらない。
「厩舎に混ざってたって言っていたから、そこかな?でも一体、どこの厩舎だろう?」
早馬部隊の厩舎で青毛の馬は見たことがない。知らないうちにいたのだろうかと首を傾げながら、レーヴは昼休憩の終了を知らせる鐘の音に急かされるように郵便局へ走った。
レーヴの走る足は、次の逢瀬を期待するように弾んでいた。
「ねぇ、デューク。あなたって、デューク・オロバスっていうのね」
「正式にはまだ、ただのデュークなんだ。人になった後に、きちんとした地位が与えられて、そういう名前になる予定になっている」
「きちんとした地位?」
「僕ら獣人は、人族よりも遥かに強い。肉体も、魔力も、なにもかも。それは獣人から人になっても変わらない。この国では強さが物を言うから、僕ら獣人は人になるとそれなりに高い地位が与えられるんだ」
「へぇ、そうなの」
そういえばマリーがそんなことを言っていた気がする。現実逃避をしながら聞いていたので、レーヴはうっかり忘れていた。
とはいえ、いくら偉い人だろうと好きになるのかは別問題だ。中にはそれで好きになる人もいるだろうが、レーヴは違う。
「少し、グラッとした?」
「しない」
「残念」
悪戯を企む子供みたいに無邪気な笑顔をデュークが浮かべている。ぽんぽんと漫才のように話が続くのが面白くて、レーヴはクスクスと笑った。
先程の紳士的な態度とは打って変わって可愛らしい様子のデュークに力が抜ける。紳士的な彼も素敵だけれど、こんな風に気兼ねなく話せる彼の方がレーヴはずっと好みだ。
「オロバスっていうのは、馬の姿をした悪魔の名前みたいだよ。魔獣から人になった人にはみんな悪魔の名前から名付けられるらしい」
「デューク以外の獣人に会ったことがないけど、獣人から人族になった人って結構いるものなの?」
「昔は少なかったみたいだけど、魔獣を保護するような風潮になってからは少しずつ増えている。僕が知っているのは、フラウロス、マルコシアス、モラクス、ラウム……」
次々に挙げられる名前の中にとんでもない地位の人物がいたことに気付いたレーヴは、「もうそこまでで大丈夫」とデュークを止めた。聞き間違いでなければ、王族の剣術指南役とか近衛騎士隊の隊長がそんな名前だったはずだ。
(なんて恐ろしい)
マリーが言ってたように、元魔獣で元獣人の現人族は意外とわらわら存在しているらしい。レーヴが思う以上に多くの魔獣が恋をして、そして受け入れられているようだ。
「魔獣って、恋に落ちやすい性質でもあるのかしら」
寿命を捻じ曲げて獣人になることは恐ろしくないのだろうか。レーヴは人族である自分が今よりも短命でいつ消滅するか分からない獣人になることを想像して、でも想像しきれなくて諦めたように溜め息を吐いた。
もしも誰かに、デュークのために人であることをやめられるかと聞かれたら、レーヴは無理だと答えるだろう。今のレーヴの気持ちなんて、その程度。デュークを人族にしてあげることなんて無理なのかもしれない。
(大丈夫かもなんて思っていた私は愚かだ)
いくら魔獣保護団体や国が支援しているといっても、人の心までどうにかできるものじゃない。ちょっとデートして好意を抱いたところで、獣人の覚悟に報いるほどの想いとは程遠い。
「魔獣は人族が好きなんだ。僕らは人族に嫌われていることを知っているからあまり近づかないようにしているけど、好奇心が旺盛なやつはこっそり人の街に近付いて、運命の相手がいないか探す。魔獣が狩られていた時代も、僕らは人族に恋することをやめなかった。魔獣や獣人にとって、人族は可愛いんだ。とっても弱くて、愚かで、可愛い」
先日の自分の甘さを後悔し沈黙するレーヴが、魔獣について考えているように見えたデュークは彼女の呟きにそう返した。
デュークの話を聞いて、レーヴはしかめ面をして彼を見た。彼の話をそのまま受け取ると、なんだか歪んだ恋愛観のようにも聞こえたからだ。
弱くて可愛いのはまだ分かる。華奢な少女は守ってやりたくなるような気持ちになるだろう。しかし、愚かで可愛いというのは見下していないだろうか。
(愚かで可愛い?馬鹿な子ほど可愛いとかそういう意味なの?)
「僕も、運命の子を探していた。僕は魔馬だったから、厩舎に紛れ込んだりしてね。なかなか見つからなかったけど、諦めなくて良かった。君を見つけられたから」
「運命の子って、探すものなの?」
「気になったのはそこか。僕としては、君を見つけたってところに注目してもらいたかったなぁ……」
不意打ちで言われても、対応に困る。レーヴはデュークの目を見ていられず、決まり悪そうに俯いた。
「ごめん。困らせたかったわけじゃない。そうだね、運命の子は探すものだよ。森の中にいたら出会うことはまずないと思う。魔の森に来る人族は、あまりいないから」
「どうやって、運命の子って分かるの?」
「今日はいろいろ聞いてくるね」
「嫌だった?」
「いや、嬉しいよ。うーん……どうやって、か。あくまで僕の場合は、だけど」
「僕の場合は?」
「……残念。もう郵便局が見えてきてしまった」
そう言ってするりと繋いでいた手を解いたデュークは、さっさとまわり右をして行ってしまった。
「え?あ、デュークッ」
「続きはまた今度」
後ろ手に手を振るデュークに、見えないのは分かっていたがレーヴもなんとなく手を振り返す。そして、長めの襟足から覗く首筋が微かに赤らんでいるのを見つけて、レーヴは安堵した。デュークの態度が唐突過ぎて、言いたくないことを聞こうとしていたかもしれないと心配になっていたからだ。
「明日のお昼が楽しみだなぁ」
一体デュークはどこでレーヴに恋をしたのだろう。聞けば絶対恥ずかしくなるだろうが、聞きたくてたまらない。
「厩舎に混ざってたって言っていたから、そこかな?でも一体、どこの厩舎だろう?」
早馬部隊の厩舎で青毛の馬は見たことがない。知らないうちにいたのだろうかと首を傾げながら、レーヴは昼休憩の終了を知らせる鐘の音に急かされるように郵便局へ走った。
レーヴの走る足は、次の逢瀬を期待するように弾んでいた。
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