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第42話 人喰いチューリップの謎(5)
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「ラルドの意識が回復したそうよ」
キルシュがその場にいた者たちに知らせると歓声が起こる。ラルドって人はわりと皆に慕われているようだ。だが、彼への疑いがはれたわけでもなく、これから厳しい取り調べが始まることを職員たちも理解しているので、皆すぐに深刻な顔つきに変わった。
「私たちは研究所に向かいましょう、ミヤ。到着する頃にはさっき出した素材の分析も終わっているはずよ。ラルドの入院している病院はその隣だから事情も聞けると思うわ」
再び組合本部に戻り、そこから別の転移装置で研究所に移動した。話を聞くと、ラルドの意識は回復したものの、まだもうろうとしていて今は医師の診察を受けているらしい。
土の成分の分析であるが、ついでにフォルシャ邸のチューリップ畑のように手入れの行き届いた花壇と、どこにでもある手入れのされていない草っぱら、それらも採取して比較することを頼んだ。
その分析結果を携えて研究者の一人が私とキルシュのところにやってきた。
「驚きました。魔物の墓場の土の成分ですが、窒素やリン酸の含有率が尋常ではありません」
オーレリーと名乗った青い瞳の三十代くらいの女性研究者は、スクリーンを宙に映し出し説明する。
「窒素? リン酸?」
キルシュは使われた用語がわからないようだ。
「どちらも植物を育てる上で重要な土の成分です。窒素は主に葉や茎など植物の生育に重要な要素で、リン酸は花を咲かせたり実を結実させるのに役に立ちます」
私は思わず割って入って説明をした。この世界は今までずっと魔法で文明を発展させてきたせいで、こういう科学的なアプローチで物事を調べるという発想があまり育っていない。
「ええ、そうなんです、よくご存じですね」
オーレリーが感心する。研究職をやっているだけにこの人の科学知識は日本の中高校で学ぶくらいには至っている。それがこの世界の物理化学のレベルだ。だから、研究者でもない私がそれを口にしたのが珍しかったのだろう。
「さすがはエマガーデンの責任者ね。でもそれが何の意味があるの?」
キルシュが質問する。
「人間を含む生き物の死体というのは放置されると腐敗し分解され、やがて植物の栄養分となります。昔から魔物たちの死体が放置されていた場所の土壌なら、栄養分が豊富にふくまれていたでしょうね」
ただ、その割には生えている植物が少なかった、せいぜい地面を覆う下草と苔くらい。土の栄養分は豊富だが大量の瘴気に成長を阻害されるからだろう。だが、まれにそれにはまる植物が出てくる。瘴気を取り込んで魔物化するものだ。そんな植物にとって栄養分が豊富で、日光もそれなりに注ぐあの環境は天国だ。
「つまり、その環境でラルドはチューリップを育ててみたかったということかしら?」
「つじつまが合いますね」
キルシュとオーレリーが言う。
でも、少々引っかかっている。
確かにはまれば、あれほど大株で独特の光彩を放つチューリップが大量に育っても不思議はない。実際そうなっていた。しかし、それは植物の魔物化を意味するし、うまく育つかどうかも一種の賭けだ。チューリップを愛してやまない人物がそんなことをするだろうか?
「あそこに生えているチューリップを『人喰い』と言っていましたね。それはあのチューリップが冒険者の死体を喰っていると思ったからですか?」
私は別の角度から疑問を呈してみた。
「う~ん、別に食べている現場を見たわけじゃないけど、そうとしか思えない状況だったし……」
キルシュが歯切れ悪く答える。
推測で名づけられたのかよ。
関係者たちは、あのターバン型の大きな花が死体に群がってバクバク食べる様を想像したのだろうか?
「『魔物の墓場』の土壌は富栄養化がすすんでいるけど、冒険者の遺体が横たわっていたところは特にすごいです。これはご遺体が栄養分に変化したからでしょうね」
映し出されたデーターをもとに私が推論を述べる。
「うん、それで?」
キルシュが続きを促す。
「遺体は何かに食べられたのではなく、信じられない早さで腐敗分解が進んだのではないでしょうか。うちのガーデンにも根本に落ちたものの腐敗速度を早める力を持つ植物型の魔物がいるのです。それと同じような現象が今回起きたのではないかと」
エマガーデンには花の女王といわれる存在のためだけの温室がある。その花は『女王』といわれるだけあって肥料を大量に必要とするので、魔物化したときにそういう土を変質させる力を与えたのだろう。
「なるほど、それが遺体の白骨化の秘密だと言うことね、すごいわ、ミヤ」
いえいえ、同じような事例が我がダンジョンにあったから参考になっただけで……。
「謎が一つ解けましたね」
オーレリーも言う。
「あとはどうしてラルドがそんな魔物を育てようとしたかということだけね」
「医師の診察が終われば聞き取りも可能でしょう」
ああ、二人ともやはりラルドがあの場所に数十個のチューリップを移植したという前提で話している。
見た感じ、それが一番説明がつくけど、それでは彼の『愛好者』としての行動パターンとはあわない気がする。確かにマニアってやつは周囲の迷惑省みないところがあるが、同時に対象となるものへの愛が深い。
愛の対象となる花にそんな酷いことをするだろうか?
