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序章
08 獣人のはなし
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ディンビエ国とロスティ国の間には、魔の森が広がっている。
魔の森は、魔素が濃すぎて生き物が住むには困難な場所だったが、それでも過酷な環境で生きる生物がいた。それが、魔獣と呼ばれる獣である。
魔獣は、狼や狐といった森に生息しているような動物の姿をしているが、魔力を行使した魔術を扱うことが出来るものもいる。おとなしい馬の姿に油断していたら、突然木が鞭のようになって襲ってきた──そんなこともあるのだ。
魔獣には、大きく分けると二種類あって、理性がある魔獣と、理性がない魔獣が存在する。
理性がある魔獣には、秘密があった。
実は、人に恋心を抱くと、恋した相手に好かれたいあまりに人化──つまり、獣の耳や尻尾などの特徴を残した人、獣人になるのである。
「無事に恋が実れば、獣人特有の耳や尻尾がなくなり、人と同じ姿になります。しかし、残念ながら想いが通じ合わなければ、獣人は消滅する運命にあるのです」
そこまで話し終えて、ジョージはふぅと息を吐いた。
(長々しい説明、お疲れ様です)
エディはそっと、斜め右の席に座るジョージへ労うような視線を送った。
それから、彼が持っている分厚い本へと目を向ける。
背表紙には『魔獣の初恋Ⅱ』と記載されていた。
著者は、マリー・クララベル。ジョージの上司にあたるそうだ。
「魔獣保護団体では、獣人になった魔獣の保護が主な任務となっています。ロスティ国としては、強靭な肉体と人間離れした力を持つ彼らは、喉から手が出るほど欲しい人材です。魔獣保護団体が保護し、見事恋を成就させることは、国をあげて助力すべき一大事とされています。我が国は実力主義なので、見事獣人から人になった方々は、もれなく軍の上層部に名を連ねているんですよ」
つまり、獣人に見染められ、両思いになれば、ロスティでお偉いさんの嫁になれるということなのだろう。
エディはチラリと、斜め左のソファを見た。
ツンと尖った耳と太くて長いモフモフの尻尾が生えた山猫男の膝の上で、リディアが頬を赤らめながらチラチラと男を見上げている。
そりゃあそうだろう。
あまり見ない銀灰色の髪は神秘的で、肌は抜けるように白い。トルトルニアではノッポの部類に入るリディアを包み込むほどその背は高く、意地悪そうな切れ長の目は、彼女が見上げるたびに甘く煮詰めたように潤む。
(僕の顔が好きだと言っていたくせに……あっさり鞍替えするなよ、ばかリディア)
エディはリディアの態度が、ほんのちょっとばかり不満だった。
だって、会うたびに「好みなのに、女の子なんて……」とため息を吐かれていたのである。
ウンザリしていたはずなのに、いざこうなってみると何だか寂しいと思ってしまうのはどうしてなのか。
エディは、急に見放されたような気分になって、「これが姉離れというやつか」と口の中で呟いた。
だが、理想を上回る美形が、分かりやすい好意を向けてくるのである。
美形にとことん弱いリディアが陥落するのは、自然な成り行きだろう。
「その上、見てお分かりのように、獣人は恋した相手の好みドンピシャの姿形になります。そんな相手が脇目も振らず、盲目的に、ただ一途に想い続けるのです。想われる側も、幸せな未来が待っています」
預言者めいた言葉でしめたジョージに、エディはおやと眉を上げた。
魔の森は、魔素が濃すぎて生き物が住むには困難な場所だったが、それでも過酷な環境で生きる生物がいた。それが、魔獣と呼ばれる獣である。
魔獣は、狼や狐といった森に生息しているような動物の姿をしているが、魔力を行使した魔術を扱うことが出来るものもいる。おとなしい馬の姿に油断していたら、突然木が鞭のようになって襲ってきた──そんなこともあるのだ。
魔獣には、大きく分けると二種類あって、理性がある魔獣と、理性がない魔獣が存在する。
理性がある魔獣には、秘密があった。
実は、人に恋心を抱くと、恋した相手に好かれたいあまりに人化──つまり、獣の耳や尻尾などの特徴を残した人、獣人になるのである。
「無事に恋が実れば、獣人特有の耳や尻尾がなくなり、人と同じ姿になります。しかし、残念ながら想いが通じ合わなければ、獣人は消滅する運命にあるのです」
そこまで話し終えて、ジョージはふぅと息を吐いた。
(長々しい説明、お疲れ様です)
エディはそっと、斜め右の席に座るジョージへ労うような視線を送った。
それから、彼が持っている分厚い本へと目を向ける。
背表紙には『魔獣の初恋Ⅱ』と記載されていた。
著者は、マリー・クララベル。ジョージの上司にあたるそうだ。
「魔獣保護団体では、獣人になった魔獣の保護が主な任務となっています。ロスティ国としては、強靭な肉体と人間離れした力を持つ彼らは、喉から手が出るほど欲しい人材です。魔獣保護団体が保護し、見事恋を成就させることは、国をあげて助力すべき一大事とされています。我が国は実力主義なので、見事獣人から人になった方々は、もれなく軍の上層部に名を連ねているんですよ」
つまり、獣人に見染められ、両思いになれば、ロスティでお偉いさんの嫁になれるということなのだろう。
エディはチラリと、斜め左のソファを見た。
ツンと尖った耳と太くて長いモフモフの尻尾が生えた山猫男の膝の上で、リディアが頬を赤らめながらチラチラと男を見上げている。
そりゃあそうだろう。
あまり見ない銀灰色の髪は神秘的で、肌は抜けるように白い。トルトルニアではノッポの部類に入るリディアを包み込むほどその背は高く、意地悪そうな切れ長の目は、彼女が見上げるたびに甘く煮詰めたように潤む。
(僕の顔が好きだと言っていたくせに……あっさり鞍替えするなよ、ばかリディア)
エディはリディアの態度が、ほんのちょっとばかり不満だった。
だって、会うたびに「好みなのに、女の子なんて……」とため息を吐かれていたのである。
ウンザリしていたはずなのに、いざこうなってみると何だか寂しいと思ってしまうのはどうしてなのか。
エディは、急に見放されたような気分になって、「これが姉離れというやつか」と口の中で呟いた。
だが、理想を上回る美形が、分かりやすい好意を向けてくるのである。
美形にとことん弱いリディアが陥落するのは、自然な成り行きだろう。
「その上、見てお分かりのように、獣人は恋した相手の好みドンピシャの姿形になります。そんな相手が脇目も振らず、盲目的に、ただ一途に想い続けるのです。想われる側も、幸せな未来が待っています」
預言者めいた言葉でしめたジョージに、エディはおやと眉を上げた。
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