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第1章 山岳国家シュウィツアー
第17話 落としどころ
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「はははっ! さすがは見目麗しき剣士の集団、近衛隊の一員であらせられますな。通りすがりの女性から秋波を送られる経験も数えきれないほどあるのでしょう。自分の若いころと比べても、いやはや、まったくうらやましい!」
吹き笑いをこらえると言うレベルではなく、爆笑した後、発言したのはゼクト侯爵である。
「確かに。それが普通の貴族のご令嬢相手ならね」
アイリスの父親のウスタライフェン公爵は苦笑いした。
公爵は数日前の夕刻、ゼフィーロ王子が訪ねてきて屋敷内でひと騒ぎがあった後、娘の身に起こったこととその背景に隠されていることを王子の口から聞いた。情報の出どころについては王子は濁していたが、どうやら信頼に値することらしい。
それらを知ったうえで第二王子とともに近衛隊のヨハネス・クライレーベンを告発する立場に立っており、できるだけ冷静ににこやかな態度を崩さないよう努力しているがはらわたは煮えくり返っている。
アイリスを罠にかけ第二王子との縁談をつぶし格下の侯爵家へと嫁がせる計画。
しかも大事にするどころか虐げる気満々とは。
ずいぶんと舐められたものだ、我が家門も。
これはあれだな、同じく公爵位のノルドベルク、その家の娘があのような目にあって命を落とされたにもかかわらず、懲りずに王太子にすり寄ったせいで、我がウスタライフェン家も同様に御することができると、王太子をうぬぼれさせたせいでもあるのだろう。
「王都の人間なら子供でもうちの長女アイリスとゼフィーロ殿下が婚約しているのは知っています。にもかかわらず、何もしていないあの子の目を見て『誘っている』などと誤解するとは、いったいどこの田舎者なのか? そちらのご子息を長年王都にて立派なクライレーベン家の後継ぎとなるべく経験を積まれてきた方と見なしていたのは、私の勘違いだったのですかな?」
公爵は再び父親のクライレーベン侯爵に厳しく詰め寄った。
クライレーベン侯爵の方はもはや謝罪の言葉の種すら尽きて黙って頭を下げるのみであった。
「まあ、ヨハネス殿も何かと大変だったのは理解できます。ありえないような事件や不幸が王太子殿下の周辺には起こりましたからね。日ごろから殿下の傍近くにいたヨハネス殿の精神的負担は並大抵のものではなかったのでしょう。それがもしかしたら認識の狂いみたいなものをもたらしたのかもしれませんな」
ここにきて侯爵は初めて父親ではなくヨハネス本人への語りかけを行った。
しかも先ほどとは打って変わった柔らかい態度で。
「なるほど、アイリスへの不埒極まるふるまいも精神の働きが劣化している状況で起こしてしまったということなら理解できないことはない。あ、理解と許すは同義語ではありませんから。でも、そういうことなら一度領地に帰って休養なされてはいかがですか?」
ゼフィーロが続けて発言した。
ここではじめてクライレーベン侯爵は王子や公爵が何を望んでいるかを理解することができた。
調停裁判は法に基づいて判決を下して決着がつくわけではない。
双方の言い分を出し合い妥協点を探り落としどころを決めるものである。
今回はクライレーベン側に完全に非があり、相手がどのような償いを望んでおりそれに当家が応えられるかどうかが問題であった。
王子や公爵が望んでいること、それは嫡男ヨハネスの領地にての謹慎である。
つまり『王子の婚約者に手を出そうとするような馬鹿に二度と王都をうろつかせるな』と、いうことである。
相手側の意図さえわかれば打つ手はある、と、父親の侯爵は考えた。
「我が息子へのお心配り感謝の意に堪えません。ここは息子を我が領地に帰し、休養を取らすのが得策とクライレーベン家も考える次第であります」
息子がこれまで積み上げてきた王都の人脈をいったん途絶えさせるのは痛手だが、王族と公爵の不興を買った彼を王都に置くのはクライレーベン家のためにならない。幸いクライレーベン家には長男ヨハネスの下に弟が二人いて後継ぎの男子には不自由しない。ここはいったん退いて王都の政治状況を観察し、後々ヨハネスに失地回復をさせるか、あるいは廃嫡して次男か三男を後継ぎにするか決めた方が良い、と、クライレーベン侯爵は判断した。
「待ってください、今領地に戻ってしまえば王太子殿下にお仕えすることも!」
