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六章 悪い魔女はお嬢様
25 アーニャとレーヴ
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デュークとジョージの試合から数日が経った。
あの日、ジョシュアはジョージを大変な勢いで叱り飛ばし、ぎっくり腰を再発した。現在は自宅にて安静中である。
ジョージは毎日のようにレーヴの前に現れては、謝ろうとして口をモゴモゴさせている。高いプライドが邪魔をして、素直に謝ることが出来ないらしい。
レーヴの方はジョージの顔を見るとあの時のーー自身に迫るナイフの鋭利さを思い出して恐怖を感じてしまい、彼を見るなり足早に逃げるようになってしまっていた。もともと苦手意識はあったが、今はその比ではない。
(軍人のくせに、情けない……)
レーヴは軍人だ。軍人たるもの、これくらいでめげていてはいけない。強くあらねばならないのだ。
ーー優秀な軍人たれ。
レーヴはそう、教えられてきた。
早馬部隊は戦いを主としていない。戦場を駆け抜け、いち早く伝令を届けるのが任務だ。
それでも、危険はある。戦場を駆ける早馬を射抜く矢が、阻む刃があるだろう。ジョシュアに聞いた戦場は、簡単に命が消える場所だった。
しかも、レーヴは栗毛の牝馬と呼ばれる女性なのである。ナイフが刺さって怪我をしたのならまだしも、彼女はデュークに守られ無傷。いつまでも恐怖を引き摺っていては、いざ戦になった時に困るのはレーヴだ。
そう理解してはいるのに、レーヴは恐怖を禁じ得なかった。
だって、レーヴは初陣さえ未経験の箱入り娘ならぬ箱入り軍人なのである。ジョシュアやアーニャ、支部のみんなに甘やかされ、危険なことなど何一つ経験しないままここまで来てしまった。
今は更にデュークがこれ以上ないくらい彼女を甘やかしている。
(こんなことじゃ、いけない)
デュークは魔獣保護団体の施設から脱走したことをマリーに責められ、自ら数日間の謹慎を申し出た。
数日とはいえ、怖い思いをした後だったのでレーヴとしては出来ればデュークにそばにいてほしかった。
けれど、レーヴにそんなワガママを言う権利があるのだろうか。言っても、デュークは喜んでレーヴの願いを叶えてくれるだろう。だけど、それで良いのか。そう思うと何も言えず、彼女はデュークの謹慎が解ける日を待っている状態だった。
午前の配達を終えて郵便局に戻ってきたレーヴは、配達物を入れていたショルダーバッグをデスクに置き、どさりと椅子に座り込んだ。疲れを見せる彼女に、アーニャが気遣わしげな視線を寄越してくる。
「どうしたの、アーニャ」
「ジョージが来ていたけれど、しばらく戻らないって言っておいたわ」
「……ありがとう」
ありがとうと言いながら、レーヴは苦い顔をしている。アーニャはそれが気がかりだった。
彼女がジョージにされたことは、子供同士の喧嘩とは次元が違う。だって、殺されかけたのだ。普通なら、顔も見たくないと怒って絶縁するだろう。
しかし、相手は幼い頃から一緒に育った幼馴染である。苦手だったとはいえ多少は情もあるらしく、なかなか割り切れるものでもないようだ。
「ねぇ、レーヴ。このままで、良いの?」
アーニャは余計なお世話だとは思ったが、言わずにはいられなかった。レーヴに酷い言葉をかけるジョージは嫌いだし、更に彼女を危険に晒したことは許しがたいことだ。
けれど、レーヴには後悔をして欲しくない。彼女を娘のように想ってるからこそ、アーニャは心配だった。
「良くは、ない」
レーヴだって分かっているのだ。でも、許せるほど聖人ではないし、絶縁できるほど情がないわけじゃない。仏頂面で呟くレーヴに、アーニャはどうしたものかと頭を悩ませた。
「許すか、許さないか。難しいわね」
「うん……」