自分にはキルシュたちが言ったのとは別の仮説がひとつある。それを今話しても良いが、ラルドの人となりを実際に見て判断した方がよさそうだ。
ラルドの様子が落ち着いたとの連絡を受け、キルシュは聞き取りのため病院に向かう。私もそれに同行すべく続いた。
キルシュがその場にいた者たちに知らせると歓声が起こる。ラルドって人はわりと皆に慕われているようだ。だが、彼への疑いがはれたわけでもなく、これから厳しい取り調べが始まることを職員たちも理解しているので、皆すぐに深刻な顔つきに変わった。
「私たちは研究所に向かいましょう、ミヤ。到着する頃にはさっき出した素材の分析も終わっているはずよ。ラルドの入院している病院はその隣だから事情も聞けると思うわ」
再び組合本部に戻り、そこから別の転移装置で研究所に移動した。話を聞くと、ラルドの意識は回復したものの、まだもうろうとしていて今は医師の診察を受けているらしい。
土の成分の分析であるが、ついでにフォルシャ邸のチューリップ畑のように手入れの行き届いた花壇と、どこにでもある手入れのされていない草っぱら、それらも採取して比較することを頼んだ。
その分析結果を携えて研究者の一人が私とキルシュのところにやってきた。
「驚きました。魔物の墓場の土の成分ですが、窒素やリン酸の含有率が尋常ではありません」
オーレリーと名乗った青い瞳の三十代くらいの女性研究者は、スクリーンを宙に映し出し説明する。
「窒素? リン酸?」
キルシュは使われた用語がわからないようだ。
「どちらも植物を育てる上で重要な土の成分です。窒素は主に葉や茎など植物の生育に重要な要素で、リン酸は花を咲かせたり実を結実させるのに役に立ちます」
私は思わず割って入って説明をした。この世界は今までずっと魔法で文明を発展させてきたせいで、こういう科学的なアプローチで物事を調べるという発想があまり育っていない。
「ええ、そうなんです、よくご存じですね」
オーレリーが感心する。研究職をやっているだけにこの人の科学知識は日本の中高校で学ぶくらいには至っている。それがこの世界の物理化学のレベルだ。だから、研究者でもない私がそれを口にしたのが珍しかったのだろう。
「さすがはエマガーデンの責任者ね。でもそれが何の意味があるの?」
キルシュが質問する。
「人間を含む生き物の死体というのは放置されると腐敗し分解され、やがて植物の栄養分となります。昔から魔物たちの死体が放置されていた場所の土壌なら、栄養分が豊富にふくまれていたでしょうね」
ただ、その割には生えている植物が少なかった、せいぜい地面を覆う下草と苔くらい。土の栄養分は豊富だが大量の瘴気に成長を阻害されるからだろう。だが、まれにそれにはまる植物が出てくる。瘴気を取り込んで魔物化するものだ。そんな植物にとって栄養分が豊富で、日光もそれなりに注ぐあの環境は天国だ。
「つまり、その環境でラルドはチューリップを育ててみたかったということかしら?」
「つじつまが合いますね」
キルシュとオーレリーが言う。
でも、少々引っかかっている。
確かにはまれば、あれほど大株で独特の光彩を放つチューリップが大量に育っても不思議はない。実際そうなっていた。しかし、それは植物の魔物化を意味するし、うまく育つかどうかも一種の賭けだ。チューリップを愛してやまない人物がそんなことをするだろうか?
「あそこに生えているチューリップを『人喰い』と言っていましたね。それはあのチューリップが冒険者の死体を喰っていると思ったからですか?」
私は別の角度から疑問を呈してみた。
「う~ん、別に食べている現場を見たわけじゃないけど、そうとしか思えない状況だったし……」
キルシュが歯切れ悪く答える。
推測で名づけられたのかよ。
関係者たちは、あのターバン型の大きな花が死体に群がってバクバク食べる様を想像したのだろうか?
「『魔物の墓場』の土壌は富栄養化がすすんでいるけど、冒険者の遺体が横たわっていたところは特にすごいです。これはご遺体が栄養分に変化したからでしょうね」
映し出されたデーターをもとに私が推論を述べる。
「うん、それで?」
キルシュが続きを促す。
「遺体は何かに食べられたのではなく、信じられない早さで腐敗分解が進んだのではないでしょうか。うちのガーデンにも根本に落ちたものの腐敗速度を早める力を持つ植物型の魔物がいるのです。それと同じような現象が今回起きたのではないかと」
エマガーデンには花の女王といわれる存在のためだけの温室がある。その花は『女王』といわれるだけあって肥料を大量に必要とするので、魔物化したときにそういう土を変質させる力を与えたのだろう。
「なるほど、それが遺体の白骨化の秘密だと言うことね、すごいわ、ミヤ」
いえいえ、同じような事例が我がダンジョンにあったから参考になっただけで……。
「謎が一つ解けましたね」
オーレリーも言う。
「あとはどうしてラルドがそんな魔物を育てようとしたかということだけね」
「医師の診察が終われば聞き取りも可能でしょう」
ああ、二人ともやはりラルドがあの場所に数十個のチューリップを移植したという前提で話している。
見た感じ、それが一番説明がつくけど、それでは彼の『愛好者』としての行動パターンとはあわない気がする。確かにマニアってやつは周囲の迷惑省みないところがあるが、同時に対象となるものへの愛が深い。
愛の対象となる花にそんな酷いことをするだろうか?
自分にはキルシュたちが言ったのとは別の仮説がひとつある。それを今話しても良いが、ラルドの人となりを実際に見て判断した方がよさそうだ。
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