息子のヨハネスは抵抗した。
「兄上への忠義を尽くしたいとお考えなら、なおのこと、心身を健康な状態に戻してからにしたほうがよろしいのではないですか?」
ゼフィーロがとどめを刺した。
吹き笑いをこらえると言うレベルではなく、爆笑した後、発言したのはゼクト侯爵である。
「確かに。それが普通の貴族のご令嬢相手ならね」
アイリスの父親のウスタライフェン公爵は苦笑いした。
公爵は数日前の夕刻、ゼフィーロ王子が訪ねてきて屋敷内でひと騒ぎがあった後、娘の身に起こったこととその背景に隠されていることを王子の口から聞いた。情報の出どころについては王子は濁していたが、どうやら信頼に値することらしい。
それらを知ったうえで第二王子とともに近衛隊のヨハネス・クライレーベンを告発する立場に立っており、できるだけ冷静ににこやかな態度を崩さないよう努力しているがはらわたは煮えくり返っている。
アイリスを罠にかけ第二王子との縁談をつぶし格下の侯爵家へと嫁がせる計画。
しかも大事にするどころか虐げる気満々とは。
ずいぶんと舐められたものだ、我が家門も。
これはあれだな、同じく公爵位のノルドベルク、その家の娘があのような目にあって命を落とされたにもかかわらず、懲りずに王太子にすり寄ったせいで、我がウスタライフェン家も同様に御することができると、王太子をうぬぼれさせたせいでもあるのだろう。
「王都の人間なら子供でもうちの長女アイリスとゼフィーロ殿下が婚約しているのは知っています。にもかかわらず、何もしていないあの子の目を見て『誘っている』などと誤解するとは、いったいどこの田舎者なのか? そちらのご子息を長年王都にて立派なクライレーベン家の後継ぎとなるべく経験を積まれてきた方と見なしていたのは、私の勘違いだったのですかな?」
公爵は再び父親のクライレーベン侯爵に厳しく詰め寄った。
クライレーベン侯爵の方はもはや謝罪の言葉の種すら尽きて黙って頭を下げるのみであった。
「まあ、ヨハネス殿も何かと大変だったのは理解できます。ありえないような事件や不幸が王太子殿下の周辺には起こりましたからね。日ごろから殿下の傍近くにいたヨハネス殿の精神的負担は並大抵のものではなかったのでしょう。それがもしかしたら認識の狂いみたいなものをもたらしたのかもしれませんな」
ここにきて侯爵は初めて父親ではなくヨハネス本人への語りかけを行った。
しかも先ほどとは打って変わった柔らかい態度で。
「なるほど、アイリスへの不埒極まるふるまいも精神の働きが劣化している状況で起こしてしまったということなら理解できないことはない。あ、理解と許すは同義語ではありませんから。でも、そういうことなら一度領地に帰って休養なされてはいかがですか?」
ゼフィーロが続けて発言した。
ここではじめてクライレーベン侯爵は王子や公爵が何を望んでいるかを理解することができた。
調停裁判は法に基づいて判決を下して決着がつくわけではない。
双方の言い分を出し合い妥協点を探り落としどころを決めるものである。
今回はクライレーベン側に完全に非があり、相手がどのような償いを望んでおりそれに当家が応えられるかどうかが問題であった。
王子や公爵が望んでいること、それは嫡男ヨハネスの領地にての謹慎である。
つまり『王子の婚約者に手を出そうとするような馬鹿に二度と王都をうろつかせるな』と、いうことである。
相手側の意図さえわかれば打つ手はある、と、父親の侯爵は考えた。
「我が息子へのお心配り感謝の意に堪えません。ここは息子を我が領地に帰し、休養を取らすのが得策とクライレーベン家も考える次第であります」
息子がこれまで積み上げてきた王都の人脈をいったん途絶えさせるのは痛手だが、王族と公爵の不興を買った彼を王都に置くのはクライレーベン家のためにならない。幸いクライレーベン家には長男ヨハネスの下に弟が二人いて後継ぎの男子には不自由しない。ここはいったん退いて王都の政治状況を観察し、後々ヨハネスに失地回復をさせるか、あるいは廃嫡して次男か三男を後継ぎにするか決めた方が良い、と、クライレーベン侯爵は判断した。
「待ってください、今領地に戻ってしまえば王太子殿下にお仕えすることも!」
息子のヨハネスは抵抗した。
「兄上への忠義を尽くしたいとお考えなら、なおのこと、心身を健康な状態に戻してからにしたほうがよろしいのではないですか?」
ゼフィーロがとどめを刺した。
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