「よく考えてみて。話を聞くことくらいしか出来ないけれど、私に出来る事があれば言ってちょうだい」
「うん……」
あの日、ジョシュアはジョージを大変な勢いで叱り飛ばし、ぎっくり腰を再発した。現在は自宅にて安静中である。
ジョージは毎日のようにレーヴの前に現れては、謝ろうとして口をモゴモゴさせている。高いプライドが邪魔をして、素直に謝ることが出来ないらしい。
レーヴの方はジョージの顔を見るとあの時のーー自身に迫るナイフの鋭利さを思い出して恐怖を感じてしまい、彼を見るなり足早に逃げるようになってしまっていた。もともと苦手意識はあったが、今はその比ではない。
(軍人のくせに、情けない……)
レーヴは軍人だ。軍人たるもの、これくらいでめげていてはいけない。強くあらねばならないのだ。
ーー優秀な軍人たれ。
レーヴはそう、教えられてきた。
早馬部隊は戦いを主としていない。戦場を駆け抜け、いち早く伝令を届けるのが任務だ。
それでも、危険はある。戦場を駆ける早馬を射抜く矢が、阻む刃があるだろう。ジョシュアに聞いた戦場は、簡単に命が消える場所だった。
しかも、レーヴは栗毛の牝馬と呼ばれる女性なのである。ナイフが刺さって怪我をしたのならまだしも、彼女はデュークに守られ無傷。いつまでも恐怖を引き摺っていては、いざ戦になった時に困るのはレーヴだ。
そう理解してはいるのに、レーヴは恐怖を禁じ得なかった。
だって、レーヴは初陣さえ未経験の箱入り娘ならぬ箱入り軍人なのである。ジョシュアやアーニャ、支部のみんなに甘やかされ、危険なことなど何一つ経験しないままここまで来てしまった。
今は更にデュークがこれ以上ないくらい彼女を甘やかしている。
(こんなことじゃ、いけない)
デュークは魔獣保護団体の施設から脱走したことをマリーに責められ、自ら数日間の謹慎を申し出た。
数日とはいえ、怖い思いをした後だったのでレーヴとしては出来ればデュークにそばにいてほしかった。
けれど、レーヴにそんなワガママを言う権利があるのだろうか。言っても、デュークは喜んでレーヴの願いを叶えてくれるだろう。だけど、それで良いのか。そう思うと何も言えず、彼女はデュークの謹慎が解ける日を待っている状態だった。
午前の配達を終えて郵便局に戻ってきたレーヴは、配達物を入れていたショルダーバッグをデスクに置き、どさりと椅子に座り込んだ。疲れを見せる彼女に、アーニャが気遣わしげな視線を寄越してくる。
「どうしたの、アーニャ」
「ジョージが来ていたけれど、しばらく戻らないって言っておいたわ」
「……ありがとう」
ありがとうと言いながら、レーヴは苦い顔をしている。アーニャはそれが気がかりだった。
彼女がジョージにされたことは、子供同士の喧嘩とは次元が違う。だって、殺されかけたのだ。普通なら、顔も見たくないと怒って絶縁するだろう。
しかし、相手は幼い頃から一緒に育った幼馴染である。苦手だったとはいえ多少は情もあるらしく、なかなか割り切れるものでもないようだ。
「ねぇ、レーヴ。このままで、良いの?」
アーニャは余計なお世話だとは思ったが、言わずにはいられなかった。レーヴに酷い言葉をかけるジョージは嫌いだし、更に彼女を危険に晒したことは許しがたいことだ。
けれど、レーヴには後悔をして欲しくない。彼女を娘のように想ってるからこそ、アーニャは心配だった。
「良くは、ない」
レーヴだって分かっているのだ。でも、許せるほど聖人ではないし、絶縁できるほど情がないわけじゃない。仏頂面で呟くレーヴに、アーニャはどうしたものかと頭を悩ませた。
「許すか、許さないか。難しいわね」
「うん……」
「よく考えてみて。話を聞くことくらいしか出来ないけれど、私に出来る事があれば言ってちょうだい」
「うん……」
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